100ストライク 出頭命令


「……ベスボル?」


「そうだ。俺たちと一緒にベスボルで高みを目指さないか?」



 その言葉を聞いたオーウェンは、頭に大きなたんこぶを載せたままキョトンとしていた。確かに自分の生業とする仕事を依頼されると思っていたのだろうから、その表情になるのも頷ける。

 ちなみに彼は俺に殴られた後、やっと自分の名を名乗った。


 オーウェン=シュタイン。

 魔人族で歳は14、俺やミアとはほぼ同世代だった事には驚いた。



「実は俺たち、ベスボルのチームを作ろうとしててさ。このシルビアがチームメイトを探してくれてたんだ。んで、うってつけの人物がいるからって言うから貧民街に行ったわけ。まぁ、こいつはアホだけど、ベスボルに関してはある程度信用できるからな。」


「ソ……ソフィア!?ちょ……酷く……」


「それに関しては私も賛同するな。こいつは本当に空気を読まない奴だが、ベスボルに関しては知識が深い。」


「ちょ……!スーザンまで……!?」



 シルビアは自身の評価を改めて聞かされ、相当ショックを受けたようだ。涙目で驚愕の色を浮かべているが、それを畳み掛けるように今度はオーウェンが口を開く。



「とりあえず、空気が読めない事については同意する。僕の秘密の花園を堂々と踏み躙ったこのエルフは、アポカリプスにでも巻き込まれて死ねばいい。」


「あ……あんたまで!なんなのよ、もう!あ〜ん……」



 涙を流して声を上げるシルビアだが、これが嘘泣きだと分かってるので全部スルーだ。



「とまぁ、シルビアの事については今はどうでもいいな。はい終わり。で、オーウェン、お前の答えを聞かせてくれ。」



 改めて問いかけると、オーウェンは悩むように縛られたままの手を顎に置いたが、返答にはそんなに時間はかからなかった。



「イヤだね。」



 鼻を鳴らしてそっぽを向くオーウェンだが、俺も含めてみんな彼の態度に驚く事はなかった。

 なぜなら、こいつがこう答えるのは予想していたからだ。ミアを攫ったり、こちらが名乗っても名乗らなかったり……こんな天邪鬼みたいな奴が簡単にうんと言うはずもない事は分かりきっている。


 しかし、こいつは自分の立場を理解してないのかね。

 そう呆れつつも、俺はカードを一枚切る事にする。



「そっか……それは残念だ。なら、ギルドにしょっぴけ。」


「え……!?」

 

「了解した。」



 一瞬、意味が理解できなかったのだろう。

 ぎょっとした表情で俺を見るオーウェンを横目に、スーザンがふざけたようにビシッと敬礼してオーウェンを縛っていたロープを強く引っ張った。



「ちょ……!!ちょっとま……」



 スーザンが無慈悲にもオーウェンを引きずっていく様子を見て、俺は笑みを深めた。

 こちらを悩ませる事で自身の解放への交渉材料に使おうとでも思っていたのかね。あいにくだが、お前にはそんな権利も選択肢もないのだよ。俺たちの要件が飲めないのなら用はない。あとは罪人らしくギルドに突き出して処分を受ければいい。



「待て……待ってくれ!おいって……!」


「なぜ待つ必要があるんだ?君は最後のチャンスを自分で棒に振ったんじゃないか。」


「いや……そういうつもりじゃなかったんだ。」


「なら、さっきの件については……?」


「それは……」

 

「しょっぴけ!」



 俺の指示にスーザンが再び敬礼し、オーウェンを引きずっていく。その様子を見たミアは心配の眼差しを彼に向けており、反対にシルビアはいつの間にか大爆笑している。

 こいつはいつの間に立ち直ったんだか……本当に図太いというか、バカエルフめ。



「わかった!!わかったからギルドだけは勘弁してくれよ~!」



 スーザンの店の入り口を出たところで、オーウェンは観念して声を上げた。

 もうちょっと粘るかと思ったんだけど、意外と簡単に諦めたからちょっと拍子抜けだ。だけど、これで三人目のメンバーを得る事ができた訳だな。



「だってさ、スーザン。離してやって。」


「なんだ……もう終わりか?つまらんな。罪人の絞首刑なんてなかなか見られないのに……」



 スーザンは残念そうに恐ろしい事をさらっと言ってのけた。その態度が冗談には思えず、聞いていたオーウェンも完全に怯えて震えている。

 でも、これくらいやっておかないとこいつには効き目がないだろうなと思うから可哀そうだとかは感じなかった。



 「じゃあ、シルビア。例のあれを頼むよ。」


 「ええ、まかせてちょうだい。」



 笑い転げていたシルビアにそうお願いすると彼女は涙目を拭いながら立ち上がり、懐から一枚の羊皮紙のようなものを取り出した。



 「オーウェン=シュタイン。あなたには今からこれに署名してもらうわ。」


 「な……なんだよ、それは……。」



 オーウェンは次に何をされるのだろうかと完全にドン引きして怯えているようだが、シルビアは自慢の眼鏡をクイッと押し上げて笑うとこう告げた。



 「何って……契約書よ、契約書。これからうちのチームで活躍してもらうんだから、ちゃんと書くものは書いてもらわないと。それとも……やっぱりギルドに行って遺言を書く方がいいかしら?」



 意外とえげつない事も言うもんだと感心する俺の目の前で、オーウェンは頭を横に振り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る