137ストライク オーウェンは棚に上げる!

「あいつ……あのソフィアを丸め込んでるよ。」



 オーウェンはそう呟いて喉を鳴らした。

 あれだけ自信家で傲慢なソフィアが、マウンドに立つ男に手も足も出ないでおり、オーウェンにはそれが信じられずにいた。

 確かに自分はソフィアに頭が上がらない。能力でも立場でもソフィアには敵わない。そんなソフィアが悔しい思いをしている様子は、オーウェンにとって嬉しい事ではある。

 だが……



「あのルディって奴は、なんかいけ好かないんだよな。」



 オーウェンはそうこぼすと、改めて怪訝な視線をルディへと向けた。

 オーウェンは一見すると、狡猾で逃げ足だけが取り柄の男に見られるが、実は意外と根は真面目な男なのだ。ただ、彼のこれまでの行いや生業としてきた事の性質上、そんな風に見られる事は今までも、そして、これからもないだろう。だが、敢えてもう一度言えば、彼の本質は基本的に真面目だった。

 もちろん、裏の世界で生きていた時は、命がかかっていたからそんな綺麗事など考えている暇なかった。生きる為に必死だったし、魔人族である事実がそう振る舞う事を許さなかった。それ故に彼は悪党まがいの事をして……いや、せざるを得ずにこれまで生きてきたのだ。

 周りから向けられる卑下の眼に悩んだ事もたくさんあったが、そんな中でも彼は真面目さ、誠実さを失う事なくここまで生きてきたのだった。


 それ故に魔力が使える事を隠して優位に立つルディのやり方が気に食わない。それ自体、ベスボルでは一般的な事ではあるが、オーウェンにとっては許せない事実であった。もちろん、知っての通り、彼自身自分の行いを棚上げして考える癖はあるが。


 とにかく、オーウェン自身はルディの事など1ミリも知らないのに、スキルや魔力の事をひた隠し、ソフィアに対して優位に立った途端、ここぞとばかりに自慢げな笑みを浮かべている彼が好きにはなれなかったのである。



「ソフィア!!何やってんだよ!そんなヤツ、お前なら簡単に勝てるだろ!!」



 オーウェンはソフィアを鼓舞しようと、1人ベンチからそう叫ぶ。皮肉は込めているが勝ちたい気持ちは一緒だったから。だからこそ、追い込まれたソフィアに向けて、このまま終わるのか、お前はそんなもんじゃないだろうとオーウェンなりのエールを送った。


 しかし、次の瞬間、オーウェンは打席に立ったまま下を向くソフィアから異様な気配を感じ取った。それは殺気とも悪寒の様な気持ち悪さとも違っており、ただただ底知れぬ何かがソフィアの中で蠢いている……そんな感覚に冷や汗が止まらなかった。

 見る限りでは、ソフィアは俯いているだけで普段と変わらない様に見えるが、オーウェンには彼女の心の内がなんとなく理解できる。

 あれは相手へ向けた怒りではなく、自分自身に対する怒りの渦だ。


ーーー自分の事が許せない……


 そんな風に、ソフィアは心の奥底から自分自身に怒りをぶつけている。そんな思いが彼女の中で大きな渦となり、その一部が外に漏れ出している様だった。



(れ……冷静さを失ったりはしないだろうけど……)



 ソフィアの事だから、自分を見失う様な事はないと信じたい。だが、そんな願いを簡単に打ち消すほどに、ソフィアから感じられる怒りの渦は大きさを増していった。



「ソフィア!!何やってんだよ!そんなヤツ、お前なら簡単に勝てるだろ!!」



 オーウェンの言葉はほとんど聞こえていない。今の俺の中にあるのは、自分に対する行き場のない憤懣だけだった。

 俺はいつからこうなった?

 前世であれだけ身に染みてわかっていたはずなのに……自分だけが特別ではないのだと理解していたはずなのに……そして、その高慢さが身を滅ぼしたのだと言う事を嫌というほど思い知らされたのに。

 無意識のうちに、ルディやベータたちに向けていた自分の傲慢さが許せなかった。相手を見下して、必ず勝てると勘違いしていた自分自身が恥ずかしくてたまらなかった。


ーーーこの世界でも同じ過ちを繰り返すのか!


 胸の内で、もう1人の俺がそう叫ぶ。

 いや……それは絶対にしてはならない事だ。

 なぜなら、この体はソフィアのものであって、この俺鈴木二郎のものではない。確かに俺はソフィアを助けるべく転生する事を受け入れたが、最後にはこの体をソフィアに返さなければならない。それがアストラとの約束であり、だからこそ、絶対に俺自身の高慢さからこの体を傷つける訳にはいかないのだ。


 俺はなんとバカなのだろうか。本当にバカ野郎である。

 こんな事では、ソフィアに顔向けできないじゃないか。

 胸を張ってソフィアに再開する為には、この人生に本気で向き合わなければ……!!


 改めてそう誓った俺は、顔を上げてルディへと向けた。

 相変わらず彼はニヤニヤとしていたが、俺の顔を見た途端、ルディはその表情を一変させた。



「……っ!?……なるほど、それが君の力かい。」


「あぁ、そうだよ。」



 ルディは驚いていたが、すぐに納得した様子だった。その理由はわからないが、今度はバカにする様な笑みではなく、本気で勝負を楽しんでいる笑みを浮かべている。



「次の一球であんたに勝つよ。」


「いいね。その自信、粉々にしてあげるよ!」



 俺がそう言ってバットを構えると、ルディもそれに応じる様に投球の準備を始める。

 タイミングよく、Sゾーンが試合再開の合図を鳴らして、ルディが大きく振りかぶった。


 俺は目に宿す魔力に意識を向ける。

 そして、青と赤に染まった両目をルディへと向けるのだった。

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