111ストライク 冒険者ギルドに行きますか


「やっぱりダメだったかぁ〜」



 俺は肩を落とすと、そう嘆きを溢した。

 俺とシルビアは、先ほどまでベスボル協会のアネモス支部にいた。受付にマリーさんの姿を見つけたので、チーム登録について詳しく教えて欲しいと頼むと快く快諾してくれた。まぁ、それが仕事だし当たり前か。


 マリーさんに確認した内容は、登録資格や登録に関する規定、登録後のリーグ戦への参加方法など。

 もちろん、チーム登録にかかる費用についてもちゃんと確認したし、漏れなく交渉を行なってみたけどその結果は想像通りの惨敗。マリーさんからできない理由を淡々と綴られて、諦めて帰ることにして現在に至る訳だ。



『あなたは私の中で逸材認定なので、助けになりたいのは山々だけど例外は出せないの。』



 マリーさんの最後の言葉が再び頭をよぎる。

 逸材認定なら少しくらい上に掛け合ってくれても良くね?高校進学とかでよくある特待枠とか作れば、もっと世界に埋もれている逸材たちが活躍できるようになるんじゃねぇの?


 内心で愚痴を溢していると、どうやら態度にも表れていたようで、それを見ていたシルビアがため息をついた。



「まぁ、仕方ないでしょ。ベスボルは確かに世界的に人気のスポーツだし、協会的にはそこまで選手確保に困っている訳じゃないしね。」


「今のベスボル界には、優秀な選手が十分いるって事だよな。」


「えぇ、今はそうね。」



 その言葉に小さくため息が漏れた。


 よくある話なのだ。

 確かにベスボルというスポーツが考案されて運用され始めた頃は、ルールも未成熟で選手の怪我や死亡事故は絶えなかった。だから、すぐに選手の補充が必要で誰にでもベスボルで成り上がる為の道が用意されていた。

 だが、死亡事故が増えればだんだんと見過ごす事ができなくなり、選手たちを守ろうとする声が上がるようになる。すると、ルールが見直される訳だ。

 それを繰り返しながら今日に至るベスボルには、すでに選手を守る為の様々なルールがあり、選手たちは怪我はすれども死ぬ事はほとんどない。そういう体制が敷かれている。


 加えて、口述した通り、今のベスボル界には十分な選手数が確保できている現状がある。

 前にも少し話したが、ベスボルにはマスターズリーグ、アマチュアリーグ、地区リーグの3つのリーグがあって球団数もピラミッド型に存在している。マスターズで活躍できるのは大手スポンサーがつく実力を備えた10球団、その下部のアマチュアリーグに30球団、最下部の地区リーグには100を超える球団があるから、それに比例して選手もたくさん存在する。


 ルールが成熟した事で、上位リーグの選手たちの数が簡単に減る事はなく、仮に減ったとしてもその下部組織には補充要員がたくさん存在しているこの状況で、ぽっと出の新人にチャンスが回ってくる確率などないに等しい。


 それに、協会の人員だって潤沢ではない。

 そんな中でこれだけ多くのチームや選手を管理するのは大変な事で、おいそれと簡単に増やす訳にもいかない。


 そういった要素が絡み合って今の現状がある訳だ。


 もちろん、それは正規ルートで上を目指そうとすればの話であって、逸材と呼ばれる者たちならではの攻略方法もある。


 例えば、スポンサー契約やスカウトがこれに当たり、これらは生前の世界と同じで、ある意味特殊ルートになる。

 いやらしい話だが、要するにスポンサーやチーム上層部が喉から手が出るほど欲しいと思わせる力を見せつければ、正規ルートを一気に飛び越してトップリーグまで駆け上がる事も夢ではないルート、という事だ。

 

 だが、この特殊ルートに俺が乗っかる望みは実は薄い。その確たる理由が幼少期のユリアとの勝負にあった。

 あの時の俺の能力はユリアに完全に勝っていたと思う。なにせ、当時の彼女の渾身のスキルを打ち返し、ホームランという結果を残したのだから。でも、その後に起きた不慮の事故で俺は棄権し、その試合はユリアに軍配が上がる事になった訳だ。


 もちろん、そこに問題はなく、むしろ問題があったのはその後の俺自身の考え方だった。

 当時、ベスボル界では逸材と呼ばれていたユリアを圧倒したという話を聞いた者なら、普通なら舌を巻くほど欲しくなるはず……こともあろうか、俺は試合後の一年ほどそう思っていたのだ。

 だが、結果的にはどこからも声はかからず、それを疑問に思っていたところにスーザンとシルビアからこう告げられた。



『ソフィア、お前今天狗になってないか?』


『確かに。どこからかスカウトでも来て、すぐにマスターズのチームに入れるとか……そんな甘い考えが見え見えよね。』



 正直ショックだった。

 その指摘は的を獲すぎていて、俺は完全に天狗になっていた事に気付かされた。

 声がかからない事に不満を露わにする一方で、特に自分からも動こうとせず単に家の手伝いをこなす日々。こんな態度をソフィア( 本人 )やアストラに見られていると考えたら、顔から火が出る思いだった。



『しかしまぁ……おそらくプリベイル家が動いているとは思うがな。』



 その時のスーザンの一言に少しは救われたが、それはそれでこれはこれ。自分の甘さがこんなところで露見するとは思ってもみなかったと反省し、その後すぐ俺はジルベルトに狩りを教えてくれと懇願しに行ったのだった。






「まっ、今この現状を嘆いても仕方ないよな。とりあえずギルドに向かおうぜ。」



 恥ずかしい過去を振り返りながらも気持ちを新たに俺がそう告げると、シルビアも「そうね。」と頷く。

 そうして俺たちは、冒険者ギルドへと向かった。





 冒険者ギルドに着き、ドアを開けようとしたところで聞こえてきたのは大きな怒声だった。


 何事かとドアを開けて中の様子を窺うと、ギルドの受付に集まる冒険者とその周りで慌てふためく者たちの姿が見える。



「お静かに!!今状況を確認していますから!!」



 受付嬢が群がる冒険者たちを落ち着かせようとそう叫んでいるが、全く落ち着く様子はない。ギルド内は混乱を極め、全ての者たちが狼狽しているようだった。



「何があったんだ?」


「さぁ……でも、やばい事が起きたのだけはわかるわね。」



 入り口で茫然としたまま立ち尽くす俺たちの姿に、受付嬢が気づいて声を上げる。



「あ!ソフィアさん!!よかった……こっちに……!こっちにお願いします!!」



 群がる冒険者たちの頭の上から受付嬢が手を上げて俺を呼ぶと、それに気づいた冒険者たちもこちらへと視線を向けてくる。



「う……!」



 いかつい野郎どもが一斉にこちらを向く様子は、恐怖以外の何ものでもなかった。

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