76ストライク 俺を超えていけVer.2①


 翌朝、言い争う声でふと目が覚めた。


 自分が寝ているのはニーナが準備してくれた空き部屋で、昔は子供部屋として使われていたらしい。その証拠にソフィアたちが小さい頃に付けた傷や汚れ、落書きなどがところどころに目立っている。

 そんな思い出深い部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、上半身を起こしたまま眠気でボォーッとしている頭をなんとかフル回転させる。庭の方から聞こえてくる声はいったい誰のものなのかと考えてみたけれど、頭を優しく包むように霞がかった眠気は一向に覚める気配がない。


 もう一度、布団に寝転がるか……

 久々に味わったふかふかな布団の感触に至福を覚えつつ、再びウトウトとし始めるミアの耳にある言葉が聞こえてくる。



「ベスボル選手には絶対にさせないぞ!!」


「い〜や!!俺は絶対になるもんね!!」



 その言葉を聞いた瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。

 飛び上がり、ぱっちりと覚めた目で窓の外を覗き込むと、どうやら少し離れた場所でソフィアとジルベルトが言い争っているようだ。



「お前はまだ13歳だろう!ベスボル選手になるのはまだ早い!!」


「ベスボルの選手登録は12歳からじゃん!これでも遅いくらいだろ!」



 早いだの遅いだのと何やら言い争っている二人だが、今の自分にとっては彼らの争いの内容はどうでもいい。



(まさか、ソフィアもベスボル選手を目指してるって事かにゃ……!)



 その事が嬉しくて堪らなかった。

 同じ夢を持つ者に出会うというのは、どんな時でも嬉しいものだ。

 しかし、その反面では不安も生まれる。あれだけ強いソフィアがベスボル選手を目指すのは、誰が見てもおかしな事ではない。なぜなら、ベスボルには強さが必要だからだ。

 それに比べて、自分はどうだろうか。

 弱虫で大した能力も持ち合わせていない癖に、ベスボル選手になりたいと考えているなんて無謀にも程がある。ソフィアと比べれば、なんと愚かな試みかと思われても仕方がないだろう。


 相変わらずの弱気癖が心を支配していく……


 だが、ジルベルトとソフィアはこちらの気持ちなど知る由もなく言い争いを続け、終いには痺れを切らしたジルベルトがソフィアへある提案を投げかける声が聞こえた。



「よぉし……わかった!そんなに言うなら、俺を超えてからにしろ!」


「よぉし!やったろうじゃんか!」



 二人の会話にミアは落ちていた視線を上げた。

 彼は今、ソフィアに自分を超えて行けと言った。それは2人が今から勝負する事を意味するが、それを想像したら今度は別の不安が頭をよぎる。

 ソフィアの家は代々狩人を営んできたと聞いている。ソフィア強い理由はそこにあるのだろう。しかし、その父であるジルベルトはもっと強いはず……闘えば、ソフィアは怪我だけでは済まないんじゃないだろうか。そんな不安が心を覆い尽くしていく。目に浮かぶのは、傷つき血を流しながらも殺し合う2人の姿……

 気づけば、反射的に外に飛び出していた。



(親子で殺し合うなんて……絶対にだめにゃ!!)



 確かに、獣人族でもそういうしきたりを重んじる時代はあったし、今でもそれを大事にする者はいる。ミアの両親はそういう事はなかったけど、たまに親にボコボコにされている同世代を見ては、古臭く時代遅れだと感じる事も少なからずあった。

 そんな彼らの姿にソフィアが重なり、想像しただけで涙が溢れてくる。



(人族にもそんなしきたりがあるなんて初耳にゃ!止めなきゃ……友達が傷つく姿にゃんて見たくないにゃ!!)



 起きたばかりで思うように動かない体を必死に動かして、何度も転びそうになりながら二人の下へと直走る。



「あれ、ミアちゃん?そんなに急いでどうしたの……?」



 途中で誰かに声をかけられた気がするが、今はそれどころではなかった。一刻も早く二人を止めなければ、ソフィアが傷物にされてしまう。そんな思いで必死に脚を回す。


 涙で半分ぼやけた視界の中で、ソフィアとジルベルトが互いに得物を抜いたのがわかった。ジルベルトは丸い手のひらサイズの球体状のもの。一方で、ソフィアは長くて細い棍棒の様な武器だ。

 ジルベルトは体格に似合わず飛び道具を使うのか。これでは、近接武器のソフィアにはかなり不利な状況……彼女は森で使っていた弓は使わないのだろうか。いや、これがイクシード家のしきたりならば、不利な状況で親を超えねばならぬという事か……

 彼ら一族の厳しさを知り、歯を食いしばる。いつの時代もどんな世界にも、乗り越えなければならない壁がある事に改めて気づかされる。


 そんな事を考えている内に、ジルベルトが大きく振りかぶった。その様子はまさにベスボルの投手さながらで、武器を持つ右手には真っ赤な炎が燃え盛り、体を捻る様に左足を上に向けて高く突き伸ばす。対するソフィアも棍棒を握り締め、笑いながら半身で構えるその姿はまるでタイミングを測る打者のそれだ。



「争いは良くないにゃぁぁぁぁ!」



 必死でそう叫んだが、時すでに遅し。

 ジルベルトは高く掲げた左足を地面に下ろすと、体を捻りながら真っ赤に燃え盛るスキルを放つのだった。

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