88ストライク ミアの過去②
夕方、家に帰る道中で聞こえてきたのは、周りからの嘲笑だった。
「ミアのやつ……またダメだったらしいよ。」
「知ってる知ってる!ツキウサギも捕まえられなかったんでしょ?」
「ゼムのやつも可哀想に……村長も酷な事をする。」
ミアが住む獣人族の村は大きくはない。そのためもあって大抵の情報はすぐに皆の耳に入ってしまうから、隠し事はほとんどできない。
今回の件も誰かが言いふらしたのだろう。すでに村の中ではミアの笑い話で持ちきりで、そんな中を歩いて帰るのは拷問に近い。
(このまま帰ってもなぁ……だけど、父ちゃんと母ちゃんも心配してるだろうしなぁ。)
耳の中から周りの笑い声をかき消そうと、大きくため息をついたが、すぐにまた聞こえてくる笑い声が相変わらず耳障りで仕方なかった。
そうして家に着くや否や、今度はミアの姿を見つけた祖父が大きな怒鳴り声を上げる。
「ミア!お前という奴はまたダメだったのか!!」
顔を真っ赤にして怒る様は、まるでゆでダコのようだが笑えない。祖父は苛立ちをまったく隠す事なく、怒鳴り散らしている。
「まったく!なぜお前はそうなんだ!何をやらせてもダメなのは、うちの家系じゃお前くらいだぞ!使えるのは足くらいなもんだが、それだけじゃなんの役にも立たん!」
「おいおい、父さん。それくらいにしとけって……」
次から次へと叱責を繰り出す曽祖父の様子に気づき、駆け寄ってきた父が宥める様にそう告げるが、彼の怒りはそれでも収まらない。
「何を言う、ライザ!お前が甘やかすからミアがこんな風に育つんだぞ!」
「落ち着けって。ミアだって怠けてるわけじゃないんだ。父さんもその事は知ってるだろう?」
「だがな……!!」
いまだに怒り思いの丈を吐き出す祖父と、それを宥める父。そんないつも見ている光景を前に、ミアは心の中で大きなため息をついた。
怒られるのは慣れている。
これまでも何か失敗する度に周りに馬鹿にされてきたし、こうやって祖父から怒られるのもその理由の一つだ。
だが、その度に父や母が優しく慰めてくれたし、小さい頃の自分にとってはそれが救いだった。幼い自分にはひどい言葉は耐え難く、家族の温かさがそれを癒す唯一の方法だったからだ。
だが、今ではその優しさが自分にとって重荷に変わっているのも事実だ。
出来の悪い娘で申し訳ないと思う気持ちは年々大きくなっていくし、自分のせいで家族まで馬鹿にされるのは耐え難いものである。
もちろん、自分だって怠けてきたわけではない。何をやっても上手くできないのは自分の努力が足りないからだと理解し、これまで必死になって努力を続けてきたし、家事の手伝い以外はすべて自分の特訓の時間に充て、寝る時間も削って、せめて人並みになれるように努力を積み重ねてきた。
それなのに……
自分は自分自身に常に裏切られ続けてきた。小さな成功を経験する事すら自分自身が許してくれず、周りから罵倒され嘲笑われる日々をずっと過ごしてきた。
「はぁ〜もういい!まったく、なんでお前がうちの子なんだか……」
言いたい事だけ言い終えると、祖父は呆れたまま自室へと戻っていった。父と二人、その場に残されて気まずさを感じていると、父が気にするなと言う様にこちらに笑顔を向ける。
「大丈夫さ。父さんたち、ミアの努力は知ってるからな。じいちゃんはああは言うけど、ミアが心配なんだよ。」
その言葉にミアは無言で頷き、父は笑顔を浮かべて「ご飯にしよう。」と言って家の中へと戻っていった。
その背を見送ったミアは小さくため息をつくと、そのまま近くにある大樹へと向かう。子供の頃から何かあるとこの樹に登って雄大な景色を眺めてきた。こちらの語りに返す事はないが、ずっと話を聞いてもらってきた友達の様な樹。
樹元について樹肌に手を当てると、その存在感を感じる事ができる。分厚い外皮に手と足をかけ、途中途中で滑り落ちそうになりながら、ある高さまで登ったミアはいつもの太い幹の上に座り込んだ。
夕暮れが村を照らしている。
視界に映る樹々は赤く染まり、村には少しずつ明かりが灯り始めている様子が窺えた。
ーーーこのまま、ここに居てどうなるのだろうか……
そんな想いが頭をよぎる。
村の者からバカにされ嘲笑われ、何もできない自分が嫌になり自暴自棄になりかけた時もあった。
だが、それでもこれまでやってこれたのは家族の優しさと、"ベスボル選手になる"という夢があったからだ。周りから見れば、落ちこぼれが何を言うかと確実にバカにされるだろうけど、幼き日に見た獣人族の選手のプレーに魅せられてそう密かに誓ったのだ。
(そろそろ決断しなきゃならないのかにゃ……)
最近では、なぜか体の動かし方がよわからなくなる事すらあり、新たな悩みの追加に頭を悩ませてはいるが、その事を家族に相談する事などできる訳もなく……むしろ、そんな事を切り出せば、もっと心配をかけてしまうだろう。
それならば、いっその事自分からここを出てもいいかもしれない。
ーーー家族には悪いが、自分にはそろそろ自立すべき時が来たのかもしれないな。
そんな事をふと考えた瞬間、風が樹を撫でる様に吹いて葉擦れの音が辺りに響いていく。まるで、今の自分の考えを後押ししてくれているかの様に。
鳴り響く葉擦れの音の中で、幹の上にミア立ち上がった。その眼は決意に満ちていた。
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