136ストライク 一枚上手
目の前で投球モーションを始めた男からは、先ほどと同様でやはり魔力の流れを感じる事はできなかった。
だが、それで動揺していてもこのまま負けるだけ。1イニングしかない勝負でしかも先攻なのに、それでもしも無得点だったとしたら、たとえ相手を抑えて引き分けたとしてもケルモウのお眼鏡にかなう事はできないだろう。
それに魔力が感じられないという事から考えられる事は2つしかない。
俺と同じ様に無属性である。もしくは、魔力を隠す事ができる能力を持っている……それも俺の神眼ですら見極められないほど高度な能力。
そのどちらかだろう。
後者の様な能力を有する者がいるという話は、これまでスーザンからもシルビアからも聞いたことはないから、前者である可能性の方が高いとは思う。
だが、確実にそうではないと言い切れないのに、単純に切り捨てて楽観視する事は論外だ。いろんな想定をした中で1番ベストな結論を導き出す。それが勝負に勝つ為に重要な事なのである。
(とにかく、1つわかっているのはルディが魔属性の魔力を使えるという事。それ以外は何もわからないんだ。まずは彼の動作を見極めろ。カウントはまだワンストライクなんだからな。)
神眼を発動し、ルディの動きを観察する。手や腕、足、それに視線や肩の位置など、外見の動きを先ほどの1球目の時の動きにトレースしてその違いを比較する。
(さっきは左足を大きく上げたところで魔力が発動したんだ。今回は……)
寸分違わずに投球モーションを行うルディが左足を上げると、案の定、今まで感じられなかった魔力が突然発現する。
だが……
(……っ?!今度は火属性と魔属性か!)
先ほどとは違い、紫色と赤色が混じり合ったオーラが彼の周りに迸る。そのバランスは火属性が8割、魔属性2割というところ。
おそらくは火属性ベースのスキルが来ると想定できた。
(少なくとも2つの属性持ち……それをまったく悟らせないとか……めちゃくちゃすげぇ能力じゃん!)
まるで神眼対策に特化した様なその能力に武者震いが止まらなかったが、こちらの神眼の力も伊達ではない。スキルとして放たれた瞬間にその詳細をある程度分析し、どう反応すべきかを即時に判断してくれるこの力は、俺にとってまさにうってつけだった。
もちろん、相手が魔力を練るところから分析できれば、その効果は絶大である訳だが。
しかし、そんな自信満々な俺の予想をルディが遥かに超えてきた事に驚いた。リリースの瞬間、それもスキルが放たれるか否かというもはやコンマ1秒の世界で、彼はもう1つの魔力をスキルに付与したのだ。
(はっ!?緑って事は……風属性!?)
そう思った瞬間、放たれたボールを炎が包み込んだ。
もちろん、神眼はそれを即座に分析して、どう反応すべきかを俺に教えてくれる。ボールが飛んでくるコース、スキルの効果と威力、そしてどんなスキルが有効であるかも。
ただ、この時点で問題があるとすれば、俺の体がそれについていけていない事だ。リリースの瞬間に別のスキルを付与された事で、神眼の分析速度が普段の数倍に跳ね上がってしまい、俺の頭と体が反応できていない。
こんな感覚初めてだ。打ち方も今使うべきスキルもわかっているのに、反応できないなんて。
(これ……確実に振り遅れる……!!)
必死に喰らいつこうと思って、なんとかスキルの発動まではできた。相手が炎がメインのスキルなら、分析の通りこっちは水属性を使えばいい。
だが、魔属性と風属性も重ね合わせたスキルに対してそれだけで対抗できるかどうか……もちろん、神眼にもそれに対する対応策が描かれているが、今の俺には魔属性を付与する事だけが精一杯だった。
「だけどさぁぁぁ!!負けてたまるかってんだ!!!」
振り遅れながらも、神眼が導き出したボールの軌道に向けてバットを繰り出した。バットとボールがぶつかると同時に轟音が鳴り響き、炎と水の魔力がぶつかり合って水蒸気と熱湯を撒き散らす。ボールの勢いに負けない様に、足腰から腕先にかけて全身全霊で力を込めるが、やはり俺が握るバットはルディが投げたボールに押されている事がわかった。
(くっ……!これは……押し負ける!!)
そう思って、さらにバットに力を込めた瞬間、バットがへし折れてボールがSゾーンへと突き刺さり、ストライク判定のブザーが鳴り響く。
その間にも、折れたバットの破片が目の前の宙を舞う。
両腕と足腰に込めた力が行き場を失ったまま、体から消えていく感覚。無力感に近いその感覚に、俺は心の奥底から巻き上がるある感情に歯を食いしばった。
ボールがルディへと返球される。
それを追う様にルディへ視線を向けると、彼は自慢げな笑みを浮かべており、それがまた腹立たしい。
「ほら、追い込んだぞ。あと一球だな。」
「……」
上に高く放り投げ、落ちてきたボールをキザにキャッチするルディ。
だんだん本性が現れ始めたのか……彼の態度がデカくなってきている気がするが、今の俺にとってはそんな事はどうでも良かった。
自分の浅はかさに反吐が出る。
絶対に勝てると、心のどこかで相手を舐めていた。
勝負には絶対なんてないのに……それは元の世界で1番身に染みてわかっていた事なのに。
この世界に来てから自分の体質に悩んだ時期もあったが、それが解消して魔力を扱える様になり、さらには他の者が持ち得ない神眼という力のおかげで、ここまで苦労なくやって来れたのだ。
甘えがあった……
俺はその事を認識して、拳を握り締めていた。
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