86ストライク 説得と決心
「またシルビアのやつが先走ったんだな?」
椅子に腰掛けたままスーザンはそう言って肩をすくめ、テーブルを挟んでミアと一緒に座っていた俺も、ため息をついてそれに同意する。
「ほんとほんと!突然、ミアの事をジロジロ見出したと思ったら、いきなり『採用よ!』とか言って格好つけるんだもんな。」
「べ……別に格好つけた訳じゃないわよ!ソフィアはやめなさいよ、そのモノマネ!」
メガネをクイっと上げる動作でシルビアの真似をする俺に、彼女は恥ずかしそうに指差して抗議するが、俺はイタズラな笑みを浮かべていると、改めてスーザンが確認する。
「しかし、この獣人族の娘を採用するのは間違いないんだろう?」
「……ったく……えぇ、それは嘘じゃないわ。」
俺の態度に呆れつつ、シルビアはその問いかけにそう答えるが、スーザンあまり納得していないようだった。
だが、相変わらず厳しい目つきで「その根拠は……?」と尋ねてくる彼女に対して、シルビアは自慢げに説明し出す。
「根拠も何も……あなただって獣人族の身体能力については知らない訳じゃないでしょう?そんな彼女がせっかくソフィアと友達になってくれたんだから、ここで勧誘しないでどうするの!ソフィアの類稀なる力に加えて獣人族の力が合わされば、地区リーグやアマチュアリーグくらいは簡単に勝ち上がれるわよ!」
拳を握り、目を輝かせたシルビアはテーブルに足を上げて妄想を膨らませているが、スーザンはシルビアの単純な思考回路に呆れてため息をついている。
確かに獣人族の身体能力はすごい。
それはベスボルの試合で観ていたから知っているが、まだミア自身の力は脚力以外に見た事はない。とは言え、ブラッディウルフから逃げているミアの脚はかなりのものだった。
狼型の魔物であるブラッディウルフは100mを5秒程度で走るほど脚力に定評がある魔物だ。俺でもその脚を止めないと仕留めるのに苦慮するほどに。
そして、そんな奴らからミアはかなりの時間を逃げ回っていたようだから、ブラッディウルフと同等……いや、それ以上の脚力を持っていると推測できる。
「まぁな。確かにその考えもわかるんだが……」
スーザンがシルビアに反論しようと話し始めたところで、俺は横で青ざめて震えているミアの様子に気がついた。
スーザンたちの話を聞いてなのか、どこか落ち着きがなく気まずそうな様子だが、それ以上に顔色が悪い。青ざめたままモジモジと体をよじっているミアが心配になり、小さく声をかける。
「ミア……どうしたの?大丈夫……?」
「い……いや……あの……」
俯いたまま、言葉に詰まるミア。
俺はそんな彼女を落ち着かせる為、背中をさすりながら改めて優しく声をかける。
「落ち着いて……話したい事があるのは話してね。みんな優しい人だから大丈夫だよ。ミアが何を言っても怒ったりしないし……」
「……う……うん……」
その言葉に落ち着きを取り戻したのか、いつしか体の震えが止まった彼女はゆっくりと顔を上げる。
まだ少し怯えているようにも見えるが、大丈夫と伝えるように彼女の背中を撫でていくと、ミアはこちらを向いて小さく「ありがとにゃ。」と告げた。
「スーザン!シルビア!ケンカはやめろって!今からミアの話を聞くから、ちゃんと聞いてあげて!」
「……ん?あ……あぁ……す……すまない。」
「ご……ごめん……なさい。」
目の前であーでもないこーでもないなどと、どうでもいい事を言い争っていた二人を制止して、俺はミアからの言葉を待つ。
ミアは話出そうとしては言葉に詰まる。これを何度か繰り返した後、目を閉じて深呼吸をすると、まるで勇気を搾り出すかのように小さく震えた声色で話し始めた。
「わ……わたしは……ソ……ソフィアと同じチームには……は……入れないにゃ。」
その言葉を聞いたシルビアは驚き、スーザンは不定的だった自らの態度を反省しているようだが、俺自身はミアがそう思う理由の方が気になった。
「どうして?俺はミアさえ良ければ一緒のチームでプレイしたいと思ってたんだけど。同じ夢を持つもの同士としてさ。」
「その気持ちは嬉しいにゃ……でも、わたしがチームに入れば必ずソフィアの足を引っ張るにゃ。ソフィアはすごい才能を持ってるにゃ……短い間だけど見てきたからわかるし、そんな人の夢の邪魔はできない。だから、同じチームには入れないんだにゃ。」
「それはなぜ?そんなのやってみないとわからないじゃん。一緒にベスボルをやる限り、俺だってミアに迷惑をかける事はあるよ。ミアがそう感じる理由を聞きたいな。」
ミアが自分自身に自信を持てない理由を、周りに隠している事は明白だった。そして、それはミア自身の種族に関わる事なんだという事も、これまでの話の流れから推測できた。
完全に黙り込んでしまったミアを見て、彼女にとってここから先はどうしても言いにくい事なんだろうと理解する。誰しも、自分の弱さを曝け出すにはかなりの勇気がいるのだから。
ならばと思い、俺はミアへ笑顔を向ける。
「俺さ、元は偏属なんだよね!しかも無属性!」
「……え?」
突然のカミングアウトにミアも驚きを隠せないようだ。キョトンとした表情をこちらに向けている。
「5歳くらいの時にそれがわかったんだけど、当時は本当に悔しかったよ。ベスボルで頂点を目指すのが俺の夢だったのに、魔力がないとベスボルさえできないんだもん。」
「で……でも、協会では炎のスキル使ってたにゃ!」
「そうなんだよ!そこね!」
俺が間を置くことなくミアの言葉に同意すると、彼女は面を食らったように目をパチパチさせる。
「ここに辿り着くまで確かにいろいろあったけど、スーザンやシルビア、そして俺の家族。それ以外にもたくさんの人たちのおかげで俺は偏属を克服できたんだ。だからさ、ミアも絶対に大丈夫!自信なんて最初っから持ってる訳ないよ。たくさんの積み重ねと縁が自分の自信になるんだから。だからさ、初めから自分の限界を決めちゃダメだ!」
俺の言葉に、ミアは何かを気付かされたようだ。ハッとして少し何かを考えた後、一度大きく深呼吸をしてこう告げた。
「……わかったにゃ。わたしの事、ちゃんと話すにゃ。」
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