114ストライク ケチくさアーチャー
武器工房に着くと、俺は店主に事情を話して武器を選ばせてもらう許可を得る。
ここはギルド御用達の工房だから、ある程度信用に値する冒険者は後払いでも商品の購入が可能なので、俺もよく使わせてもらっていた店だ。
今回は突然のクエストだったし、事態は急を要するから店主はすぐに理解を示してくれた。
俺が手に取ったのは弓矢と双剣だ。
ジルベルトたちと一緒に狩りについていく事になった時、アルが俺に合う武器を見立ててくれたのがこの2種類であり、それ以来ずっとこれを使っている。
「矢はいつもより多めにできる?」
「……珍しいな。」
寡黙な店主が少し驚いて俺を見る。
それに対して笑顔を浮かべていると、店主は不思議そうな表情のまま、店の奥へと消えていった。
まぁ、彼がそんな顔をするのも無理はないなと内心で苦笑する。なにせ、その理由は俺の戦闘スタイルにあるからだ。
俺は魔物を発見すると、基本的に遠距離から弓矢による牽制を行い、隙を見て双剣で斬り込むヒットアンドアウェイスタイルを取っている。
これはジルベルトから教わった戦い方の基本であり、イクシード家に伝わる基本的な戦術の1つでもある。ジルベルトが素早さの高い俺にはぴったりの戦術だと教えてくれた事もあって、これまでこのスタイルを貫いてきた訳だが、教えられた当初はこの戦術の欠点に悩まされていた。
その欠点とは、単純に矢がたくさん必要である事。
知っての通り、弓矢というのは矢がないと武器としての機能が大幅に低下する。矢がなくなれば、完全に武器としての意味を失ってしまうと言ってもいいので、俺自身は長期戦には向いていない武器だと思っている。
しかし、魔物には耐久性や防御力が高い個体が多く存在する為、状況によっては長い戦いを強いられる事もよく起こる。そうなると、この戦術を使用する為にはより多くの矢が必要になってくる訳だ。
この世界での矢の価格はかなり高い。鏃に鉄を使用している事もその要因の一つだろうけれど、なにせ作るのが面倒くさい。木を削り、鉄を打ち、一本一本職人が手作りしている訳だから、その人件費も相まって価格が高く設定されるので、そんな矢を多く必要とするこの戦術はまさに破産必須の戦闘スタイルと言っても過言ではないだろう。
俺自身、素早さを活かした戦い方が性に合っている事は理解していたし、この戦術も気に入ってはいたけど、お金がかかり過ぎるのは考えものだ。戦術とは自分の生死を大きく分けるものだけど、これを自分の戦術の基盤とするか当時は本気で悩んでいた。
多くの戦術を知り、それを臨機応変に活用する事が狩りにおいては重要であるが、その中で自分の基礎となる戦術を決めておくと戦い方に安定感が生まれるのは事実だ。
だが、矢が無くなり、使える武器が双剣だけになった時には今一つ決め手に欠ける事になる。
もちろん、それならばスキルによる大技を考えてぶっ放せばいいとも思ったが、それに頼ってばかりになると刻々と状況が変化する魔物との死合いの中で、手詰まりになる可能性もある。
俺もそういう事はちゃんと真面目に考えているのだ。なにせ、この体はソフィア自身のものなんだから絶対に傷をつける訳にはいかない。
それに、別に魔物狩りを生業にするつもりはないけど、自分はイクシード家の人間で周りからはどうしても強さを求められてしまう。可愛がって育ててくれたジルベルトやアルたちの顔に泥を塗る様な事はできないから、これについてはちゃんと考えるべきだと思い、どうしようかとけっこう必死に悩んでいた。
そんな時にアルがこんな助言をしてくれた。
『ソフィアのスピードって尋常じゃないよね。それだけ早いなら、魔物には打ち込んだ矢も回収しちゃえそうだよね。』
アルは何気なく言ったつもりだった様だが、俺はその瞬間にピンと来た。
アルの言う通り、たくさん用意できないなら戦いの中で回収して再利用すればいいのだ。なんでこんな簡単な事に気づかなかったんだろう……と。
それからは最小限の本数を準備して何度も使い回す事で魔物を狩ってきたので、いつの間にかギルドでついたあだ名が"吝嗇の射手"。
聞いた時はかっこいいなとか思っていたけど、"吝嗇"の意味に気づいた時は不満が爆発して、ギルド内で暴れかけた事は記憶に新しい。
そんな事があったからだろう。
俺が矢をたくさん購入するという事は、この店主の言うとおり珍しいのである。
店の奥から店主が戻ってきたので、少しばかり皮肉を込めて笑ってみる。
「今回はケチな事ばかり考えてられないんだよね。」
俺の言葉に店主は無言だったが、何かを察した様に鼻を鳴らすと、いつもの倍はある矢の束を目の前にドンと置いた。
御礼を伝え、それを受け取るとそのまま腰に据えた矢筒に丁寧に入れていく。
「好条件なのか?」
店主のシンプルな一言に俺は頷く。
「あぁ、どっちに転ぶかは五分五分ってとこ。でも、上手くいったらあの双剣を買えるかもな。」
店の一番目立つところに置いてあるミスリル製の双剣を指差して笑うと、さすがの店主も驚いた様に眉を顰めたが、すぐに表情を戻した。
「まぁ、期待しないでおこう。イクシードには世話になってるからな。無茶はするなよ。あと親父にもよろしく伝えてくれ。」
「あぁ、もちろんだ。ありがとう。」
最後に双剣を拾い上げ、背中に取り付けた2つのホルダーに納めると、俺は武器攻防を後にした。
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