95ストライク 魔人族と鬼ごっこ


「う…………ん……」



 強い揺れを感じて目が覚める。

 薄らとした視界には廃墟の街並みが映し出されており、その高さからまるで自分が空を飛ぶ鳥になったかのように感じられた。



(あれ……ここは夢の中かにゃ……?空……飛んでる?)



 だが、突然の襲ってきた浮遊感に尻尾の先まで震えが走った。霞んでいた意識が一気に覚醒し、地面までの距離が本当に高い事を知ってギョッとする。



「ひっ……!たか……高いにゃぁ!!」


「あ……起きた?」



 驚く横で見知らぬ声が聞こえてきて混乱してしまう。さっきまでソフィアたちと歩いていたはずだが、この状況はいったい……

 だが、よくよく思い返せば、先ほど自分はソフィア達といる時に突然誰かに襲われ、連れ去られたのだと理解できた。現に今、自分は見知らぬ誰かの脇に抱えられる形で空を飛んでいるのだから。



「着地するからちょっと待ってね。」



 見知らぬ少年はそう告げると、軽やかな足取りで崩れかけの建物の屋根に着地した。



「突然ごめんね〜。」



 くしゃりと笑顔を浮かべてこちらに笑いかけるその表情は無垢な少年そのものだが、黒髪から見え隠れする片目の瞳の色を見て驚いてしまう。



「紫の瞳……ま……魔人族……?!」


「あれれ……?よく知ってるね。今時、魔人族の容姿を知ってる人なんてそういないはずだけど……」



 こちらだって、別に初めから知っていた訳ではない。昨日、スーザンとシルビアからその特徴を聞いていたからわかっただけ。

 だが、そんな事を知らない少年は、自分の種族を言い当てられた事が少し驚きだったらしい。感心した視線をこちらに向け、興味深げに顔を覗き込んでくる。



「う〜ん、やっぱ僕が見込んだ娘だ。君を攫ってよかったぁ〜。」


「な……なんでこんな事するにゃ!私を攫ってなんの意味があるのにゃ!」



 くつくつと笑う少年に対し、苛立ちからそう問いかけるが彼は大して気にした様子もない。



「なんで……?そりゃ、僕が君を気に入ったからだよ。一目見て君だと思った。僕は狙った獲物は全部手に入れる主義なんだ。」


「き……気に入ったって……一体なんのことにゃ!」



 少年が言っている意味がわからない。自分を気に入ったから攫ったと言うのはまるで悪人のセリフでは……いや、彼はここを根城にする悪人なんだろう。

 と言う事は、攫われた自分はこれから奴隷として売り捌かれてしまうのだろうか。

 そう想像してゾッとした。



「わ……私なんか使い物にならないにゃ!村でもみんなから落ちこぼれって言われてきたし……だから、私なんかやめといた方がいいにゃ!!」



 こんな事を言っても、悪い奴が納得するはずがないとわかっているが、それでも何か言わなければ……抵抗しなければ。

 そう必死になって叫ぶが、案の定、彼には通じていないようだ。こちらを落ち着かせるようなジェスチャーが逆にふざけている様に見える。



「まぁまぁ……そんなに叫ばなくても聞こえるよ。それに君が使えるかどうかなんて僕には関係ないからさ。」


「ど……どういう意味にゃ。」



ーーー使えるかどうかは関係ない。


 笑いながら少年が告げたその言葉が、より悪い未来を想像させた。



(使えなくてもいいって事は……まさか切り刻まれて臓器とかを売られる……!?確か昔、獣人族の体は高値で取引されるから気をつけろって父ちゃんに教わった気が……)



 そこまで想像した瞬間、本能が逃げろと叫んでいた。

 このままでは確実に殺される……ならば、逃げるチャンスは今しかない。なんで少年が自分を簡単に自由にしたかはわからないが、ここは逃げるべきだ。

 そう反射的に体を動かそうとしたが、なぜか体が動かせなかった。上半身はぴくりともせず、足は屋根に張り付いているような感覚に焦りが募る。



「う……動けないにゃ……!」


「そりゃそうでしょ。せっかく攫ってきたのに簡単に逃がさないよ。」



 これは明らかに彼のスキルだと推測できた。

 不敵な笑みを浮かべて笑う少年に今度は怒りが込み上げてくる。



「こんな事して……!ソフィアが絶対に黙っていないにゃ!お前なんかすぐにやっつけてくれるにゃ!」


「ソフィア……?あぁ、あの金髪の女の子の事?」



 少年は余裕の態度は崩さないが、ソフィアの名前には反応を見せた。



「確かに……あの娘は強そうだったね。でも、僕には追いつけないし、倒せないよ。なんたって僕はここいらじゃ一番強いんだから。それにあの娘、女の子じゃん!」



 明らかにバカにした笑い……

 それを見て悔しさが込み上げてきた。自分の不甲斐なさにもそうだが、ソフィアの事を女だからと言ってバカにするこいつが許せない。

 そう歯を食いしばったその時だった。

 遠くから無数の赤い閃光が放たれたかと思えば、風を切る音と共にそれらが少年に向かって襲いかかった。



「なっ……!」



 自分に向けて放たれた無数の炎の矢に少年は驚いてはいたが、そこはさすがと言ったところか。少年はとっさに後方へと飛んでそれらを避け、矢が放たれた方向に目を向けて目を見開いた。



「まさか!!この短時間で僕に追いついたというのか!?」


「へへへ……だから言ったにゃ。」



 その言葉に少年はこちらに一瞬だけ視線を向けたが、すぐに視線を戻して笑みを浮かべる。



「ククク……僕と鬼ごっこしようって事かい?いいよ!受けて立つ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る