84ストライク 改めましてようこそ


 ベンチに座り、ニコニコと笑みを浮かべるマリーを一瞥し、俺は大きなため息をついた。

 完全に彼女の手のひらの上で踊らされていると思うと悔しい気もするが、今のマリーに逆らって選手登録を拒否されてしまえば、ここアネモスでの登録ができなくなってしまう恐れがある。

 そうなると別の街を目指さなければならなくなる訳だが、出発する際ジルベルトとニーナからは最低限の資金しか受け取っていないし、今さらそんな資金を捻出する当てがない。まぁ、何より面倒くさい訳だけど……

 残念ながら、ここは素直に披露するしかなさそうだと、大きなため息をついて視線を前に戻した。打席では相変わらず鼻息の荒いヘイムが立って、今か今かと待ち侘びている様子が窺える。



(仕方ない……ここはジルベルト直伝の空挺炎撃でも見せておくか。炎属性はなかなかレアだし、これならマリーさんも納得してくれるだろ……)



 そう決めた俺は目を閉じると、体全体に魔力を流し込み始めた。

 頭の中に浮かべるイメージは全身に纏う炎。

 流れる魔力を燃料のように燃やしながら巻き起こる炎をイメージすれば、真っ赤に燃え盛る炎が体の周りに発現する。



「おっさん!言っとくけどこれ、下手すると死ぬからね!」



 握るボールをヘイムに向けてそう告げる。

 対するヘイムは炎属性を見たことがないのか、目を見開いて驚きを隠せずにいるようだが、自分が本気で来いと言ったのだからいまさら後悔しても俺の知った事ではない。



「マリーさん!これでいいんだろ?ここから先は何が起きてもあなたが責任取ってよね!」



 続けてマリーへ向き直りそう告げれば、彼女は無言で頷いた。その目には感動と驚き、そして好奇の色が浮かんでいて、なぜだか頬を赤らめているのがいささか疑問ではあるけれど……


 気を取り直して大きく振りかぶれば、全身を包む炎のオーラが揺らめき輝いた。

 眼を閉じて、握るボールへ炎が収束するイメージを浮かべながらそのまま左足を高く上げれば、揺らめいていた炎のオーラが右手に集まり始める。



(……なんかいい感じ。出せる炎の斬撃はまだ6つだけど、今なら一個増やせるかも……)



 やってみるか……

 一呼吸の間を置いて、閉じていた目を開き体重移動を始める。そのまま地面に着地した左足へ重心を移動させながら、上半身を大きく回転させてこう叫ぶ。



「いくぜ!!空挺炎撃!Ver.Sだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 指元から放たれると同時に、炎を纏ったボールが無数の斬撃へと変わる。ジルベルトのスキルと同じように様々な軌道から打者に襲いかかるそれらは、相手からすればもはやスポーツの域を逸したものに見えるかもしれない。

 

 ボールが行き着く先に立つヘイムの顔には驚愕の色が浮かび、完全に腰が引けているようだが、おそらく炎撃が彼に当たる事はないだろうし、今の俺にはそんな事はどうでもよかった。



(よっしゃ!7つ目を出せたぞ!)



 スキルがステップアップできた喜びを噛み締めて、俺がマウンドでガッツポーズする一方で、完全に腰が引けてしまっているヘイムは、バッターボックスの端に寄って祈るように目を閉じて震えている。そんな彼の周りを無数の斬撃が掠めていき、最後にその中の一つが轟音と共にSゾーンに突き刺さった。


 まもなく、Sゾーンが三振の合図を鳴らし、続いて勝負ありのブザーを鳴らす。



「そこまで!」



 ベンチの前でマリーがそう叫ぶと、ヘイムは腰が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んでしまった。



「ヘイムさん、勝負ありでよろしいですよね?それとも、まだおやりになりますか?」

 

 ゆっくりと近づいてきたマリーがヘイムに向かって淡々と告げると、よほど怖かったのか、彼は恐怖の色を浮かべたまま何度も何度も首を横に振っていた。


 こうして、選手登録のための試験を兼ねた勝負は幕を閉じ、俺とミアはマリーと共に協会へと戻る事になった。






「改めまして、ようこそベスボル協会アネモス支部へ。」



 最初の疑心に満ちた表情から一変。

 改めて受付に立つマリーは、最高の笑顔を浮かべて俺とミアにそう告げた。なんだか腑に落ちない部分もあるけれど、そこは掘り返すと面倒くさそうなのでやめておく。



「じゃあ、さっそく俺とミアの選手登録をお願いします。」


「ええ、もちろんです。」



 笑顔で頷いたマリーが何やらゴソゴソと準備を始めた様子を眺めていると、今まで黙っていたミアが不安げに口を開く。



「で……でも、いいのかにゃ。ソフィアは試験受けさせられたのに私は何もしてないにゃ……」


「いいんじゃない?だって、あれは俺が絡まれたから仕方なくやった事だし……」



 俺が悪びれる事なく笑っていると、ミアは何か言いたげな視線を向けてきた。どうしたのだろうか、何か変な事でも言ったかなと思っていると、2枚の用紙を受付台に並べながらクスリと笑う。



「問題ありませんよ。私もあの方には少しイライラしてたので、ついついソフィアさんを利用してしまっただけなので……ミアさんの素質もある程度は測れておりますから問題はありません。」



 その言葉に「そうなのかにゃ……」とミアは疑問を浮かべていたが、それを諭すように大丈夫だと伝えてあげると、ミアは少しだけ納得したようだった。



「それではこちらに名前を記入してください。」



 マリーの指示通りに名前を書き記すと、書いた自分の名が一瞬煌めいた。それを驚いて見ていると、マリーから登録はこれで終わりだと告げられて拍子抜けしてしまう。



「え?これだけ?」


「はい。これで登録完了です。でも、ここからがスタートなんですよ。ここからが険しい道……でも諦めずに慢心せず自分と向き合う事。それをゆめゆめ忘れられないように。」



 その言葉には真剣さが感じられた。

 俺とミアはその言葉に大きく頷くと、これから始まる挑戦に心を躍らせるのであった。

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