83ストライク Wait a minute
「ま…魔球"ストレート"だと!?」
俺の言葉にギョッとしたヘイムを見て笑みが溢れる。
おそらく、そんなスキルの名は今まで聞いたことがなく、直感的に未知のスキルだと認識したのだろうけれど、俺が投げたのは単なるストレート、つまりはただの直球である。
完全におちょくられているともつゆ知らず、今の彼は発動している魔力感知が一切反応しない事に焦っているはずだ。冷静に考えれば、魔力など込められていないただボールだと割り切れるはずだが、俺の一言が彼の心に迷いを生んでいるはずだから。
(魔力感知で必死に探ってるって感じかな。でも、早く判断しないとボールが来ちゃうよ。)
心の中でそう忠告しても、それはヘイムに届かない。というか、別に届けるつもりもないし、投げ終えた右腕をフォロースルーしながら彼の動向を見守る事にする。
ヘイムは焦りを隠せないまま、とっさにテイクバックして打ち返そうとしているが、判断が遅れて完全にタイミングは合っておらず、振り抜いたバットは空を切った。それを嘲笑うかのように、ボールはそのままSゾーンの中心に突き刺さる。
「く……くそぉっ……!!」
バットを地面に叩きつけるヘイムをよそに、Sゾーンの自動返球機能が回収したボールを淡々とマウンド上の俺の元へと投げ返してくる。
「ワンストライクだな!どうする、おじさん!まだやる?!」
ボールを軽快に受け取って、相変わらず挑発するようにヘイムへと投げかけてみたが、彼がこれだけで諦めるはずもない。
「調子に乗んじゃねぇ!!まだ勝負は終わってねぇだろうが!!」
「そう?何度やっても同じだと思うけどなぁ〜」
飄々とした態度を崩さずにいる俺に対して、ヘイムは鼻息を荒くしながら再び打席に立った。だが、その眼には先ほどまでとは違う真剣さが感じられる。
(へぇ、意外と冷静なんだ……なら、次はこれかな。)
ヘイムに対する評価を少し見直しつつ、俺は大きく振りかぶると、再びSゾーンへ目掛けてボールを放った。
しかし、今回も俺が投げるボールが魔力を纏うことはない。投げるのは単なる変化球一択で、選んだ球種はスライダーだ。真ん中から外角に逃げていくそれは、いとも簡単にヘイムからストライクを奪う。
「て……てめぇ!さっきから何なんだ!!小細工ばっかりしやがって!!それにお前、スキル使ってねぇだろ!!」
「え?なんで?」
意外にもヘイムが気づいた事に俺は驚いた。
このまま気づく事なく終わるかと思っていたので、たった2球でその答えに辿り着いた事は褒めてあげようと素直に感じてしまう。
だが、もちろん勝敗は別の話だ。
(まぁ、気づいたところであと一球だし、おっさんの実力じゃ俺の変化球は打てないしな。さっさと終わらして選手登録しなくちゃ。)
ヘイム程度の相手ならばスキルを使わなくても勝てる事がわかったし、これ以上は時間がもったいないと考えた俺が最後の一球を投じようと準備を始めたところで、突然ストップがかけられる。
「ちょっと待ちなさい。」
「……!?マ……マリーさん、なんで止めるんですか?」
振りかぶったまま動きを止めて尋ねる俺に、マリーは大きなため息をつく。
「なんで?ではありません。私は先ほどあなたに出し惜しみをせずに、と申したつもりですが……理解できませんでしたか?」
「え……え〜そうでしたっけ?ハハハ……」
その声は明らかに不満の色を含んでいた。
とぼけ顔を浮かべて後ろ頭を掻き誤魔化そうとしてみたが、それに応じる事もなく彼女はこちらをジッと睨みつけている。
「それがあなたの全力ですか?」
「え……と……そんなところ……かな?」
「嘘はいけませんよ。私には相手の素質を見抜く力がありますから、あなたが力を隠している事などお見通しなのです。私は今この場においては試験官。そういう態度わや取られるならば、こちらにも考えはあるというもの……」
マリーは鋭い視線をこちらへ向けたままそう告げた。
ーーーなんとも厄介な人物だ……
俺は内心でそう舌を打つ。
今は自分の力の事はできるだけ隠しておきたいというのが本音であったし、この勝負で変化球しか使わなかったのも、"魔力を使わずに相手を倒した新人"というレッテルを期待していた訳で、まさか試験官がそんな特殊能力持ちだなんて思ってもいなかった。
(マジかぁ〜……でも、試験官を怒らせる訳にはいかないしなぁ。)
予定通り、のらりくらりとかわすか。
それとも、納得してもらえるだけの力を見せつけるか。
神眼と魔眼はもちろん使わないが、炎属性のスキルくらい披露しておけば、納得はしてもらえるんじゃないだろうか。
どうしたものかと悩んでいると、一部始終を聞いていたヘイムが大声を上げる。
「てめぇ!やっぱり力を隠してやがったな!試験で力を隠すなんざ、スポーツマンの風上にも置ねぇ奴だ!受付嬢の姉ちゃん!そんな奴は不合格にするべきだぜ!!」
吠えるヘイムを見て、相変わらずピーピーとうるさい奴だと怪訝に思って聞いていたが、マリーの言葉には驚いた。
「そうですね。力不足とは言え、ヘイムさんのベスボルに対する想いは感じられましたし、ソフィアさんがこのまま実力をお隠しになるのであれば、そういう判断になりましょうか……」
「ちょ……ちょ……なんでそうなる!勝負はどう見ても俺の圧勝じゃんか!」
「最初にもお伝えしましたが、勝敗はあくまで判断材料の一部……最終的な判断は私が行いますので。」
完全に主導権を握られてしまった。
くつくつと笑うマリーに対して、俺はそう肩を落とした。
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