90ストライク 獣人族


 獣人族は純粋な身体能力だけで言えば、存在する種族の中でトップクラスに位置する種族である。筋力や敏捷力など、基本となる能力が他のどの種族より高く、魔力抜きに戦えば獣人族が負ける事はほとんどないかもしれない。


 そんな彼らの基本的な魔力属性は"土"と"火"。

 土属性で守りを固め、火属性で攻撃に転じる彼らの格闘センスは種族特有のものであるが、実は獣人族にはもう一つ種族独特の能力があった。



「わたしたち獣人族は他の種族とは違って、魔力を使って直接的に身体能力を向上する事ができるんだにゃ。あくまでも瞬間的にだけど……」



 ミアの言葉を聞いて、俺は兄のアルやスーザンたちからこれまで学んできた魔力の話について思い出す。


 魔力とは一種のエネルギーの様なものであり、魔力倉という器官に蓄積された魔力を体内で変換させ外部に放出させる。

 これが、この世界での魔力とスキルの基本的な関係性であり、要するに魔力は使えば必ず体外エネルギーとして変換されてしまう為、本来は体内に留めておくとは不可能なのである。

 魔力を練ると体の周りに現れるオーラが、まさにそれを示している。


 しかしながら、ミアの話によれば獣人族はそれを可能にする特殊な能力を有していて、体の内側から全身あるいは局部を瞬間的に強化できるという事らしい。

 確かに、俺たち人族も魔力操作によって身体強化を行う事は可能だが、それはあくまでも体の外側に纏った魔力を鎧に見立てて着込むイメージだ。

 外からにしろ内からにしろ体を強化する事に変わりはなさそうに感じるけれど、単に鎧を着ただけの人間と身体能力の基本性能を引き上げて強化された人間を冷静に比べてみれば、そのスペックの違いは明らかだ。

 しかも、熟練の獣人族なら内側から体を強化した上に、外側に魔力の鎧を纏って戦う事も可能らしい。



(確かに種族にはそれぞれ特有の能力がある事は知ってたけど……他の種族の特性を全部知ってる訳じゃないが、獣人族のこれはまさにチート能力ってやつなんじゃないか?)



 昔、バッテリーを組んでいた女房役の拓実が話してくれたアニメの事を思い出す。


ーーー主人公やそれに関係するキャラクターが、他の追付いを許さないものすごい力を手に入れて無双する……


 拓実から聞いたのは、確かそんな話だった。

 そして、当時の俺はそんな設定のどこが面白いのかとも思っていた訳だが、実際に自分がそういう力を使えるようになってみて、改めてそういう者の凄さが理解できた気がする。


 俺が物思いに耽っている横で、スーザンが大きく頷いた。



「知っているぞ。本来、魔力というものは血液の流れに準じて体内を巡るものだが、獣人族の場合は体内にもう一つ魔力専用の通り道を持っているんだったな。」


「もう一つの……通り道?魔力の?」



 首を傾げる俺に対して、今度はシルビアが話を付け加える。



「それは"獣道"の事ね。」


「けものみち……?」


「そうよ。獣人族特有の器官で、魔力倉から全身に張り巡らされた魔力の通り道の事ね。『獣人族にしか持ち得ない魔力の通り道』、略して"獣道"。」



 なんとも覚えやすい名称だろうと一人で納得していると、スーザンが補足してくれた。



「正式には"獣脈"と呼ばれているな。血管のように体全体に張り巡らされている事からそう名付けられたと聞く。だが、この器官についてはまだ解明されていない事が多くてな。獣人族ですら、詳しく理解しているものはほとんどいないと聞いているぞ。」



 スーザンがそう言ってミアに視線を向けると、彼女もその通りだと頷いた。



「わたしたち獣人族はそういう事には疎いにゃ。代々受け継いできた種族としての恩恵……その程度にしか思ってないし、わざわざ解明しようなんて考えるやつ、獣人族にはいないにゃ。」



 そう言ってため息をつくミアを見て、なんとなく俺も納得してしまった。

 確かに、以前ベスボルの試合で見た獣人族は、こう言っちゃ悪いが脳筋系の選手で戦略とかあまり考えてプレーするタイプには見えなかった。

 一概には言えないが、彼らは本能の赴くままにやり合うタイプなんだろうと理解しておく。



「なるほど……獣人族の事はだいたい理解できたかな。なら次の話だけど、ミアはその身体強化の能力は使えるのか?」



 今のミアがどんな状況にあるのか。

 これが今回の本題であり、まずはそれを知り、彼女にとって何が問題なのかを解明しなくてはならないのだ。

 だが、ミアは両眉をハの字にしてこう告げる。



「わたしは……使えないにゃ。と言うか、正しくは魔力が上手く使えないんだにゃ。」



 そう肩を落とすミアを見て、事態は思っていたよりも深刻だとすぐに理解した。



「魔力が使えない……?でも、森で俺と出会った時はものすごいスピードで走ってたじゃん。もしかして、あのスピード……魔力無しで出せるのか?」



 獣人族のポテンシャルを見誤っていたかもしれない。

 そう感じて驚く俺に、ミアは首を振る。



「全く使えない訳じゃないにゃ。あの時は魔物に追われて必死だったから、おそらく無意識に使えたんだと思うのにゃ。今までもそういう事はあったから……」

 

「なるほど……じゃあ、意識的には使えないって事?」


「それも時と場合によるにゃ……でも、だいたいは使いたい時に使えない事が多いにゃ。」



 ミアはそう言って俯いた。

 自分の欠点を他人に話す事は勇気がいるものだし、落ち込むのも仕方ないかもしれないが、ここは頑張ってもらわないと。

 とりあえず、ミアが置かれている状況はある程度わかってきたから、次は実践か。


 百聞は一見に如かず……俺たちは街のはずれにあるグラウンドへ移動する事にした。

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