74ストライク イクシード家の裏のボス


 夕飯の準備を手伝っていると、玄関のドアが開く音が聞こえてミアは耳をピクリと反応させる。イクシード家にはここにいる三人の他に二人家族がいると聞いているから、おそらくその彼らが帰ってきたのだろうけれど、部外者の自分がいて驚かれないだろうかと少々不安を覚えてしまう。

 慎重に気配を探る様に耳を動かす。

 二人はまだ玄関にいる様で、それを迎える為にニーナが玄関へと足を運んでいった。



(いったいどんな人たちなのかにゃ……ソフィアたちは優しいから同じだといいにゃ……)



 ミアはそんな事を考えながら、玄関の物音に耳を澄ましてみる。しかし、動く耳を見て目を輝かせたソフィアがこちらに興味の眼差しを向けてきた。



「おぉ〜!すごい!あんな小さな物音も聞き分けられるんだな!」



 まじまじと自分の耳を見るその視線が恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じていると、ジーナが呆れてため息をつく。



「当たり前でしょ。ミアちゃんは獣人族なんだから、他の種族に比べるといろんな能力に長けてるんだよ。獣人族はその名の通り、いろんな獣の能力を受け継いでる種族だからね。聴覚、嗅覚などの五感から、筋力や脚力など身体能力まで、人族にはない力をたくさん持ってるの。それにね……」



 ジーナは目を瞑り、まるで講義でもするかの様に指を振りながら説明を続けるが、ミアはそれを聞いていて嬉しくも複雑な気持ちになった。

 確かに獣人族は身体能力が高い者が多い。が、その中に自分は含まれていない。脚だけは速いという自負はあるものの、それだけで他はてんでダメなのだから。一族を褒められた嬉しさと、自分の自信のなさが心に同居していて胸を締めつける。

 しかし、こちらの気持ちなどつゆ知らず説明を続けるジーナの話を、ソフィアは手慣れた態度で聞き流した。



「あ〜また始まったよ。ジーナ先生の講義が……はいはい、わかったわかった。」


「……もう。ソフィアは本当に勉強が嫌いだよね。もっと勉強しないとダメだよ!」

 


 ジーナは不満げな表情を浮かべ、ここぞとばかりにソフィアへ指摘を向けるが、ソフィアも負けずに肩をすくめてこう告げる。



「俺は獣人族についてじゃなく、ミアの事が知りたいの!種族の事はいつでも調べられるけど、ミアの事は今じゃないとわからないだろ?」


「だから!そういうのを屁理屈って言うんだよ!」



 これはいわゆる見解の相違か。

 ギャーギャーと言い合いを始めた姉妹に対して、ミアはどうしていいかわからずにあたふたしてしまう。声を掛けようにも付け入る隙すら与えてもらえないし、その間にもソフィアとジーナは言い争いを続けている。



「ふ……二人とも……ケンカしにゃいで。」



 やっとの事で絞り出した言葉は、予想通り二人にはまったく届いていないようだった。二人の間の火花がどんどん大きくなっていくのがわかる。だが、どうしたものかと悩んでも、ミアには二人を止める術が見当たらない。

 そんな折、ミアに救いの手が差し伸べられた。玄関から戻ってきたニーナが、その様子を見兼ねて二人を叱りつけたのだ。



「二人とも。ミアちゃんが困ってるわよ。何をケンカしてるのかしら……?」



 母は強しというけれど、ニーナの怒り方はどこか迫力が違った。さっきまでの優しい声色ではなく、大地を震わせる様な低くて静かな怒声にソフィアとジーナが震え上がる。



「私は大切なお客さまをほったらかしてケンカするような子に、二人を育てたつもりはないのだけれど……」



 表情は笑っているが、彼女の声の裏には全てを黙らせるほどの威圧感があり、そう言われたソフィアとジーナは観念した様に言葉を失って項垂れた。ニーナは呆れた様にため息をついた後、こちらに向かって笑いかけてウィンクをする。



「なんだなんだ?ま〜た母さんに怒られてんのか?」



 この声はさっき帰ってきた声の主のものだ。

 ミアがとっさに振り返ると、そこには金髪の男性と銀髪の青年が少し呆れた様に笑って立っていた。

 男は赤い瞳が特徴的で、髪は短いながらも後ろで結んでおり、どことなくソフィアに似ている気がする。一方、青年の方はニーナやジーナと同じ銀色の髪に青い瞳で、顔は母親に似ている為か中性的だがなかなかのイケメンだ。



「君がミアちゃんだね。初めまして、俺はこの家の主人のジルベルト=イクシード。こっちは長男坊のアル=イクシードだ。よろしくな。」



 ジルベルトがそう告げると、アルもにっこりと微笑んで「よろしくね。」と笑いかけてくれた。



「あ……ミ……ミアだにゃ。よ……よろしくにゃ。」

(この人、ソフィアたちのお兄ちゃんかにゃ……か……かっこいいにゃ……)



 その笑顔に不覚にも心を揺さぶられて、ミアは少し照れてしまった。だが、ジルベルトが横で大笑いした事で、皆もそれにつられて笑い合う。

 どうやら、自分がアルに心を奪われかけた事はバレなかった様だとホッとした。

 そうして、皆の顔合わせが済んだところでニーナがパンッと手を叩く。

 


「さぁ!こんなところで立ってないで、みんなでご飯の準備をしましょう!今日はミアちゃんをおもてなしするんだから!」

 


 張り切った彼女の言葉に、イクシード家の全員が賛同した。

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