87ストライク ミアの過去①
「おい、ミア……今日はヘマするなよな。」
「わ……わかってるにゃ……」
横から睨みつけるようにそう告げる獣人族の少年に対して、ミアは苦虫を噛み潰したように頷いた。
今、二人は森の茂みの中に身を潜めていて、二人の視線の先にはひょこひょこと歩くツノウサギの姿がある。
「次にあいつが動きを止めた瞬間だぞ。」
こちらに視線すら向ける事なく、そう指示を出す少年の言葉にミアは無言で頷くと、ツノウサギの動向を必死に注視した。
自分が狙われているなどとはつゆ知らず、ツノウサギはクンクンと地面を嗅ぎ回りながら動き回っているが、ふと何か気配を探るように耳を伸ばして姿勢を高くしてその場に伸び上がる。
その瞬間だった。
「今だ!」
「あ……っ!」
少年は言葉と同時に素早く茂みから飛び出すと、背を向けて立つツノウサギに向かって一気に駆けていく。
それに一瞬遅れる形で駆け出したミアは、少年と事前に打ち合わせした通り、ツノウサギが逃げるであろう方向に回り込んでいく。
気配に気づいたツノウサギは後ろから迫る少年を一瞥すると、自慢の脚力を活かしてすぐさま少年から見て左へと駆け出した。
「ミア!想定どおりだ!確実に捕まえろよ!」
ツノウサギの動きを確認した少年は、その跡を追いながら大きな声で叫ぶ。ツノウサギが逃げると想定していた方へと回り込んでいたミアは、その声を聞いて獲物が確実にこちらに向かってくる姿を視認した。
ツノウサギの意識は今、追いかけてくる少年の声に向いているが、ミアが目の前にいる事にはすぐに気がつくだろう。しかし、気づいたところですでに逃げ切れるタイミングではない。
ミアは素早くツノウサギの前に立ちはだかった。
ツノウサギと一瞬視線が合う。
獣の表情は読み取りにくいものだが、今の彼は確実にミアの姿に驚いている。どんな生き物でも、驚けば一瞬体が強張るものだ。すると、次の動作への初動が一歩遅れる。そこを確実に捉えられれば……
焦った様子で急ブレーキをかけ、必死に逃亡先を変えようとするツノウサギだが、すでにそこはミアの間合い。確実に捕獲すべく、ツノウサギ目掛けて体を大きく広げて飛びかかろうとする。
だが……
「捕まえぇぇぇ……あっぎにゃ!!!!」
飛びつこうとしたのに飛ぶことすらできず、ミアは顔面から地面へと倒れ込んだ。
「な……っ!?ミア!何やってんだ!!」
地面にダイブしたミアに呆れつつも、少年は獲物は逃すまいとツノウサギとの距離をすぐに詰めたが、時すでに遅しとはまさにこの事だ。
この隙を野生の獣が見逃すはずもなく、ツノウサギはバカにするようにうつ伏せに倒れるミアの頭をトンと蹴りつけながら、素早い動きで茂みの奥へと消えていった。
「痛たたたた……」
顔をさすりながら起き上がり、足元に視線を向ける。涙で滲む視界の中には、盛り上がった太い木の根に引っかかったままの自身の足が映っている。
ーーーまたやってしまった……
そんな思いが頭をよぎるが、それと同時に少年からの叱責が自分に向けて飛んだ。
「お前、何やってんだよ!あと一歩だったのに獲物に逃げられちゃったじゃないか!!」
「ご……ごめんにゃ……」
反省し涙を浮かべたまま俯くミアだが、少年がそれで良しとするはずもない。
「だから嫌だったんだよ!お前みたいな落ちこぼれと組むのは!村長の命令で仕方なく組んでやったけど、こんな初歩の狩りすらできないとかあり得ないって!」
怒りと呆れが混じった表情を浮かべて容赦ない言葉を並べていく少年だが、彼が怒るのも無理はない。
ツノウサギは獣人族問わず、誰にでも簡単に捕まえられる超初級の魔物であり、獣人族にとっては赤子の手をひねるようなもの……彼ら種族の子供達でさえ、数人でうまく連携すれば簡単に捕まえてしまうのだから。
それを知っているからこそ、ミアには怒る彼の気持ちが理解できたし、初めに心に浮かんだのは謝罪の気持ち。落ちこぼれの自分と無理やり組まされた彼に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
「あ〜くそ!もう時間ないからとりあえず帰るぞ。」
ミアはその言葉に無言で頷いた。
・
・
村へ帰り着いた二人は皆が待つ広場に向かうが、数歩前を歩く少年がミアに話しかける事は一度もなかった。
広場に着くと、二人の帰りを待ち侘びていた他の少年少女らがこちらに気づき、ちらちらと視線を寄せてくる。ミアはその視線が嫌で嫌で仕方なかったが、チームを組んでいた少年が一人立つ成人した獣人族のところへと向かうので、重い足取りでそれを追う。
「ゼム、ミア、遅かったな……で、どうだったんだ?」
「それがさぁ〜聞いてよ、シルバ……」
シルバと呼ばれた男が興味深げに少年へと問いかけると、少年は大きなため息をついて一部始終を説明し始めた。
怒りを露わにして抗議するゼムの言葉を、うんうんと頷きながら聞くシルバ。そんな二人を見て、ミアは早くこの場から離れたいという思いでいっぱいになるが、逃げ出す訳にはいかずに俯き続けた。
そうしているうちにゼムが説明を終えて仲間たちのところへ戻り、シルバと呼ばれた青年が残されたミアへ視線を向ける。
「また失敗したのか……ミア。お前はなんでそんな簡単な事もできないんだ。せっかく指定の獲物を一番難易度の低いツキウサギに変えてやったというのに……」
ミアはその言葉に拳を握り締めたが、シルバはそんな彼女を気にかける事なく話し続ける。
「それにだ。同世代で一番成績優秀なゼムと組ませたんだぞ?あの子にだって狩りたい魔物があるのに、村長命令とはいえ、お前に付き合わせたんだ。彼に悪いとは思わないのか?」
シルバのため息と後ろから聞こえる薄笑いが心を折ろうと襲いかかるが、ミアは必死にそれに耐えていた。
それくらいしか、今の彼女にはできなかったから。
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