117ストライク 初めまして、こんにちは
枝から枝へ飛び移り、咆哮が発せられた位置へ向けて森の中を駆け抜けていくその途中で、突然轟音が鳴り響いた。
それと同時に、その衝撃に驚いた鳥たちが一斉に木から飛び立ち、森の動物たちが俺とは逆の方向へ逃げていく。
樹々が倒れる音と大きな地響きが聞こえる中で、背の高い木を一気に登って辺りの様子を伺うと、200mほど先の森の上空に砂埃が舞っている様子が確認できた。
魔物がスキルを発動したのか、もしくは冒険者たちが再度逃亡を図ろうとしたのか。
いずれにせよ、時間はあまりなさそうだ。
(急がないと……)
そう思って、木のてっぺんから大きく跳躍すると、魔物の頭部らしきものが砂埃の中から確認できた。
その姿は確かに獅子だ。
だが、周りの木々と比べれば明らかに普通の獅子よりも体躯が大きいことがわかる。そして、少しずつ晴れていく砂埃の中から、背中に生えた翼と蛇の頭を持つ尾がうねっている様子が窺えた。
(やっぱり見たことのない個体だ。山脈の深部から来たのか?)
帝都ヘラクとアネモスを繋ぐ大街道の中でも、この辺りはヴァーミリオン・ヴェイン山脈に特に近い場所に位置する事から、魔力の濃度が周りに比べて濃くなっている。
その為、魔物の発生率が普通より高くなっているが、それでもせいぜいCランクかBランクの魔物が出るくらいのはずだ。あんな見るからに凶悪な個体が現れたなんて話、過去に聞いたことがない。
そもそも、イクシード家は魔物を討伐するだけでなく、彼らの生態調査も行っていて、その情報を代々ギルドへと共有し続けてきた歴史がある。そして、ブラッドゼゲアの森からヴァーミリオン・ヴェイン山脈の深部に生息している魔物たちについては、俺の父親であるジルベルトの代で一旦全て調査が済んだと聞かされている。
だとすれば、現在ギルドですら把握していない奴はまさに新種……山脈が産み出した新たなる魔物の種という事になる。
それに姿形だけではなく、今のスキルの威力や範囲も脅威的だろう。直接見てはいないので詳しくはわからない部分もあるが、あれだけ広範囲に渡って木々を薙ぎ倒すほどのスキルなんて、Aランク以下の魔物で使える奴はそういない。
加えて、ギルドの記録にはない未知の個体であるという事実が、奴の脅威度をさらに上げる事は間違いない。能力が未知数である推定ランクA以上の魔物なんて、人にとっては脅威以外の何ものでもない事は明白だからな。
(さて、どうするかなぁ。Aランクならたくさん倒した事はあるんだが、もし仮に奴がS以上の力を持っているとなると……めんどくさいなぁ。)
Sランクは強さの最高峰だ。
それは冒険者にも魔物にも言える事ではあるが、魔物の場合の評価は少し違う。Sランクの魔物を撃退する為に、過去にギルドが算出した戦力の指標が"Sランク冒険者30人"となっている事からもそれがわかる。
ただし、Sランクの魔物が何体も現れた事例は過去にはなく、この世界の歴史の中で唯一確認されている個体と言えば、ヴァーミリオン・ヴェイン山脈の頂上付近を根城にしている最強種である古龍シェンだけである。
ちなみに、イクシード家の歴代当主の中でも最強と言われるジルベルトですら、勝てないとはっきりと断言したのがこの古龍だ。
……と、少し話が逸れてしまったが、それらの理由からあの魔物がSランクであるとは考えにくかった。
(なら、あれがAランクだとしてなんでこんなところに?ジルベルトが見落としていた?いや、父さんや爺ちゃんたちがそんなミスはしないか。なら、やっぱり新種?でも、この造形は確か……)
奴の下にたどり着くまでの空中での数秒間、生前に女房役でアニオタであった拓実から聞かされた話をひとつひとつ辿っていくが、その魔物に関する詳しい説明が思い出せない。
あいつから聞いた事があるのは間違いないはず。
確かファンタジーなどによく出てくる魔物だったはずなのだが、その名前が思い出せない。名前が出てくれば全部思い出せそうな気がするのに……
気づけば目の前には地面が迫っていた。
着地すると同時に片目に神眼を纏って魔物に視線を送ると、獅子の顔がこちらを向いて大きく咆哮を上げる。
狩場を荒らすなとでも言うように、大きな獅子の顔がこちらに向かって牙を剥き出しにして唸っている。
「よう、こんにちは。ライオンさん、お前どっから来たの?」
そう尋ねてもこいつが何も返してこない事はわかっているが、ついつい話しかけてしまう。
すると、それに苛立った様に魔物は木の幹よりも太い腕を振りかぶり、鋭い爪を容赦なく俺に向けてきた。
空気を切り裂く音が鳴り、さっきまで俺が立っていた場所が大きく抉られて音が爆ぜる様子を、すぐ横に立っていた木の枝の上から眺めて笑みをこぼす。
「やる気満々!いいね!」
こちらの姿を見失い、キョロキョロと辺りを見回す魔物を見て、俺はニヤリと笑いながら背中にある弓を手に取り、矢筒から矢を一本引き抜いて素早いスピードでそれを放った。
まずは小手調べのウィンド・アロー。
風属性で素早さと鋭さを矢に付与したスキルは、風を切り裂きながら魔物の左眼に突き刺さる。
「お!手応えありか。」
突然の痛みに悶え暴れる魔物をよそに、問題なく戦える事を確信した俺は再び矢筒に手を向けて、移動を開始した。
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