108ストライク ひみつのヒミツ

 四つん這いで落ち込むオーウェンの横でヒルモネが準備し始めたのは、生物の魔力の動きを測定する魔道具。


 彼の説明によれば、今からやる事は主に2つある。

 まず1つ目は、オーウェンの魔力の動きをこの装置を利用して測定し、そこから魔力共生という力が体内でどう影響しているのかミアに直接見てもらい理解させる事。そして2つ目は、ミアに特殊な薬を服用してもらう事で彼女の魔属性の魔力を一時的に抑え込み、その状態で魔力共生を習得する事だ。


 2つ目の特殊な薬というのが少々気になるが、ミア自身はヒルモネを信用している様で「頑張るにゃ!」を勇気を振り絞っていた為、俺は彼女の意思を尊重する事にした。


 なんとかミアの体質改善の兆しが見えてきた。

 俺が内心でホッとしていると、準備を進めるヒルモネが俺に声をかける。

 


「ところでソフィアちん。1つ聞いてもよいかのぉ?」


「ん?どうした、急に改まって……」


「いやな……お主、ミアちゃんの魔力についてかなり詳しく把握しているようじゃが、もしかして見えるんか?」



 その問いかけに対して、俺は答え方に迷ってしまう。

 この眼の事は基本的に信用に足る仲間にしか伝えていない。そもそも、俺のこれからのベスボル人生でかなりのアドバンテージとなる力であり、そんな重要な情報を今日会ったばかりの……しかも貧民街の住民に伝えるべきだろうか。

 確かにヒルモネは信用できる男かもしれないし、そもそもチームメイトになるオーウェンには話しておかなければならないと考えてはいるが、それは果たして今なのだろうか。


 少しだけ悩み、俺が出した答えはこうだった。



「見えるよ。あくまで流れ方だけだけどな。浸食するって言ったのは、ミアの中の魔力がぶつかり合うような流れ方をしていたからそう思ったんだ。」



 とりあえずは誤魔化しておこう。流れが見えるのはスーザンと一緒だし、彼女は俺の親族だから言い訳ならいくらでも思いつきそうだからな。神眼なんて言葉は絶対に出せないし、色で判別できるなんて言ったら医者のこいつの事だ。面倒くさいことになりそうだし。



「やはり見えるんじゃな。そうじゃないかと思ったわい。」


 

 案の定、ヒルモネは珍しそうな視線をこちらに向けてきた為、俺はここにはいないスーザンの事を話題に出してみる。



「実はさ、俺の叔母に同じ様な力を持ってる人がいるんだよ。」


「同じ力……魔力の流れが見える……?ならば、その叔母とはもしかして、スーザン=イクシードか?」


「あぁ、そうだよ。」



 予想通り、ヒルモネはスーザンの事を知っていたようだ。元帝国に仕えていた魔道具研究の第一人者であるスーザンの事なら、同じく帝国に仕えた経歴があるヒルモネでも知っていると踏んだのは正しかったらしい。

 そして、そんな彼女の親族であると言えば、俺の力の事も今の説明で納得してくれるはずだと考えたのだ。


 やっぱりまだ、彼らに俺の秘密を明かすのは早い。相応の時期が必ず来るから、その時に伝えようと……そう思っての事だったが、納得してもらえただろうかと内心で固唾を飲んでヒルモネを見守る。

 だが、そんな心配はいらなかった様で、ヒルモネは「なるほどのぉ〜」と言いながら作業に戻っていった。

 納得はしてくれた様で何よりだとホッとしていると、シルビアが寄ってきた。



「いいの?スーザンの事……」


「別にいいだろ?スーザンも別に隠してないって言ってたしな。」


「そう……?まぁ、あんたがいいならいいんだけど、私は何かを要求されているあんたの未来が目に浮かぶわ。」



 それについては一理あるかもしれない。

 シルビアの言葉に俺は内心で辟易してしまった。


 準備が整うとヒルモネがオーウェンを呼んだ。

 彼はぶつぶつと呪咀の様なものを呟きながらも、ヒルモネの指示する場所へと向かっていく。

 大丈夫かと少し心配もしてみたが、途中でアホらしくなってそれはやめた。



「これでよし……では、オーウェンよ。魔属性と他属性を使ったスキルを。なんでもええぞ。」


「……」


「ん?オーウェンよ、どうしたんじゃ?」


「……だ」


「ん?なんて?わしゃ、少し耳が遠いの知っとるじゃろ。も少し大きくしゃべらんか!」



 ヒルモネがそう催促する横で、俺はオーウェンの呟きを理解していた。


 こいつ今、「いやだ。」って言いやがった。ミアは自分が助けるとか豪語したくせに。

 でも、ここは怒っちゃならん。効率的に建設的にいかないと、ミアの治療が進まないんだから。


 俺は一度大きく息を吐いて冷静さを保ちつつ、ミアに目配せをすると、ミアも俺の意図を理解してオーウェンへと声をかけた。



「オーウェン、お願いだにゃ。私も早くスキルを使える様になって、ソフィアやオーウェンとベスボルをしたいんだにゃ。」


「ミ……ミアちゃん……」



 ミアの演技力にも感嘆するが、相変わらず同じ手に引っかかるオーウェンに内心で呆れてしまう。

 もはや、この対応は俺たちの中ですでにテンプレだ。オーウェンもさっきまでの落ち込みはどこへやら、鼻息を荒くしてヒルモネにさっさとやれと半分逆ギレしているから笑えてくる。



「まぁ、元気が出て何よりじゃ。ほんなら始めようかのぉ〜。」



 ヒルモネはそう笑い、装置のスイッチを入れた。





 外に出ると、ポツポツと雨が降り出していた。

 中ではミアが魔力共生の習得に励んでいる。ヒルモネ曰く、筋もいいからコツを掴めば今日にも習得できるかもしれないとの事でミアは今頑張っている。

 特に何もできない俺は邪魔にならない様にと外の空気を吸いに出た訳だが、いつの間に降り出したのやら、あいにくの雨模様に小さくため息をつく。



「魔力共生か……」



 ぽつりと呟いた言葉は雨音にかき消されていく。

 魔属性を見た時から分かってはいたが、この属性は本当に厄介な代物だ。気を抜けば他の属性を一気に食い荒らそうとしてくるから、今まで以上に魔力操作が難しい。

 しかも、練ってすらいないのに他の魔力の臭いを嗅ぎ分けて突然顔を出す。まるで意思を持った獣の様な凶暴性には本当に驚いたものだ。

 だが……



「これがあれば、こいつを飼い慣らせるんだな。」



 頭に魔力を共存させるイメージを浮かべると、魔属性がまるで首輪に繋がれた猟犬の様に大人しくなる感覚を掴んだ。

 感心と同時に愉悦が心に湧いてくる。そんな興奮をなんとか抑えながら右手をゆっくりと開き、人差し指から順に魔力を発現させていく。


 赤、青、緑、蒼、黄色……

 そして、俺の左手の人差し指には、紫色の炎が小さく揺らめいていた。

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