94ストライク 二つ目の出逢いは突然に
「えーっと……確かこの辺に……」
「まじでこんなところにいるのか?そいつは……」
メガネを指で押し上げて、ボロボロのメモ紙を見ているシルビアに、俺は怪訝な表情で問いかけた。
今俺たちがいるのは、アネモスの街の片隅にひっそりと存在する貧民街の一画だ。だが、貧民街と言っても、名前のとおり貧しい者たちが住んでいるわけではなく、どちらかというと悪事を働く者が根城にしている廃墟なのだそうだ。
どうしてこんな場所が"四季の街"とまで呼ばれる美しいアネモスの街に存在するのかと疑問も浮かんだが、スーザンからは「どんな街にも闇はある」と濁されてしまった。まぁ、特に知る必要はないからいいんだけど。
とにかく、俺たちは今、シルビアが目星をつけている人物をチームメイトに迎える為にここにやって来た訳だ。
「確かこのあたりのはず……なんだけど……あれ〜?」
「もしかしてシルビアさん、迷ったのかにゃ……?」
ミアが不安げな表情でそう問いかける。
確かにミアが不安になるのも仕方ない。ここはアネモスの綺麗な街並みとはまったく真逆……建物は崩れかけ、草木一本生えておらず、そんな街の雰囲気から晴れているにもかかわらず辺りを薄暗く感じさせている。
俺だってこんな場所に来るのは初めてだから、少し居心地が悪いし、さっさと目当ての人物に会って話をまとめて帰りたいところなんだが……
「そ……そんな事はないわよ!ちょっと待ってなさい!え〜と……やっぱりこっちかしら……?いやでも……う〜ん……」
何がそんな事はない、だ。バカエルフめ、完全に迷っているじゃないか……本当にこういうところはお約束なんだから。
そう呆れていると、ふと何者かの気配を感じ取った。そいつはどこにいるかはわからないが、確実にこっちの様子を窺っているようようだ。
(俺に場所を特定させないとは……なかなかのやり手って事だな。)
ジルベルトに狩りを教えられてからというもの、かなりの数の魔物を相手にしてきたから自分の強さに自負はある。だからこそわかるけど、こいつは今まで戦ってきた魔物のレベルを凌駕するほどの力量を備えた相手。姿を隠してこちらの様子を窺っているのは、出方を考えているのだろうか。
なんにせよ、こちらに向けられているのは殺気の類だから、俺らをよく思っていない事は理解した。
「シルビア、ミア、落ち着いて聞いてね。今、俺たちは誰かに見られてる。」
相手に悟られないように自然な態度のまま、俺は二人に対して小声でそう伝える。
シルビアもミアも少し驚いた表情を浮かべつつ、俺の言いたい事を理解してこくりと頷いた。
「相手はこっちの出方を窺ってるみたいだ。しかも、そいつからは少なからず殺意を感じる。場所が場所だけに二人とも用心を怠らな……」
そう伝えかけた瞬間、突然俺たちの間で黒い煙が巻き起こった。
「なっ……!?」
「なんだにゃ……!?」
「きゃっ!!」
一気に広がった黒煙が辺り一面を包み込んでいき、みんなの姿が見えなくなる。
(しまった……先手を打たれた!このタイミングでくるとは……)
すぐさま神眼を発動し、周りの魔力の流れを確認する。神眼なら魔力を色で判別するから、体内に蓄積された魔力を読み取る事で視界が悪くても誰がどこにいるのか位置を把握できる。
「みんな……!!大丈夫か?!離れるなよ!!」
「だ……大丈夫よ!」
「シルビア!よかった!ミアは……ミアはどこに!?」
よく見ればミアの姿が見当たらない。シルビアの緑の魔力は映っているが、ミアの魔力が見えない。
「ミア!どこだミア!!」
「ま……待ってソフィア!エル・ウィンド!!」
シルビアが風属性のスキルを発動してくれたおかげで、黒い煙が吹き飛ばされ視界が一気に晴れる。だが、そこにミアの姿はない。
「ミ……ミア!?まさか……この一瞬でミアを攫いやがったのか!?」
俺に感づかせる事なく、ミアを攫っていった相手の技量に驚きを隠せない。しかも、あんなたった一瞬の間に……だ。
まだまだ俺よりも強い奴がいる。それに知らないスキルも……それを感じてワクワクが止まらなくなる。ミアが攫われたのに不謹慎かもしれないけど、素直な気持ちは止められない。
そう打ち震える俺にシルビアが声をかけた。
「ソフィア……あそこ!」
とっさにその指の先に目を向ける。
そこには崩れかけの背の高い建物があり、その屋根の上にある人物の姿が見えた。その見た目は黒髪で片目を隠した少年で、横にミアを抱えたまま口元に笑みを浮かべるとこちらを一瞥し去っていく。
「ミアちゃんが……ソフィア!」
「わかってるよ!攫った理由はわからんが……このまま引き下がるつもりはない。」
そう告げた俺も同様に口元に笑みを浮かべる。
これまでジルベルトにどれだけ厳しく仕込まれたと思ってるんだ。あの魔の森で数年間に渡って叩き込まれた狩りの技術は伊達じゃないぞ。
「くくく……俺から逃げられると思うなよな。」
俺は昂る気持ちをなんとか抑えつつ、そう浮かべた笑みを深めたのだった。
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