123ストライク 顛末とユリア
「私のせいじゃない!こんな……こんな凶悪な魔物が出るなんて……!!私は知らなかったんだ!」
突然近づいてきた俺の姿に気づくと、ムースは取り乱したまま言い訳を綴っていく。
魔物が出る?
気になるフレーズに内心で首を傾げつつ、彼に話を促す様に鋭い視線を向けると、ムースは観念した様に膝を落として話し始めた。
「た……確かにケルモウたちをあの魔物に襲わせたのは私だ。それは認める……だが、私にはどうしても金が必要だったんだ!」
「金……?あれ?あんた、相当な金持ちじゃなかったっけ?」
俺の問いに対して、ムースは自分の顔に両手を押し付けて肩を振るわせる。
「あぁ、そうさ。私は金持ちだった……だが、おま……お前のせいで……お前があの時プリベイル家に勝ったりするからいけないんだ。」
「ん?俺が勝っただって?何言ってんだよ、あの試合はユリアの勝ちだったろ?俺は怪我で棄権しちゃったから、その流れでユリアが勝ったって聞いてるぞ。あんたもユリア側のベンチ裏にいたんじゃないのか?」
話がよく見えてこず、俺の方が困惑してしまう。
俺はあの時、ユリアの強烈な打球を受けて棄権している。だから、試合の勝敗はユリアに軍配が上がったと世間では公表されているはずだ。
俺も後からそれを聞いていたし、そこに不満はない。
ユリアと勝負して、彼女のベスボルの才能は本物だと感じたし、当時の年齢であそこまで高めるには相当な鍛錬が必要だったはず。
そして、その努力ができるという事はベスボルに対する彼女の思いが本物だと証明しており、だからこそ俺はあの勝負の結果に満足しているのだ。
だが、ムース曰く、世間の反応は少し違ったらしい。
「確かに表向きはそうだ。皇帝陛下もそれは認めたし、公式な発表も為されている。だが、あの試合を直に観た者たちがそれに納得するはずがないのだ。」
ムースは悔しげに頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら話し続ける。
「飄々とした態度でユリア様を何度も空振りさせ、終いには彼女が扱う中でも最高峰のスキルをいとも簡単に跳ね返して、特大のホームランを放った謎の美少女。直接試合を観た者たちはそれを噂し、公表の内容が間違っていると吹いて回った。そうなれば、民衆の疑問の矛先は自ずとプリベイル家に向く。」
美少女だなんて……
ソフィア本人に聞かせてあげたい。
というのは冗談だけど、要するにあの試合を観ていた者たちからすれば本当の勝者は俺だと言いたいのだろう。
不幸な事故によって俺が棄権した事で、ルール上はユリアに軍配が上がったが、そんな結末には納得がいかないと……そういう事なのだ。
いくら国が公式発表したとしても、真実を消す事はできないし、それに世間というのは自分たちの心を震わせるものの存在に非常に弱い。人の心は常に変化を求めているから、今までとは違う風には敏感に反応する。前例踏襲を好むのはいつの世も権力者たちだけであって、民衆は常に英雄を求めるのが人の世の理なのだ。
まぁ、かく言う俺も生前では一時的に野球界のヒーローに祭り立てられた一人である訳で……。
しかし……
「そんな事になってたなんて……知らなかった。」
ユリアに負けた後、本格的に強くなる必要があると考えた俺は、ジルベルトから狩りの技術を学ぶ事を決意した。なので、そのまま世間との繋がりを断ってた事もあり、あの後どんな事が起こっていたのかなんて知る由もなかった。
しかも、俺の実家があるサウスは辺境の土地。帝都の情報なんてほとんど聞かないし、ましてや貴族の噂が届く事など皆無である。
「という事は、あんたはそのプリベイル家の報復を受けたって事か?まぁ、試合を組んだ事について責任を押し付けられ、その地位を奪われたってところか。」
俺の言葉にムースは悔しそうに目を逸らす。
「その通りだ。プリベイル家の当主マルクス様はプリベイル家の名が落ちた原因と責任は私にあると発表した。そして、私はチームを奪われ、慰謝料として全ての資産をも奪われてしまった。」
「なるほど……別にあんたに恨みはないから同情はしておくよ。ところでさ、ユリアはどうなったんだ?」
民衆の不信の目がプリベイル家に向いたとなると、ユリアの事が心配になる。一度信用を失えば、たとえ権力者であっても民衆は牙を向くものだし。
俺がそう尋ねると、ムースはどこか言いにくそうな表情を浮かべたが、大きなため息をついた後に重い口を開いた。
「マルクス様はその責の一部はユリア様にあるとして、勘当なされた。」
「は……?ユリアを……勘当……って事は親子の縁を切ったって事か?」
ムースはそれ以上は何も言わなかった。
その様子を見てさらに不安になった俺は、ムースへと詰め寄った。
「なんでユリアが縁切られないといけないんだよ!ベスボルに対してあれだけ努力してるのに……あいつの親は何考えてんだ!」
「仕方がないのだ。マルクス様はユリア様をベスボル界で成り上がらせるおつもりだった。だが、お前のせいでその信用が揺らいでしまったのだからな。」
自分の胸ぐらを掴み、込み上げる怒りをぶつけるが俺に対して、ムースは無気力に小さく告げるだけだった。
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