3章 少年期〜成年期 切磋琢磨

125ストライク 大収穫

 宗教国家、ファイス宗国。

 緑豊かで自然の多いこの国は、世界は精霊神が創造したという神話を敬愛し、精霊神への信仰を教えとする独自の宗教概念を持つ国。

 そして、他の国とは違い王族ではなく最高法神官という指導者が統治を行う国でもある。


 この世界を管理している女神アストラからすれば、どうして居もしない精霊神などを崇拝し始めたのかわからず、少しだけ納得がいかないそうだが、独自の発展を遂げてくれた事の方が嬉しいとの事でそのまま見守る事にしたらしい。


 そんな余談はさておき、ここファイス宗国は宗教国家であるが故に娯楽がほとんどない事で有名だった。


 「娯楽とは、心を弱め自らの身を滅ぼすものである」という教えを国民は忠実に守っており、他国からすればなんとも偏った考えなのだと思われる事も少なくない。

 だが、実際のところで言えば、生活に花を添える程度の嗜好品は少なからず出回っていて、全てがダメという訳でもなかった。

 禁止されているのは、賭け事や薬物などの依存度が高く身を滅ぼしやすいもの。その定義は若干曖昧ではあるものの、国民はそれを守り、特に不自由する事なくそれぞれの生活を営んでいる。


 そんな少し特殊な国ではあるが、もちろんベスボルは人気のスポーツとして盛んに行われている。各都市にはちゃんとベスボル協会が存在し、そこに所属する選手たちのレベルもかなり高い。それはベスボルというスポーツに対して、国の援助が行き届いている証拠でもある。

 ファイス宗国でベスボルが発展してきた本当の理由は、実のところわからない。この国を治める最高法神官が大のベスボル好きだとか、精霊神からお告げが下ったとか、はたまたベスボルは戦争の縮図であるからだとか、いろんな噂話が飛び交っているが、その真意は誰にも明かされていなかった。




 そんなファイス宗国に存在する都市ゼテル。

 神話の発祥の地とされ、ファイス宗国の首都として今では帝国の首都ヘラクと遜色ない規模までに発展した街だ。

 そんな多くの自然と華やかな花々に包まれたゼテルの街の中を一人の少女が駆け抜けていく。

 綺麗な赤毛を揺らしながら、彼女は路地を抜けて大通りを飛び越えるように横切り、とある建物の前で急ブレーキをかけたかと思えば、勢いよくその建物の入り口の扉を開けた。



「あ……また来た。」



 入り口の正面にある受付に立つ女性が、彼女に気づいて小さくぼやいた。

 だが、そんな事は梅雨知らず、彼女は2つにまとめ上げた真紅の長い髪を煌びやかに揺らし、堂々とした態度で受付の前まで歩いてくると、カウンターに勢いよく手をついた。



「さて、今日の分を聞こうかしら。」



 金色の瞳にクセの強い吊り目を向けて、鼻を鳴らして偉そうにそう告げる彼女に対し、受付嬢はため息をついて応える。



「毎日毎日……飽きないですね。」


「別にあなたには関係ないじゃない。早く例のやつ、出しなさいよ。」


「はいはい……ただいま。」



 赤毛の少女の勢いに押される事なく、受付嬢は面倒くさそうに手慣れた手つきで淡々と検索をかけ始める。

 その間、カウンターに置いた手の指をトントンッと鳴らし、落ち着かない様子で待つ少女はぐるりと協会内を一望する。



「……そういえば、今日は何だか人が少ないわね。」



 それは独り言なのか問いかけなのかはわからないが、受付嬢は視線を向ける事なく返事をする。



「今日はシード=ユリウス様がお越しになってるんですよ。」


「ふ〜ん……シード=ユリウスって確かマスターズで活躍していた選手よね?でも、だいぶ前に引退したんじゃ……」


「その通りですね。なんでも監督業を始める為にチームを作ろうとしてるんだとか。それで各都市を回って選手を発掘してるらしいですよ。今はそのトライアウトが街のグラウンドで行われてるんです。」



 受付嬢の答えに赤毛の少女は特に興味は持たなかったようだ。表情ひとつ変えることなく、協会内を見据えている。

 そんな彼女の態度を訝しみつつも、指示された通り検索の結果を紙へ書き写した受付嬢はそれをカウンターへと置く。



「はい、ユリアさん。どうぞ。」


「ありがとう。今日は少ないわね。」


「そんな毎日、選手登録には来られませんよ。」


「2人……か。1人はミア……ふ〜ん、獣人族か。珍しいわ。もう1人は……」



 そう言って、次の選手名を自身の指で指し示した途端、彼女は動きを止めてしまった。

 受付嬢がそれを疑問に思って問いかける。



「ユリアさん?どうしました?」


「……」


「あの〜ユリアさん?」


「……」


「お〜い、傲慢横柄娘〜。自己中女〜。レッドツインエゴイスト〜。」


「……いたわ。」


「え?」



 突然の呟きに受付嬢は驚いたが、その意味を理解する。

 "いた"という言葉の意味は、彼女が待ちに待った選手がどこかの協会で登録を行なった、という事だ。

 そして、それが指し示す意味を理解した受付嬢は喜びを隠す事なくユリアへ笑顔を向ける。



「よかったじゃないですか!なら、今すぐ向かいます?登録場所と日付も書きましたよね!早く行かないと別の場所に移動しちゃうかも……」


「それには及ばないわ。登録したことさえわかれば、私は安心なのよ。これで本格的に鍛錬に打ち込めるしね。」


「そ……そうですか。」



 ユリアは大きく息を吸って吐き出した。

 その様子を受付嬢は無言で見守っている。



「これで当分協会には来ないわ。手間をかけさせたわね。」


「……え?いや……そんな事はないですよ。」


「今日はたくさん収穫があってよかったわ。あなたたちが私の事をなんと言っていたのかもわかったしね。」


「あ……それは……」



 ユリアの指摘で顔色を青くする受付嬢。

 だが、そんな事は気にする事もなく、ユリアは赤いツインテールを靡かせて、協会を後にする。

 拳を強く握り締めて。

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