138ストライク 両眼の力
俺は目の前の男を魔力を通して直視した。
視界は赤と青が混じった紫色に染まっているが、気持ち悪いといった事はなく、むしろ気持ちがいいくらい鮮明だった。
ルディはランナーを気にする事なく、ワインドアップから左足を大きく持ち上げていく。俺の目にはその様子がゆっくりと映し出されており、そこには筋肉の一つ一つの動きや魔力の流れなどが細かに視えている。
それらの膨大な情報量は頭に一気に流れ込んでくるが、俺の脳みそは混乱する事なく、その情報たちを綺麗に整理整頓し分析を行っている。
あくまでも感覚的ではあるが、俺はそう感じていた。
そして、その分析の中で俺はある事実に気づいた。
(……まじかよ。こいつ……!)
彼は体内で魔属性、火属性、風属性の魔力をふんだんに練り込んでおり、その量は彼の魔力総量のほとんどを使っている様に見えた。
魔力は生物の生命エネルギーでもあるから、それを使い切れば活動する為のエネルギーが不足して動けなくなるのが道理である。もちろん、死ぬ事はないだろうが、この後に攻撃を控える彼にとっては無策という他ない選択肢であった。
だが、彼は笑っている。
そして、その膨大な量の魔力が練り込まれて構築されるスキルの威力もまた、強大なものになっていくのが見てとれた。
「君、今僕が何をしようとしているか見えるんだろ?」
くつくつと笑いながらそう問いかけてくるルディに対して、俺はこくりと頷いた。片足で立ったままの体勢でかなり余裕を見せているが、彼はそれを確認するとさらに笑みを深めた。
「やっぱりか!そうだと思ってたんだ!」
その言葉に疑問が浮かぶ。
なぜ彼は俺の力に気づけたんだろうか。近しい親族や知り合いにしか教えていないこの力を、どこでどうやって知ったのだろうか。彼はユリアとの試合を観たと言っていたが、あの試合でこの力がバレる様な事はしていないはずだ。
であれば、いったいどこで……
そこまで考えたところで、彼が先ほど言った発言が頭をよぎった。
そういえばこいつ、"俺が選ばれた"とか言ってたな……
だが、その事について考察する暇は今の俺にはない。目の前の男はすでに左足を大きく踏み込んでボールを放とうとしているからだ。
「これが今の僕ができる最大限のスキルだ!打ち返せるものならやってみろ!!」
ルディがそう言い放った瞬間、全身に赤と緑のオーラがまるで竜巻の様に湧き上がった。その小さな竜巻はマウンドの周りで激しさを増し、一緒に巻き上がる炎が空気を取り込んでどんどん大きくなると、数メートルほどの高さにまで噴き上がった。
「トルネード・プロージョン!!!」
そう叫ぶと同時に、同様のオーラを纏ったボールが彼の手から放たれる。その動きはまるで意思を持った生き物の様であり、炎の竜巻を纏う竜の様に錯覚させられた。
だが、勢いを増しながら向かってくるそのスキルを前にしても俺の心は乱れる事ない。紫色の視界の中で、このスキルに対抗し打ち勝つ為に必要な魔力とスキルの具体的な情報が解析され、俺の脳みそに直接叩き込まれていく。
「水と風……そして聖属性か。いや、ここは魔属性……」
両眼の解析で、ルディが放ったトルネード・プロージョンには魔属性も含まれている事がわかった。今は火と風属性だけで構成されている様にも見える彼のスキルだが、魔属性が確実に反応を見せている。それを聖属性で打ち消さなければならないために、俺の両眼は聖属性が必要と判断したのだろう。
ただ、単に打ち消して勝っても面白くはない。同じ魔属性同士、どちらが上かを見せつけて完膚なきまでに叩きのめす。なら、俺がやる事は1つだけだ。
俺は瞬時に炎属性で身体能力を最大限まで引き上げた。先ほどの様に空振りしない様に、自分の反応速度を極限まで高めたのだ。そして、同時に体内で水属性、雷属性、聖属性の魔力だけを練り上げて全身に拡げていく。
目の前に迫るスキルの風を切る音と炎が空気を燃やす音が合わさって激しい轟音を響かせる。それが近づくにつれて吹き荒れる風に混じった熱量が、身体中を包み込んでいき、肌がピリピリと焼ける様に感じられた。
だが、俺は微動だにする事なく、集中したままスキルの発動に集中していた。
(イメージは嵐かな……吹き荒れる風に舞う無数の水礫。炎など簡単に打ち消すほどの破壊力を持った自然の力。)
ほどなくして、俺の体を青と緑のオーラが包み込む。
それはコンマ1秒ほどの出来事だが、両眼の力を使っている俺にとってはゆっくりとした時間に感じられている。
そんな中、赤く燃え盛った全身をうねらせ、周りの全てを吹き飛ばしながら襲いかかってくる竜の様な姿をしたルディのスキルが咆哮を上げた。
「ギャァァァァァァォォォォォォ!!!」
「いいぜ……殺す気満々って感じでヒリヒリするな!俺がぶち抜いてやるよ!!」
それを視界に捉えたまま、俺は腰を後方へと捻ってバックスイングを行う。
神眼と魔眼を発動させ、紫に輝かせた両眼をギラつかせながら。
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