98ストライク その理由


「それがこいつが縛られている理由なんだな?」



 スーザンはどう反応していいのかわからないと言ったように小さく息を吐いた。

 彼女の前には縄で縛られたままの少年が倒れていて、その服は土埃でボロボロ。それに誰に殴られたのか、その頭には大きなタンコブがある。



「まぁ、そんなとこ。そして、驚く事にこいつがシルビアが選んだチームメイトなんだと。俺もまじでびっくりしたよ。」



 両手を上げて肩をすくめる俺に対して、スーザンはもう一度ため息をつく。



「それもよりも、どうせこのタンコブはお前の仕業だろう?ソフィア。」


「え!?な……!はぁ……なんでみんなわかるんだ?」


「こんなの、誰が見たってお前がしたってわかるさ。少しは加減してやれよ。相手が可哀想だ。」


「だってさ、こいつ俺の事ブスブス言うからさ……」


「ほう、お前をブスと言ったか。なかなか面白いやつじゃないか。」



 笑うスーザンの態度にどこか納得がいかなかったが、後ろで同じように笑うシルビアと苦笑するミアを見て、俺は肩を落とした。



「ちぇ……まぁその話はもういいよ。で、こいつはどうするんだ?」


「どうするって……もちろん仲間に加えるに決まってるわ。」


「でも、ミアを攫おうとしたやつだぜ?またしないとも限らないじゃん。」



 俺の指摘にシルビアも確かにと頷く。だが、スーザンは違った。



「大丈夫だろ。たぶん逃げようなんて思わんだろ。」


「え……?何で?」


「起こしてみたらわかるさ。とりあえず話を聞くんだろ?シルビア。」



 スーザンがそう指示をすると、シルビアははいはいと少し面倒くさそうに倒れた少年へスキルを向けると、緑色の風が少年を包め込み撫でていった。



「……ん……こ……ここは……」


「よう!目が覚めたか?人攫い。」



 意識を取り戻し、縛られたまま上半身を起こした彼に向かって笑顔で手を上げる。すると、彼の顔がみるみる青ざめていくのがわかった。



「バ……バケモノ女!!うわぁぁぁ!!」


「バ……バケモノ?!」



 俺を認識するや否や、少年は目玉が飛び出すくらいの勢いで座ったまま後退りする。その様子にスーザンやシルビアは笑いを堪えているようだが、バケモノ呼ばわりされるなんて思ってなかったから少しイラッとしてしまう。



「誰がバケモノだ。この人攫い。」


「う……うるさい、バケモノ!お前みたいな奴、バケモノじゃないなら何なんだ!」


「……お前、また殴られたいんだな?そうだな?よぉし、わかった。」



 そんな態度に腹が立ったので、拳を鳴らして笑みを浮かべると、少年は青い顔をさらに青くした。しかし、そこで彼に助けが入る。



「ソフィア、やめておけ。」


「そうよ。また気絶させないでよね。」



 スーザンとシルビアがため息をつきながら俺を諭すが、こちらとしてはブスに加えてバケモノ扱いされてるんだから納得できる訳がない。この体は俺のものでもあるが、ソフィアのものでもある。ソフィアがバカにされて黙っていられるほど俺の気は長くない。



「いいや!殴る!ミアを攫った理由も言わないし、また俺の事をバカにしたんだ。殴らなきゃ気が済まん!」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 俺の怒りを改めて感じて、少年は怯えるように蹲ると「ごめんなさい。」と小さく連呼し始めた。

 だが、そんな事で俺は許すはずもなく、腕をまくって歩み寄ったところでスーザンに止められた。



「落ち着けよ、ソフィア。これを見てわかるだろ?こいつにはお前の怖さがとことん刻み込まれてるよ。口では強がってても、おそらくバカな事はしない……いや、できないさ。」


「そうだにゃ……それになんで私を攫おうとしたのか、その理由も早く聞きたいにゃ。」



 何か腑に落ちないけど、ミアにそう言われるとこの怒りを押し通す事への疑問が浮かび、俺は抜いた剣を鞘に収めるようにしぶしぶと椅子に座り込んだ。



「わかったよ。でもその代わり、ちゃんと理由を話してもらうからな。」


「……だそうだ、少年。そこでグダグダしているとまた怒りの鉄拳が飛ぶらしいぞ。」


「わ……わかった!話す……話すから勘弁してよ!」



 スーザンの言葉に対し、俺をちらりと見て少年は観念した。



「よし!で、何でミアを攫った!?」



 まるで警察の取り調べのように俺が手のひらで机を叩くと、少年が反射的に飛び上がる。その様子に、今度はシルビアが呆れている。



「ソフィアっていじめっ子の素質あるわよね。」


「……だな。また怯えさせたら話せる事も話せんだろうに。」



 スーザンもこれには苦笑しつつ、俺の代わりに問いかけた。



「少年、ソフィアには何もさせないから安心しろ。改めて聞くが、なぜミアを攫ったんだ?とりあえず理由を教えてくれ。じゃないと話が進まないんだ。」


「あ……えっと……それは……」



 俺とは違ってスーザンのは優しくゆっくりとした問いかけだったが、相変わらず少年の口は重い。どこか恥ずかしそうにモジモジとしている様子が女々しくて、いら立ちが抑えきれなくなる。



「だぁー!焦ったいな!男だろ?!はっきりしろって!」


「ソ……ソフィア、落ち着いてにゃ。」


「でもさぁ……!」



 プンスカと腕を組む俺を諭し、今度はミアが少年へと問いかける。



「君……なんで私の事を攫おうとしたのかにゃ。別に君と私に接点はなかったはずだけど……」


「そ……それは……」


「深くは聞かないにゃ。理由だけ教えてほしいにゃ。」



 しゃがみ込んで頼むミアに、少年はいっそう顔を赤くした。それを見ていたシルビアが何かにピンときたのか、突然ニマニマとした笑みを浮かべ始める。



「シルビア?どうしたんだ、急にニヤニヤと……」


「え?あぁ……私、理由わかっちゃったのよ。」


「「「え?」」」



 その発言には皆が驚いた。もちろん少年自身も。



「わかったなら早く教えろよ!」


「もちろんよ。それはね……」



 相変わらずニマニマした笑みが腹立たしいが、理由を聞くのが先である。シルビアの間の置き方が独特すぎて、皆生唾を飲み込んで待っていると、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。



「彼、ミアちゃんの事が好きなのよ。」


「なぁぁぁぁぁぁ!!」

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