112ストライク だってシルビアなんで


 冒険者たちがまるでモーゼの十戒の海の様に道を開けていく中で、俺はその間をゆっくりと歩きながら疲れ切っている受付嬢へと問いかける。



「エマさん、これはいったいなんの騒ぎ?」


「あ〜ん!もうよかったです!あなたが居てくれて!聞いてくださいよぉ〜!」



 こちらに気づくや否や泣きながら飛びついてきた受付嬢のエマの体を、俺は難なく受け止めた。その様子を見ていた周りの冒険者たちは俺の登場に驚き、イクシード家の名をボソボソと呟いている者もいる。

 その反応に対して、俺は表には出さないがイクシードの名は有名だと改めて感じていた。

 もともとイクシード家は魔物を狩る一族であり、父ジルベルド自身は冒険者界隈ではかなり有名人。冒険者ランクも高く、その技量もギルドマスターが認めているほどに強い。それに加えて、今では息子のアルも父と並ぶほどの冒険者ランクになっており、この界隈でイクシードの名を知らぬ者はほとんどいない。


 そんな一族の末っ子である俺もまた然り。

 しかも幼少期のあの特大ホームランの話も相まって、ソフィア=イクシードの名はイクシード家始まって以来の天才美少女冒険者として知れ渡っている訳だ。



「はいはい落ち着いて……で、何があったんですか?」


「それがですねぇ~」



 よしよしと頭を撫でながら受付嬢のエマを下ろすと、彼女は落ち着きを取り戻した様で、今現在何が起きているのかを説明してくれた。

 

 彼女の話によればどうやらアネモス近辺、それも大街道で魔物の出現が確認されたらしい。

 アネモスには辺境都市サウスに繋がる街道と帝都ヘラクへと繋がる大街道の2つが存在する。特にヘラクに繋がる大街道は「大」と付くだけあって、多くの人や物が行き交う謂わば商業の基盤となっている。

 今回はその大街道に件の魔物が現れた事で、人やモノ、すべての流れが止まってしまっているという事だった。


 ただ、それだけでギルド内がこんな騒ぎにはならない事は俺にでもわかる。なぜなら、ここは猛者どもが集る冒険者ギルドであり、魔物の討伐など日常茶飯事に行われている場所なのだから。

 

 何か不測の事態が起きた……

 理由はそれしか考えられなかった。



「その魔物に問題があるんだな。」


「……はい、そうなんです。」



 エマはそう俯いて肩を落とした。

 ギルドの冒険者たちでも動揺するくらいの魔物。という事は高ランクの魔物である事には間違いないだろう。問題はどんな魔物なのかという事だが……



「……で、どんな魔物なんだ?」


「それがですね……」



 エマは今出せる全ての情報を隠す事なく話していく。

 その周りでは、いつもは粗野な冒険者たちも固唾を飲んで見守っており、騒がしいのが当たり前であるギルド内に静寂が佇む様子は異様という言葉が相応しかった。

 


「確認できたのは、魔物の姿と一部の能力です。顔は猛獣で背に翼を備え、尻尾が蛇のように動くそうで、炎系のブレスを使うようです。今まで観測された種類にはいない……新種の魔物の可能性があります。」


「猛獣に翼に……尻尾が蛇……はて?」



 どこかで聞いた様な魔物の形状に首を傾げつつ、エマの話に引き続き耳を傾ける。



「今日到着予定だったヘラクからの大商隊が襲われた様でして……皆さまご無事との事ですが、荷の一部がその魔物に奪われてしまったそうです。」


「なるほどな。その情報は伝令から?」


「その通りです。位置的にアネモスが近かったらしく、彼が届けてくれました。内容は代表のケルモウ様と護衛隊長からの言伝です。伝令の方は現在治療中なので話は聞けませんが……」



 そこまで告げたエマは再び俯いてしまい、周りの冒険者たちもそれにつられて再びどよめき始めた。

 相手が未知の魔物なら、皆のこの反応もわかる。それに現在ギルドマスターが不在である事も、皆の心境に影響してるんだろう。俺もここのギルマスにはお世話になってるけど、確かにあの人は強いし、冒険者だけじゃなくアネモスの市民からの信頼も厚い人だからな。


 とりあえず、伝令の人が無事だった事と大商隊の人たちが無事である事は不幸中の幸いだ。だが、伝令を出してから何日か経ってる訳だし、あまりゆっくりはしてられないな。

 それとその魔物……この世界に来てから聞いたことのない魔物なんだが、どっかで聞いたような姿形なんだよなぁ。どこで聞いたんだっけ。


 喉に小骨が刺さって取れない様なもどかしい感覚に頭を悩ませていると、エマが顔を上げて懇願の目を向ける。

 


「ソフィアさん!大変不躾な事は承知しておりますが、お父様に連絡を取っていただけませんか!?ギルマスはすぐには戻れませんが、ジル様なら現地まで1日もかからずにお着きになれるはず!どうかこの通りです!」



 可愛らしい少女に、こんな涙目で、しかもそんな顔でせがまれたら男なら断れないだろう。

 というか、そもそも断るつもりなどない俺が「もちろんだ。」と笑顔で頷くと、エマはホッとした様に涙を拭った。


 さて、それならまずはスーザンの家に戻るとするか。彼女の家に行けば実家への連絡はすぐにできるし。

 というのも、実は最近スーザンがある魔道具を開発してくれた。それを簡単に説明すると、生前の世界に存在した電波と同じ要領で、飛ばした魔力を通じて簡単な会話をする事ができる携帯電話の様なものだ。

 異世界で前の世界の知識をひけらかすのは気が引けるけど、少しくらい生活が便利になるのは問題ないだろうと思ってスーザンに簡単な原理を伝えたら、本当に実現したので驚いているくらいだけど。


 と、その話はさておき、さっそくジルたちにその魔物を狩ってもらおうかね。新種の魔物なんて自然発生だし、報酬がつきにくいから俺が討伐しても意味ないし。

 ここはジルたちに任せて、俺はチーム登録のためにしっかりと稼がないとならんのでね。


 そう考えながら、一度戻る旨をエマに伝えようとしたところで、シルビアが突然声を上げた。



「ケルモウ……そうか、あのケルモウね!」



 全員がキョトンとした視線を彼女に向ける。

 こいつは一人で何を納得しているのだろうか。

 今は事を急ぐのに、あいも変わらず空気を読まないやつだな、まったく。

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