93ストライク だって……そりゃあ……
「私の中に……黒いモヤみたいなものが……あるにゃ?」
ミアはいつにも増して驚いた顔を俺に向けたが、それ以上は言葉にならないようだ。目を見開いたままの彼女は、まるで時が止まった彫刻のように見える。
どう言葉をかけようかと悩んでいると、今度はその話を聞いていたスーザンが眉を顰めた。
「黒いモヤが……?しかも、他の属性を侵食しただと?」
彼女もまた、今まで見せた事もない表情を浮かべてそう呟いた。驚愕とはまさにこの事だと、誰もが思うほどの表情を浮かべて。
ーーースーザンは何か知っている……
その思いが俺を不安に駆り立てたが、見た事は全て伝えなければならないと心を落ち着かせて話を続ける。
「おそらくだけど、ミアの魔力障害の原因はそのモヤで間違いないと思うんだ。練った魔力を全て食い尽くした後、忽然と消えてしまったけど……」
「消えた……か。他に気づいた事はあるか?」
「いや、それ以外には特にないよ。」
俺が首を横に振ると、スーザンは「そうか……」と呟いて考え込むようにあごに手を置いた。その顔は確信と疑念が入り混じっている。
俺は落ち込むミアを横目にスーザンへと問いかけた。
「スーザン……あれがなんだかわかるの?」
そう聞かれたスーザンは、頭を抱えたまま大きなため息を一つつく。
「あぁ……それは魔属性の魔力だな。」
「魔属性……」
それは過去に一度だけ聞いた事がある属性の名だった。
現在、この世界で一般的に確認されている属性は火、水、土、風、雷、氷、闇、光、聖、魔の10種類であり、その中でも聖属性と魔属性は限られた種族にしか発現しないと言われているらしい。
そして、この世界で魔属性を色濃く発現する種族は魔人族……古より魔王を輩出する種族として他の種族から恐れ嫌われてきた種族である。
現在はの彼らは魔王を生み出すほどの力もなく、この世界の片隅に追いやられてひっそりと暮らしていると聞くが、なぜそんな彼らが持つ属性をミアが持っているのだろうか。
(もしかして、ミアは俺と同じ偏属者とか?でも、ミアの場合は3種類の属性を持ってるから偏ってるわけじゃないし……なら、考えられるのは、イクシード家の炎属性のような血継属性みたいなものかな。でも、これは遺伝的な要素が強いみたいだし、そうなるとミアの家系には魔族がいた事になるのかな……?)
今持てる知識をフル回転させて考えてみたが、答えが見つかるはずもない。直接ミアに聞く事も考えたが、今の彼女の状態を考えるとストレートに聞くべきかも悩むところだし。
それに、魔力が魔力を侵食するなんて事があり得るのだろうかという疑問も浮かぶ。本来、魔力とは掛け合わせて使うもので、それらに応じたスキルが発動するものだ。だが、俺が神眼で見たのはミアの体の中で明らかに他の属性を喰い尽くす黒い魔力だった。
「でもさ……魔属性って他の魔力を食べちゃうのか?」
ぽつりと呟く俺に対して、スーザンは首を振る。
「普通はそんな事あり得ないさ。魔力とは単なる体内エネルギーであって、片方がもう片方を飲み込むなんて事は本来は起きない。」
「でも、現にミアの体内ではそれが起きてるじゃんか。」
「そうだな……それが一番の問題なのだ。」
そう告げて、スーザンは俺とミアを見る。
いつになく真面目な視線……この視線は前にも見たことがある。俺に偏属だと告げた時の眼……あの時もスーザンは真面目な顔をしていたっけ。
「私も帝国の文献で読んだ事しかないが、実は獣人族は魔人族から早い段階で分かれた種族らしい。その系譜ははっきりしていないがな。」
「ま……魔人族の系譜だって!?」
自分の推測が、ある意味当たっていた事に驚きを隠せない。まさかミアたち獣人族と魔人族の間に、本当につながりがあったなんて。
「だが、それも数千年もの前の話だ。今では種族間にほとんど関係性はないだろう。だが、遺伝的な部分でつながりがあるのではと言われている。これまでもごく稀にだが、魔属性を発現させた獣人族はいたらしいからな。そして、彼らもまた発現した魔属性に悩まされたと聞く。」
「という事は、ミアはそんなごく稀な獣人族のうちの一人って事か。でも、前例があるなら解決した事例もあるんじゃないの?」
「残念ながら……ないんだよ。魔属性はあまり知られてない属性でもあるから、情報がほとんどないんだ。」
スーザンは残念だと言うように小さくため息をついた。その様子に俺も肩を落としてミアを見ると、彼女も悲しげな表情を浮かべていたが、すぐに笑顔を浮かべて俺にこう告げる。
「だ……大丈夫だにゃ!こういう事には慣れてるし……ソフィアが私のためにいろいろと考えてくれた事だけで嬉しいんだにゃ!」
「ミア……」
彼女の笑顔には諦めが浮かんでいる。きっとこれまでもいろんな事に悩まされて努力し、そして諦めてきたのだろう。
彼女の問題を解決しようとしたのは余計なお世話だったのかもしれない。俺がでしゃばった事でミアに新たな悲しみを与えてしまった……そう落ち込みそうになったその時だった。
「う〜ん、魔属性か……。なら、やっぱりあいつをチームに引き入れるしかなさそうね!」
うちのKYエルフ……じゃなかった。ムードメーカーであるシルビアが淀んだ空気を吹き飛ばす勢いでそう告げたのだ。
「あいつって……いったい誰の事だよ。何か解決策があるのか!?」
「私だってね、あんたが選手登録できるようになるまでの間に遊んでいたわけじゃないのよ。チームメイトの目星くらいちゃんとつけておいたの!そして、そいつに会えばミアちゃんの問題を解決できるかもしれないわ!」
「ま……まさか!!あのシルビアが……?本当に……!?頼りにならないとか思ってごめん!」
「あんた……ぶっ飛ばすわよ……」
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