91ストライク 魔力障害
アネモスの街はずれにあるグラウンド。
そこでは家族連れや子供たちが遊んでいる姿が窺え、その様子はまさに帝国の平和な日常を表しているようだ。
そもそも、このグラウンドは初代皇帝がベスボルというスポーツを考案した当時、国民へのベスボルの普及率を高める事を目的に各都市に設置されたものらしく、今も変わらず無料で開放されている事もあって、こうやって利用する者も少なくない。
かくいう俺たちも、ミアが抱えている問題を解消する為に、ここを訪れた訳だし。
スーザンとシルビアが準備を行う中、広いグラウンドを見渡してみると見覚えのある一本の樹木に目が止まった。幹の太さやその背丈が一際目立つその木を見て、何かと感慨深いものが込み上げてくる。
(ここに来るのもラルとの勝負以来か……)
そんな事を考えていると、青青と茂る葉が風に揺れ、葉擦れの音が響き渡った。
ふと、後ろへ振り返れば相変わらずミアが俯いている。可愛らしい耳は下を向き、長い尻尾も自身なさげにゆらゆらと揺れているその様子に幼少期の自分を重ねてしまい、何ともいたたまれない気持ちになった。
思い返してみれば、これまで自分は運が良かったのだと思う。アストラの奴に何も聞かされずこの世界に転生したけれど、もしそれがソフィアとしてではなかったら……スーザンやシルビアなど、知識の深い仲間に恵まれていなかったら、俺は今ここにいないかもしれない。
この世界に来て10年近く経ったが、俺はなんとか生きていて、家族や友人たちに恵まれている。そして何より、転生前に心に決めた夢を追う事ができている。
まずはその事に感謝し、ソフィアの為、自分の為、そして、この世界でお世話になった人たちへの恩返しする為に夢を絶対に叶えなければならないと、改めてそう心に留める。
それに、この世界では夢を叶える為に歩むべき過程も以前とは変える事にした。
前の世界では、周りの全てを蹴落としてでもプロになる事を目指してきたが、結局は体を壊して俺の夢は潰えてしまった。
今だからこんな事を思うかもしれないけれど、もしかするとあの時の俺の行動は野球の神様に全部見られていて、俺のやり方が間違っていた事を見抜かれていたのかもしれない。最終的にはトライアウトに落ちたその日に死ぬくらいだから、よっぽどひどかったのだろうとすら思う。
なら、それを悔い改め、この世界で夢を目指す過程で俺がやらなければならない事は、全ての出会いに感謝して思いやりを持って生きていく事じゃないだろうか。
もちろん、言うのは簡単だが実践するのは簡単なことではないとわかっている。俺だって人間だし、心を持っている限り、人とぶつかり合う事だってあるからだ。
(まっ、そういうのも含めて最終的に"ノーサイド"を目指せばいいかな。それに、全てに感謝と言ったけど、一部例外を除いておかないとな……)
一部というのはもちろんアストラの事だ。あいつだけは、次会った時にぶっ飛ばしてやらないとマジで気が済まない。
と……話が逸れてしまったがそんな事はさておき、ここに来た本来の目的をこなさないとならない。まずはミアの自信を取り戻すのだ。
「さてミア。とりあえず、俺とベスボルしてもらおうと思うんだけど……」
「え?今から?ここでにゃ?」
「そうさ!だってここはグラウンドなんだし!」
「確かにそうだけど……なんかいきなり過ぎて……」
少し不安げなミアに対して、俺が細かい事は気にするなと言わんばかりの笑みを向けると、彼女は苦笑いを浮かべながらシルビアから手渡されたバットを受け取った。
「ま……まずは何をすればいいにゃ?」
「とりあえず、バットを構えて魔力を練ってみてよ。」
「わ……わかったにゃ。」
頷いたミアがバットを構えて目を閉じた事を確認すると、俺はすぐに神眼を発動させてミアの様子を窺う。そして、ミアの体の周りに現れた魔力のオーラを眺め分析していく。
(赤と茶色……一応、魔力操作はできてるみたいだけど……なんだかぎこちないというか、操作の速度が少し遅い?)
とりあえずゆっくりではあるが、体の一部に赤と茶色の魔力が発現している様子は確認できた。色からして、これらは火属性と土属性なのだろうけど、どちらも上半身にのみ発現しているのが気にかかる。
(魔力を練れば、まずは全身を覆うようにオーラが発現するはずだけど……下半身にまで届かないのはなんでだ?)
ジルベルトと狩りをするようになってからは、冒険者だけでなく魔物などいろんな生物の魔力操作を見てきた。だから、ミアの纏ったオーラの流れがおかしい事にはすぐに気づいた。
本来、練った魔力は外部エネルギーに変換されて、オーラとなって体に纏う様に発現するものだ。しかし、ミアの場合はそれが上半身のみなのである。
(こんな状態は俺も見た事がないな。俺と出会った時は下半身の強化はできてたはずだけど……それに、下半身にチラついてるあの黒いモヤも気にかかるな。)
さすがに自分の知識だけでは無理だと感じた矢先、頼りになるお姉さまから声がかかる。
「ソフィア、どうだ?何か気づいた事があるなら私に言えよ?」
「……うん、そうだね。とりあえず、ミアは一度楽にして。」
「う……うん。」
俺の言葉を聞いたミアは、目を開けると同時に大きくため息をついた。彼女の様子から察するに、かなり集中していたのだろう。
そんな彼女の様子を見つつ、俺はスーザンたちに今見た内容を伝えていった。二人は俺の話を聞きながら難しげな表情を浮かべており、最後まで聞き終えると少しの間をおいてこう告げた。
「それはおそらく、魔力障害の一種だな。」
「そうね。それ以外には考えられないでしょうね。」
再び知らない言葉が出てきて首を傾げてしまうが、とりあえず原因が特定できた事は素直に喜びたい。
そう感じながらその解決方法を聞いて見るが……
「実はな、魔力障害に単純な解決法はないんだ。」
スーザンの言葉に俺は驚くことしかできなかった。
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