135ストライク 商人の勘

 目の前でワインドアップの姿勢を取るルディに合わせ、俺は左足でタイミングを探っていた。

 相変わらず神眼に映るルディの姿からは何も感じられないが、たとえスキルなしで投げてきたとしても打ち返す自信が俺にはあった。


 確かにオーウェンのスキルを意に介さず、簡単に受け止めた事について気にならないと言えば嘘になる。

 だが、わからない事を必死に考えたところで、それは勝負の邪魔にしかならない。余計な邪念は集中力を削ぎ、判断力を鈍らせるからだ。

 今は目の前の男の挙動ひとつひとつに集中する事。そして、彼の動きを見極める事に全力を注ぐだけだ。


 しかし、ここで予想していない事態が起きる。

 投球モーションを続けていたルディが左膝を上げたところで、俺の神眼がある魔力を感知したのだ。



(ちょっと待て!……これは……魔属性!?)



 神眼に映し出されているのは、紫色のオーラに包まれたルディの姿。そのオーラはオーウェンやミアが放つ魔属性の魔力と一致していた。



(彼も魔族……?いや、でもオーウェンとは雰囲気が少し違うし……人族にしか見えないんだけど。)



 ベスボルでは一瞬の動揺が命取りになる。

 驚く俺をよそに、すでにルディはスキルを乗せたボールを投げており、そのボールはSゾーンめがけて飛んできていた。

 それは禍々しいオーラを纏ったストレート。速さも重さも申し分はないが、スキルでそれらを底上げしただけのド直球である。

 にも関わらず、俺は何の魔力も感じさせなかったルディが突然魔力を発現させ、スキルを発動した事が信じられずに立ちすくんでいた。


 ズドンッという鈍い音が響き、Sゾーンがストライクの判定を下した。ボールが自動でルディの元へ投げ返される中、俺は彼をじっと見つめている。



「どうやら驚いてくれたようだね。」



 ボールを受け取ってクスクスと笑っているルディに、俺はついつい単純な質問を投げかけてしまう。



「……あんた。やっぱり、魔力を使えるのか?」


「さぁ……どうだろうね。でもさ、それを今明かしたらつまらないだろ?」



 確かにその通りではある。

 ついつい湧いた疑問を口走ってしまったが、それを教えてもらって勝っても意味はないのだ。



「だよな……ごめんごめん。ついつい驚いちゃってさ。さぁ、勝負の続きをしようか!」


「そうこなくっちゃね!」



 俺がそう言って構え直すと、ルディも楽しげに笑みを深めた。



「ふむ……」



 そんな2人の勝負を見ていたケルモウは、何かを思案する様にあごに手を置いた。



「ここまでの戦略や言動からするに、ソフィア殿にはおそらく相手の魔力が視えている様だな。これはとても重要な情報だが、あとは彼女がどこまで視えているか、か……」



 この世界には確かに魔力を視る力が存在する。

 ソフィアの叔母であるスーザン=イクシードもそのうちの1人である事は、彼女が帝国に仕えている時から知っていたし、今のベスボル界にもそういう能力を持つ選手は少なからずいる。

 その視え方もスーザンの様に魔力の流れのみが視える者もいれば、相手の持っている魔力の特定ができるものなど多岐に及んではいるが、総じて言えるのは、皆その能力を効率的に活用できていないという事だ。

 もちろん、スーザンに限って言えばその力を自身の研究に存分に発揮しており、他の有象無象とは違うと評価はしているが。


 とにかく、せっかく素晴らしい能力があってもそれを効率的に活用できないのは宝の持ち腐れであると、ケルモウはそう考えていた訳である。


 今、打席に立っている少女があのソフィア=イクシードと聞いた時は胸が躍った。魔物に襲われ、窮地に立たされていたにも関わらず、昂る気持ちが湧き上がった事には驚いたが、自分の事業が……自分の夢が叶えられると思えばどんな状況でも前を向く。それが商人というものだ。


 今回、彼女を招いたのは事業の中核を担ってもらう為であり、試験とは名ばかりでこの試合は彼女の実力を測るためのものでしかない。

 ベータやスール、ボムの3人はその為の試験官。彼らは元ベスボルプレイヤーとして活躍していた者たちで、今回のために雇い入れたうちの社員。あくまでもアマチュアリーグでプレーしていた選手たちだが、彼らに勝てなければマスターズに上がる事は難しいだろう。


 ただ、1人だけ例外がいる。

 ケルモウはマウンドに立つルディに目を向けた。

 彼はうちの社員ではないが、どこから聞きつけたのかソフィアがここを訪れる事を知って我が我が社の門を叩いた男だった。

 普通なら追い返すのだろうが、彼を一目見た時、計り知れない何かを感じた。つい応接室に招き入れ、事業の事を簡単に説明すると、彼は自分の力の秘密を明かし、その上でソフィアに試験を課すべきだと進言してきた。

 そして、その相手には自分を使えとも。

 

 

「ルディのやつは、すでにソフィア殿の力に気づいている……いや、あの様子だともともと知っていたのかもしれんな。」



 再び投球モーションを始めるルディを見て、ケルモウはそう小さく呟いた。

 この試合の結果によっては、もしかするとソフィアではなくルディを採用する可能性。その事を思案しながら、彼は再び試合の行方を追うのだった。

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