85ストライク 炸裂!シルビア節


「これからどうするんだにゃ?」



 協会を後にしてアネモスの街を歩いていると、ミアがそう問いかけてきた。その顔には疑問が浮かんでいるが、それもそのはずだろうなと思う。

 普通、選手登録が無事に済んだのなら次にやるべきはチームやチームメイトを探す事で、それらは全て協会が斡旋してくれる訳だから、俺たちはあそこから出ていく必要はなかった。しかも、マリーさんが紹介してくれたチームはどこも中堅どころで条件は良かったのに、俺はそれを全部断ってミアを連れて協会を後にした訳だから、そう感じるのも無理はない。



「まぁまぁそう焦らず、俺についてきなって。」



 小さく笑みを浮かべてそう告げる俺の態度に、ミアは訝しげな視線を向けてきたが、俺は気にする事なく鼻歌まじりに通りを歩いていく。


 数年ぶりのアネモスの街は春真っ只中。

 その様相も以前来た時とあまり変わっておらず、それらを眺めているとあの時の記憶が蘇ってくる。

 自分の中に潜む力の存在を知り、その謎を解き明かすべく親元を離れてここアネモスの叔母の家に転がり込んだ。店を手伝いながら、時間を見つけてはラルと鍛錬したり、シルビアとベスボルを学んだりもした。相変わらず、ウィルさんにはドキドキさせられっぱなしだったけど……

 短い間ではあったが、なかなか濃い思い出が詰まったアネモスでの生活に思いを馳せつつ、この世界に転生して10年近くも経ったのか感じて感慨深くなる。



「ソフィア……どうしたにゃ?」



 ミアの言葉にふと我に返る。



「ん……?あぁ、ごめん。なんでもないよ。懐かしんでただけ。」


「懐かしい……?もしかして、ここに住んでた事があるのにゃ?」


「うん……5歳くらいの時にね。」



 そう答えた瞬間、不意に彼女の顔が浮かぶ。

 5歳の時……あの時、俺はユリアと勝負して負けたんだ。ピッチャーライナーをさばき切れず、外野まで吹っ飛ばされて意識を失い、気がつけば棄権させられていた。

 思い返せば、あの時は俺の中に慢心があったんだと思う。ユリアを翻弄しているという自信が油断に変わり、あの事故を引き起こしたのだ。


ーーー同じ轍は二度と踏むもんか……


 そう思うと自然に拳に力が入った。

 これから俺は、本格的にベスボルでプロを目指す。おそらく、ユリアがすでにいるだろう"マスターリーグ"に出るためのチームを作って。そして、ユリアにリベンジするのだ。

 その為に、俺は今ミアを連れてあの場所へと向かっている。



「ここを曲がるよ。」



 そうミアに伝えて、彼女の手を握るとミアが驚いて小さく声を上げた。

 あの時は父ジルベルトに手を引かれ、ドキドキしながらも通った閑静な路地の雰囲気を思い出す。賑やかな街の雰囲気から隔絶されたどこか別の世界にいるように感じられる静かな場所ではあるが、今では慣れ親しんだ路地でもある。そこを今度はミアの手を引いて歩く不思議な感覚を楽しんでいると、路地裏の小さな広場に眠るように佇む古びた小さな店が姿を現した。



「ここ……なのかにゃ?」



 不思議そうに尋ねるミアの言葉に、俺は小さく頷いた。

 店の明かりはついていない……という事は、店主はたぶんまだ寝ているだろう。今はお昼時だが、換気口から湯気が出ていない事から考えれば、今日はウィルさんも来ていないようだ。だが、ここにはもう一人いるはず……彼女はこの時間なら起きているはずだが……

 そう思案していると、不意に頭の上から声がかけられた。



「大きくなったわね!ソフィア!」



 胸の高鳴りを抑えつつ、見上げた先の屋根にいつの間にか一人の女性が立っている。腰ほどまで伸びた見事な白髪を揺らし、黒縁の眼鏡をクイっとあげて笑うエルフの女性。



「シルビア!久しぶりだね!」



 そう手を振ると、彼女は飛び上がって俺たちの前に格好つけて着地をした。その姿を見て、ハリウッド映画で観たとあるヒーローの着地の仕方を思い出してしまい、俺は堪えるように笑みをこぼす。



「やっとこの日が来たのね!待ち侘びたわ!……って、何がおかしいのよ。」



 くすくすと笑いを堪えていると、それに気づいたシルビアが乱れた髪を整えながら疑問げにそう聞いてくる。



「ごめんごめん。こっちの話……ところでスーザンは?」


「なんか今、バカにされた気がしないでもないけど……スーザンならまだ寝てるわよ。昨日の夜、何やら一人でゴソゴソやってたしね。」



 シルビアは肩をすくめて呆れたようにそうこぼした。

 相変わらず、スーザンの研究心は健在だなと呆れもしたが、それもまた彼女の強みだと改めて納得する。

 これまでも彼女の知識には助けられてきたし、何よりスーザンは魔道具研究の第一人者でもある。ベスボルにおいて、グローブやバットなどの道具は全て魔道具の部類に入る訳で、それを考えれば彼女の研究は自分の今後に大きく左右するはずだ。



「ところで、その子は……?」


「あ、そうだった。この子はミアって言って、森で魔物に襲われているところを助けてさ……」



 シルビアに問われた俺は、ミアとの出会いからこれまでの一部始終を説明した。

 森での狩りの話からサウスの実家での話まで、ミアの事を紹介しつつ簡潔に説明を終えると、興味ありげに頷いていたシルビアがミアに顔を近づけた。突然の事に驚いて、恥ずかしそうに体をこわばらせているミアの様子が可愛くもいじらしい。

 だが、そんな俺の感情とは裏腹に、シルビアは自分だけ納得したようにこう告げたのだ。



「よし!採用よ!!」

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