75ストライク 同じ穴のムジーニャ


「はぁ〜〜〜……」



 少し熱めのお湯に体を埋めれば、自然と体の底から声が出る。湯気と独特の香りが鼻腔をくすぐり、暖かな空気が身体中を満たしていく。

 ふと壁に目を向ければ、設置されている小さな窓からは星空が顔を覗かせていて、こちらに語りかける様に煌めいている。



「夕食……楽しかったにゃ……」



 ぽつりと言葉が漏れた。

 里を飛び出してから満足な食事を摂っていなかったから、みんなでわいわいと食事をするのは最高の一時だった。ソフィアやジーナだけじゃなく、ジルベルトもアルも……みんなとても優しくて良くしてくれる。命を助けてもらったのだからこちらが御礼をしないといけない立場なのに、みんなそんな事は気にするなと言ってくれるし。



(ニーナママさんなんか、娘が増えたみたいで嬉しいなんて言ってくれたにゃ……)



 湯船のお湯を両手で掬って顔を流すと、滴るお湯が水面を揺らし、その中に家族の顔が垣間見えた。

 ふと、寂しさが心を埋め尽くそうとする。

 だが……

 


(ダメだにゃ……!ここまで来たんだから、選手登録は絶対にするにゃ!)



 弱い気持ちを振り払う様に頭を何度も横に振る。ソフィアにせっかく助けてもらった命……そのおかげで夢を諦めずにいられる。今は何もできないけど、絶対にベスボル選手になってイクシード家のみんなにこの恩返しをするのだ。

 そう人知れず心に想いを刻んでいると、お風呂の扉が開いてジーナが入ってきた。



「ミアちゃん、湯加減どう?」


「とっても最高だにゃ!」



 その言葉を聞いたジーナはにっこりと笑うと、座り込んで頭を洗い始めた。彼女の背中はとても白くて綺麗で、見惚れてしまうほど。

 だが、ミアは自分が考えている事にハッとして、鼻上までお湯に埋めて息を吐く。ブクブクと泡立つ水面……その音を聞きながら、ジーナの背中を一瞥すると風呂場の中を改めて見回してみた。

 イクシード家のお風呂は意外と広い。大人なら四人は優に入ることができるほどに。

 なので、夕食が終わるとニーナは自分とジーナ、そしてソフィアにお風呂へ入る様に指示を出した。ミアとしてもお風呂は大好きだし、しかもソフィア達と入れるなんて願ってもいない事だったのだが……



『あ……お……俺は後で入るから!ミアはジーナと入ってよ!ね!』



 どこか焦った様にソフィアはそれを断った。

 少し寂しくもあったが、あいにく今日初めて会った相手に懇願して無理強いをするほどの強メンタルは持ち合わせていない。残念にも我慢する事にした訳だけど、今思うとソフィアの断り方には少し違和感を感じる。



「ジーナ……ソフィアはなんで一緒に入らないにゃ?いつもこうなのかにゃ?」



 頭を流し終えたジーナにそう尋ねると、彼女は自分の髪を絞りつつ答える。



「ん〜なんでだろうね。物心ついた時からあの子は私や母さんとじゃなく、父さんと入ってるんだよね。小さい時は母さんとも入ってたんだけど、いつからか一緒に入らなくなったって母さん嘆いてたな。」


「へ……へぇ〜。じゃあ、い……今でもジルベルトさんと入ってるのにゃ?」


「ううん。さすがにそれはないかな……ソフィアも13歳だし、思春期真っ只中だもんね。」



 体を洗い始めたジーナの言葉を聞いてホッとした。思春期の女の子が父親とお風呂に入る、というのはかなりの少数派だろうし、違和感の正体がミアの妄想……否、想像の通りでは困る訳で。

 しかし、母親とは入らず父親と入っていたとはなんとも理解し難い行動だと思う。たいていの女性なら物心付けば父親を拒否するもの……かく言う自分もそういう時期があったからよくわかる。ジーナなんて、父親に対してあからさまに怪訝な態度をとっていたし……

 ソフィアは一人称が"俺"である。そのせいか、森で出会った時の彼女にはカッコ良さみたいなものが垣間見れた。吊り橋効果という心理的現象がある事は知っているが、自分のはそういう一過性のものではなく、心底ソフィアに惚れ……いや、惹かれているのだ。



(今まで同性に惹かれる事なんてなかったのに……いったいどうしたんだかにゃ……)



 ミアは再び湯船に口を埋め、ブクブクと息を吐き出していく。考えれば考えるほど、ソフィアの顔がその泡に浮かんでは消えていく。



「大丈夫……?ミアちゃん。」



 いつのまにか、体を洗い終えたジーナが肩を並べて湯船に浸かっていた。彼女に不思議そうな表情で見つめられ、ついつい動揺していると、その視線がある場所に向いている事に気づく。



「ジ……ジーナ?ど……どこを見てるかにゃ?」

 

「え……?いや……お耳が可愛いなと思っただけだよ。」


「そ……その割には顔が……近くないかにゃ?」


「そんな事……ないよ。」



 否定はしたが、彼女の目は本心を物語っていた。自分の耳に興味がある……しかも、ソフィアの様な単なる興味ではなく、探究心を感じさせるほど熱い想いを持って。



「ジーナ……?ちょ……ちょっと……」


「あぁ〜やっぱり我慢できない!!ミアちゃん、お耳と尻尾を触らせてぇぇぇ!!」


「ひ……ひにゃ……!や……ジーナ……やめるにゃ!!」



 必死に抵抗してみるがジーナの想いは止まらず、ミアの声も聞こえていない様子だ。



(ソ……ソフィアにはあんな事言ってたくせに……同じ穴の……ムジナだったにゃ!!!)



 夜の空に輝く星々の中に、甘い叫び声がこだました。

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