116ストライク 信用と覚悟


 ポツポツと雨が降り始めた。

 いつも多くの人で賑わう大街道に人影はほとんど見られず、どこか寂しさが漂っている。


 その理由がこの雨ではない事を俺は知っている。

 大街道に現れた未知の魔物の情報が近隣のエリアへ伝わっているからだ。魔物が暴れている場所にわざわざ行く者はいないだろう。冒険者を除けば……だが。



(大街道に沿って駆けてきたけど、位置的にはそろそろかな……)



 他の魔物に会うこともなく、ここまでは順調な道のりだった。

 スキル「疾風迅雷・炎」と雷属性の魔力によって向上させた持久力と素早さ。それによって一気に駆け抜けてきたから、ここまで半日ほどで辿り着けている。


 冒険者ギルドから得た情報によれば、魔物が現れたポイントはここからそう遠くはないはずだ。

 このまま進めば、大街道はまもなくヴァーミリオン・ヴェイン山脈の上流から流れる河川"ブラドライン"と合流する事になる。サウス北部に腰を据えているヴェイン山脈は魔力の溜まり場と言われていて、そこから流れてくるこのブラドラインもまた魔力を多く含んでいる為か、この辺りは魔物の発生率も高い。

 俺自身も山脈の深くまでは行った事はないので本当の事はわからないが、ジルベルト曰くこの河川は死んだ魔物の血を吸っているらしい。それ故にこの川が流れ着くブラッドゼゲアの森は"血のたどり着く場所"として恐れられているのだ。



(魔力感知にはまだ引っかからない……もう少し先かな?商隊を襲って移動した可能性もあるか。)



 俺の魔力感知の最大範囲は半径500m程度。

 狩りの時、常にこのスキルを発動させて、対象の位置を探っているのは、相手の位置を先に把握する事が狩りの基本中の基本であるからだ。

 先手必勝、先即制人……アドバンテージを得る事は魔物との死合いに重要な意味を持つ。



(川と合流する地点へ行けば、何か痕跡が見つかるかもしれないな。)



 そう考えて再び足を早めようとしたその時だった。

 大街道の西側に広がる森の奥から、凶悪な咆哮が轟いた。瞬時に位置を計算すると、ここから森に入った先の約1km弱の地点。小高い山の麓辺りだと推測できた。



「護衛をちゃんとつけてるのか。さすが金持ちだな!それにしてもいい判断じゃん。」



 先ほどの咆哮から察するに、件の魔物の体躯は大きいと想像できる。だから、木などの障害物が多い森に逃げたのだろうけれど、それを商人だけで判断したとは考えにくい。

 おそらくはケルモウは護衛を雇っている。

 ヘラクのギルドから紹介された冒険者で、この辺の地理に熟知した者たちを。しかも、あの辺には洞窟が多く存在しているので、その辺も踏まえて逃げたのならアネモスを拠点にする冒険者の可能性が高かった。

 しかし……



「なんにせよ、状況は見てみないとわからないよな。みんな無事でいてくれよ。」



 俺は両足に魔力を流し込むと、地面を抉るほどの力で駆け出して現地へと急行した。





「ケルモウさん、そろそろみんな限界だ。」



 冒険者のリーダー格である男がわしにそう告げる。

 洞窟内を見回せば、みんな満身創痍である事がよくわかる。



「特に怪我をした者たちがまずい。体力的にもここで動かないと本当に死を待つだけになる。」


「……わかった。」



 彼らは雇われの身であり、雇い主であるわしの指示がなければ勝手には動けない。


ーーーなぜわしらを置いて逃げないのか。


 ここに逃げてきた時、そう彼に聞いてみたが、彼から返ってきた言葉に驚かされた。



『俺らは信用で仕事してますからね。ここであんたたちを置いて逃げても、冒険者としては死んだも同然だ。それにね、俺はこの仕事に誇りを持ってるんですよ。護衛と言っても、一緒に目的地まで向かう仲間。俺たちはいつもそう思ってるんで。』



 初めは冒険者たちのそういうところが理解できず、小馬鹿にしていた自分が今では恨めしかった。

 彼らは信用を重んじ、義理と人情で仕事をする。いろんな仕事を請け負う彼らだが、特に護衛の仕事は雇い主を危険から守る命を賭けた仕事。普通なら自分の命が惜しいはずなのに、彼らは矜持を持ってそれを遂行しているのだ。

 


 立ち上がり、もう一度仲間たちの様子を窺ってみる。

 商隊の者たちはかすり傷程度で問題はないが、わしらを守ってくれた冒険者の数名が深い傷を負っている。すぐに命に関わるものではないと聞いてはいるが、ここに逃げ込んでからけっこうな時間が経っており、衰弱していく様子を見るのは心が痛い。



「おい、アントス。俺らの事はいいから、ケルモウさんたちを逃がそう。俺とリルリーが囮になれば、逃げる隙くらい作れるさ。」


「……」



 怪我を負った冒険者の一人が、リーダー格の男にそう提案した。それに対して、アントスと呼ばれた男は目を瞑り悩んでいるようだ。



「悩む必要はないはずだ。俺たちは冒険者……こういう自体は想定内だろ?俺もリルリーも走れはしないが、囮として奴の気を引く事くらいはできるぜ。」


「あぁ……そうだな。」



 アントスはそれに小さく頷く。

 そのやり取りを聞いていたわしは、心の奥から怒りが込み上げるのを感じた。



「な……何を言っているのだ。仲間を囮に逃げるというのか!?」


「そうだ。俺たちの仕事はあんたらを無事にアネモスまで送り届ける事だからな。」


「ならんぞ!仲間を見殺しにしてたどり着いたとして、そこになんの意味が……」


「それが俺たちの仕事だ。」



 言葉を遮った男の目には覚悟と、そして、悔しさを含んだ悲しみが浮かんでおり、わしはそれ以上何も言えなくなってしまう。


 外にいる魔物の咆哮が聞こえた。

 それを聞いたアントスが「時間がないな……」と小さく呟いた。

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