99ストライク 切り替えの速さにはついていけません。
「うぅ……なんで……なんで……僕の恋心が……」
「そ……そこまで落ち込まなくても……」
シルビアのカミングアウトにかなりショックを受けた少年は、かなりのご傷心のようで涙しながら床を叩いており、俺はそんな彼に同情してしまう。
別に人を好きになる事は悪い事ではない。だが、彼はそれを人には知られたくなかったのだろう。男というものは、自分のそういう部分を他人に知られたくはないものだから。
もちろん、仲のいい仲間になら伝える事もあるだろうし、彼らに協力を仰いで告白を目指したりと、俺だって学生時代は恋愛に勤しんだものだ。
こいつを見ていると、まるであの時の甘酸っぱい思い出が蘇るようだな。
だが、彼は今地獄にいる。
今、周りにいるのは女子ばかり。そんな中で自分の好きな人を……しかも、本人の前でバラされたのだ。ここが中学校や高校だったらと思うとゾッとする。
バラしたシルビアはさすが空気読めない系エルフと言ったところだな。この少年は俺たちと同世代くらいだろうから思春期真っ盛りのはず。そんな彼の秘密の花園にこいつは簡単に踏み込み、そして慈悲もなく踏み荒らしたのだから。
ちらりとシルビアを見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべて少年を見ている。きっとこいつは何にも考えてないんだろうなと思うと、なんだか悲しくなってため息がでた。
だが、それよりもちょっと意外だったのはミアの反応だった。
勝手な偏見だけど、獣人族ってこういう本能的な事には耐性があると思っていた。昔、拓実に教えてもらったラノベではそういう事に積極的なキャラクターが多かったから、俺の中に先入観があったのかもしれない。
でも、実際のミアは視線を逸らして顔を赤くしている。
勝手な思い込みは良くないな……ミアだって女の子なんだから、その辺はデリケートな話題だろう。
そう反省しつつ、俺は少年にもう一度話しかける。
「あのさ……バラされてショックなのはわかるんだけど、そろそろ話を整理させてもらっていいか?」
「もう……なんでもいいよ。好きにしてくれ……」
少年は絶望感に打ちひしがれ、俯いたまままるで燃え尽きたようにそう告げる。
これはかなり重症だな。立ち直れるか心配になってきた。
「はぁ……なら、簡潔にまとめるぞ?君はあの貧民街を根城にしているア……アンダ……あれ?なんだっけ……」
「アンダーテイカーだ。」
スーザンの助け舟に俺は指を鳴らす。
「そうそれ。んで、君が今回こんな事をしたのは悪いことをする為じゃなくて単純に個人的な理由……それはミアに好意を持ったから。だから攫おうとした。そういう事でいいんだよな。」
少年は俯いたまま無言を貫いているが、こういう状況で黙っているという事は肯定しているのと同義であるとかいうセリフをドラマとかでよく観た事がある。
とりあえず、彼に悪意はなかったと認めさせる事はできたので一安心ではあるが、目の前の状況にこれからどうしたものかと思案する。
絶望する本人、恥ずかしさからおかしな挙動をするミア、そして、悪意の笑みを浮かべる大人が二人……
特にシルビアのやつなんかは、どうやって尋問する楽しみながら考えている顔を浮かべている。まったくどっちが悪者なんだかこれじゃわからない。
そう思って、やはりここは俺からかと切り出した。
「とりあえず落ち込むのは後にしてくれよ。本来なら、人攫いはギルドに突き出すのがセオリーだけど、君の場合はそうもいかないんだ。依頼というかお願いというか……とにかく少し話をしたいんだけど……」
すると、その言葉に少年は興味を持ったらしい。
落ち込んでいた表情から一変、真面目な顔に切り替えて俺に問いかけてきた。
「なんだ?もしや……仕事の話か?」
「え……仕事……?あ……あぁ……まぁそうなところになるのか……な。」
「ふん!ならそう早く言え!」
相手の切り替え方が早過ぎて、ちょっとついていけない。こいつ、やっぱり変なやつなんだろうか。縛り上げられているのに、ちょこちょことポーズをつけてカッコつける様子も気持ち悪い。
「で、内容は?報酬については一応相談には乗るが、界隈じゃ有名な僕はけっこう高いぞ?最低でもこれはかかると思ってくれ。」
彼は縛られた両手を俺に向け、片手の指を3本立てた。
話の流れから請負料の話をしているようだけど、それがいくらかなのかはわからない。だって、裏の仕事とか頼んだ事ないしな。
だが、彼はこちらの事などお構いなしに話を続ける。
「仕事は盗みがメインだな。殺しはやらないから先に言っておく。今までの僕の実績を知りたいならこれを読んでくれ。過去の仕事の内容を細かに記載しているものだ。」
突然手渡されたので、無意識に冊子を受け取ってしまった。仕方なしに表紙に目を落とすと、『アンダーテイカー黙示録大全』とたいそう仰々しいタイトルが大きく書かれていて、その真ん中にはよくわからない紋様が描かれていた。
自己主張の強いやつだと内心で呆れつつ、その冊子は開かずに問いかけてみる。
「実績はあとでゆっくり確認しておくよ。それよりも話を……」
「なに!?俺の実績に興味がないというのか!?これから仕事を依頼するんだろ?なら、読んでおくべきだし、それが相手への敬意というものだろうに!?」
あからさまに軽蔑した視線を向けられてイラッとする。こいつは今の自分の立場を勘違いしているらしい。やはり一発わからせておくか……いや、しかしそうするとまた初めに逆戻りしそうで面倒くさいし。
そう思って配慮していたのに、こいつは俺の気持ちを汲もうともせず完全に調子に乗り始めた。自分の実績をペラペラペラペラと途切れる事なく話す様子に、スーザンたちも呆れ顔だ。
やっぱりこいつムカつくな。
「……で、そこで僕が…………その時に奴を……」
「おい……」
「なんだよ。今いいところなんだ。で、それをこうして……」
「だから、おいって……」
「あぁーーー!うるさいな!今、良いところなんだから邪魔するな!」
「お前がうるさい!!!!」
結局、鈍い音が家の中で響き渡った。
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