115ストライク ケルモウ=ガバメン


 わしの名は、ケルモウ=ガバメン。

 クレス帝国で商人をやっておるんだが、今回はアネモスでの商談に参加する為、帝都ヘラクから大街道を抜けてここまでやってきた。


 だが、わしは今、窮地に立たされておる。

 目の前で咆哮を上げる未知の魔物の襲撃によって。




 自慢じゃないが、自分はクレス帝国きっての大商人であると自負しておる。扱う商品は食材から日用品や魔道具などと幅広く、ついでに高利貸しもやっておるから巷ではドン・ケルモウなどと呼ばれているらしい。


 わしは若い頃から野望を燃やして生きてきた。

 金を稼いで多くの事業を手に掛けたい。強いては歴史に名を残したいという一心でここまでやってきた訳で、まぁ若い頃にはやんちゃもたくさんやった。

 別に悪い事をしてきたつもりはないが、金貸しをやっていれば少なからず恨みも買う。金を貸すというのはそういう事だし、わしもそれを承知の上でやってきたからな。

 これまで何人もの人間に金を貸し、返せないものにはそれ相応の処遇を与えた事だってある。


 だが、そういう事も含めてここまで本当に上手くやってこれたと思う。立ち上げた事業はことごとく成功を重ね、今ではほとんどの市場がわしの手中にあると言っても過言ではない。クレス帝国の物流は、もはやわし無しでは回らないほどになっている。

 それ故に、皇帝陛下からも色々と支援してもらっていて、今や鬼に金棒状態である。


 まるで、幸運の女神が味方をしてくれているかとすら思えるほどに、全ての事が上手く進んでいた。


 だが、幸運とはずっと続くものではない。

 その本質はまさに陰と陽……良い時があれば必ず悪い時もあるのが人生。幸運が多い者には、それと同じく不運も多く降りかかるのが道理なのだろう。


 そう思う理由はさっきも言った通りだ。

 目の前でこちらを睨む未知の魔物が、それを物語っておるからな。

 

 顔は獅子に見えるがその背中には翼があり、尻尾は蛇という異形の魔物。

 こいつが大街道を進んでいる最中の我らに対して、突然空から襲いかかってきた。護衛の冒険者たちが早くに危険を察知してくれたおかげもあって、近くにあった洞窟にすぐに逃げ込む事ができたので、間一髪を逃れる事ができた。

 こいつのせいで怪我を負った者が数名いるが、死者がいない事は不幸中の幸いだろう。


 こやつは積荷を食い荒らすと、今度は洞窟にいるわしらを襲おうとしてきた。

 だが、入り口が狭くてうまく手が出せなかった様で、今は近くでぐるぐると回ってこちらの様子を窺っている。おそらくは諦め切れないのだろう。時々、チラチラとこちらを見ている様子は、まるで何か策を練っている様にも見えて気味が悪い。

 生きた心地がしないとはこういう事を言うのだと実感させられた。


 わしは大きなため息と共に、出発前にしていた冒険者ギルドでの会話を思い出した。


 この辺りは"ブラッドゲゼア"と呼ばれている深い森が近く、たまに魔物に襲われる商隊がいるらしい。

 だから、護衛を雇う方が無難だと聞いていたので、それに従って護衛を雇う事にした。必要な投資は必要な時にする事が成功の秘訣でもある。ケチというのは、身を滅ぼすものだからな。


 だが、雇った冒険者たちから聞いた話だと、この辺りの魔物のランクはそんなに高くなく、特に不安がる必要はないとの事だった。そして、時期によってはイクシード家の狩人が一掃してしまっているから、魔物に出会う事の方が稀だという事を教えてくれた。

 イクシードの名は聞いた事があったのですぐに納得できたが、それを全て鵜呑みにしていた訳でもない。

 安易な油断もまた、身を滅ぼす事を知っているからだ。


 だが、そこまで油断なくたち振舞ったつもりだったのに、今の現状は起きてしまった。


 護衛の冒険者たちは口を揃えて言う。

 あんな魔物は今まで見た事がないと。


 確かにブラッドゼゲアには凶悪な魔物が生息するが、そのほとんどがすでに目撃されているか、あるいは研究がなされたものばかりであり、

 そして、それらの魔物の情報は冒険者ギルドにも必ず周知されている。魔物の生態や属性などの情報は、冒険者たちにとって生死を分ける大切な情報だからだ。

 冒険者たちはその情報を基に仲間と連携して魔物を狩る。基本的に単独で狩りを行うものは珍しく、それぞれが互いの強みと弱みを理解し、足りない部分を補い合いながら魔物に立ち向かうと、護衛リーダーが道中に教えてくれた。


 だが、今目の前にいるのはそんな常識が通用しない未確認の魔物である。

 冒険者たちも奴を撃退する方法を見出そうと必死になっているが、いまだに進展はない様だ。


 ここに逃げ込んではや2日。

 奴は一向に諦める気配はない。


 食料などは襲われた時に全て失ってしまったし、怪我を負った者たちも少しずつ体力を奪われて衰弱してきている。


 もはや、時間的な猶予はないだろう。


 だが、ただの商人であるわしにできる事は限られている。冒険者たちの様に力のないわしにできる事は2つだけだ。


 1つは神に助けを祈る事。

 そして、もう1つは……いや、これは口に出すまい。



 わしはそう思い直して再びため息をついた。

 そんな感情を表す様に、洞窟の外では雨が降り始めていた。

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