124ストライク 期待と懸念

 結局あの後、ムースからユリアの動向を聞き出す事はできなかった。そもそも、彼は勘当されたユリアがどこへ行ったのかは知らなかったからだ。

 そして、あの魔物を放った主犯として俺とアントス隊に連行されたムースは、ギルドでの聴取を受ける事になった訳だが……



「で、ムースの奴が今回の事をしでかした理由はわかった?」



 デーブルに座ってジュースを飲みながら俺がそう尋ねると、目の前に腰を下ろしたアントスのおっさんは肩をすくめてため息をつく。



「どうやら金に困っていての事みたいだな。なんでもあの傲慢貴族のプリベイル家に資産を全て奪われちまったんだとか……まぁ、その理由はごちゃごちゃしてて俺にはよくわからねぇがな。」



 それは俺に話した内容とほとんど同じだった。

 資金を奪われた原因について、ムースがギルドにどこまで話したのかは知らない。だが、彼は俺に話していたとおり、プリベイル家に全てを奪われ、長年に渡って底辺の暮らしを余儀なくされていたらしい。

 それは彼にとっては相当な屈辱だったはずだ。初めて会った時の印象から考えれば簡単に想像できる。


 そして、そんな彼のところに舞い込んできた噂というのが、ケルモウ氏の商談の話だった。



「物流王ケルモウ氏が直々にアネモスへ商談に行くという噂を帝都で聞いたらしいぜ。だから、ケルモウ氏を拉致して身代金を要求しようと考えたそうだ。まったくバカな事を考えたもんだ。」



 アントスはそう言って再び肩をすくめた。その様子を見ていた俺も彼の意見に同意する。


 確かにケルモウ氏と言えば、本人が矢面に出ない事で有名な商人である。理由は部下の育成の為とかなんとかいろんな噂があるみたいだが、その真意は明かされていない。

 だから、今回の様に本人が直接商談を行う為に公の場に姿を現すというのは、帝国内では大ニュースになる訳だ。

 もちろん、それは悪い奴らにとっても同じ事。

 ケルモウ氏を上手く拉致出来れば高額の身代金を要求して一攫千金を狙えるほどに。だから、ムースも同じようにケルモウ氏の拉致を考えたのだ。



「だけどさ、ムースの奴はどうやってあんな特殊な魔物を手に入れられたんだ?闇市で売られていたとしても、相当な金額になると思うんだけど……」



 ムースが放ったのは、俺の元いた世界では"キメラ"と呼ばれていたモンスターだったが、この世界ではまだ未確認の魔物であり、しかもその強さは推定Aランク。

 そんな個体を資金もなにもないムースがどうやって手に入れられたのだろうと疑問が浮かぶ。



「ある人物にもらったって言ってたな。ただ、そいつは顔を隠していたから素性も何もわからねぇんだと。まぁ、ムースの奴自体は切羽詰まってただろうから、なりふり構っていられなかったんだろ。」



 やれやれという様にため息をつくアントスを横目に、俺はその疑問について考えようとして、すぐにそれを止める。



「まぁいいや。犯人探しはギルドの仕事だし……俺には他にやる事があるからな。」


「まぁ、そういうこったな。俺はとりあえず早く酒が飲みたいぜ。今回はかなりシビれた依頼だったから、仲間たちも労ってやらんと。それにラルリーとリルリーの奴らも死に損なったから、見舞いにでも行ってやらんといかんしな。」


「あいつら、ほんと悪運が強いよな。でも漢見せたんだってな。俺も後で見舞いに行っとくよ。」



 その言葉にアントスは嬉しげに大きく笑うと席を立つ。



「やつら、喜ぶと思うぜ。お前の大ファンだからな。」



 何のファンなんだかは知らないがとりあえず頷いておくと、アントスは小さく笑って「じゃあな。」と残して去っていった。その後ろ姿を見送った後、俺も帰ろうと思って席を立ち上がったところで、今度は受付嬢のエマが駆け寄ってくる。



「ソフィアさん!今回は本当にありがとうございました!」



 深々と頭を下げるエマに対して謙遜して見せると、勢いよく頭を上げたエマが嬉しそうに話し出す。



「まだ魔物の詳細は調査中ですが、今回の功績をギルマスに報告したところ、ソフィアさんに直々に感謝状を渡したいとおっしゃっておりました。詳細は追って連絡しますけど、たぶん冒険者ランクも上がるでしょうね!」


「それはありがたい話だな。」



 俺の言葉にエマはニコリと笑うと、今度は懐から1つの手紙を取り出した。



「それとある方からソフィアさん宛にこれをお預かりしています。」


「ある方……?」



 受け取って差出人を確認して驚いた。

 その手紙にはケルモウ氏の名が書かれていたからだ。



「御礼も兼ねてお会いしたいと。ただ、アネモスでは大切な商談があるので、よかったら帝都にある屋敷に来て欲しいとの事ですよ。そこまでの足代も全て持つからぜひにとおっしゃってました。」


「これ、まじ……?!」



 頷くエマを見て俺は飛び跳ねて喜んだ。

 もともとそのつもりだったから計算通りと言えばそうなんだが、それ以上にベスボルチームを作る為に一歩でも前進できた事が嬉しかった。

 それにユリアの事も心配だったから、今から帝都へ向かおうとしていたのでちょうどいい。



「ありがとう!エマさん!」


「あっ……はい!ギルマスにはお戻りになられてからと伝えておきますね!」



 エマの配慮に御礼を述べ、俺は颯爽と駆け出すとギルドを飛び出した。これからの事を考えると胸の高鳴りが抑えきれない。


 まずはケルモウ氏へ提案してチームを立ち上げる。

 それが叶えば、ミアとオーウェンと共に上のリーグを目指す。もちろん、マスターズリーグでの総合優勝が目標だ。


 そして、ユリアとの再戦も。


 全てが怖いくらいに順調だ。

 帝都でユリアの行き先の手掛かりも見つかるとなお良いんだが。


 そんな想いを巡らせながら、俺は皆が待つスーザンの工房へと足を急がせるのであった。

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