65ストライク 覚醒


 止まぬ歓声。

 場内のボルテージは最高潮に達している。


 その理由は、もちろんユリアと俺の勝負が最終局面を迎えている事にある。漆黒の雷を腕に纏って大きく振りかぶったユリアと、バットに魔力を込めてそれに応えようとする俺。

 今まさに、最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。



 マウンドのユリアはまだ片足で立っている。今までよりもゆっくりとしたその動作は、集中力を高めている証拠……それだけこのイニングに対する思いが本気であるという事だろう。

 すでにユリアが発動した"黒雷"は、彼女の体の周りを駆け巡るほどにまで大きくなっている。

 今までとは比べ物にならない量の雷を、いとも簡単に制御しているユリア。それは彼女の力が……才能が本物だという事を物語っていた。


 そもそも雷属性が扱いにくいとされるのは、空気の絶縁性によるところが大きいからだと教えてくれたのはシルビアだった。

 空気とは本来、電気を通しにくい物質であり、そんなものが周りに存在する中で雷属性のスキルを発動するには、常に高い電圧を保ち続けなければならない。その分、魔力操作は極めて困難を要する訳だが、それをサポートしているのがあの紅炎らしい。

 炎は元来、固体でも液体でも気体でもない、プラズマという特殊な状態であると考えられている。それは空気とは異なり、"通電性"が高い性質をもっている為、炎を媒体にすれば電圧を適切に維持して雷系のスキルを発動しやすくできるという事だ。

 まるで理科の授業を聞かされているようだったが、実はこういった知識はこの世界ではあまり知られていないらしく、各国でも原理を追求しようする動きはあるが、それを研究する人材はまだまだ不足しているのが現状だという事も、シルビアは教えてくれた。

 話は逸れたが、その時シルビアは俺にこうも告げた。



「雷属性には風属性が有効ね。例えばラルが使ってたようなスキルとか……」


「雷は風属性……?なんで?」


「難しい話は今は省くけど、魔力属性には相性があるのよ。例えば、一番分かりやすいのは火と水かしら。どっちが有利かはわかるわよね?それと一緒で、雷に有利なのは風なのよ。」



 確かにそれは分かりやすかったし、要は魔力属性間に存在する相性を見極め、常にアドバンテージを取りながらプレーする事が重要だという事だ。

 この世界の魔力属性について、勉強した訳じゃないからよくわからないけど、とりあえず今この場面に必要なのは風属性のスキル。

 だが……



「だから、そんなの使えてたら今まで苦労してねぇよ。」



 俺は打席の中でそうぼやいた。

 周知の事実だが、俺は属性を一つしか持たない"偏属者"であり、その属性も無属性だ。風属性どころかなんの属性も持ち合わせていない訳で、アドバンテージがどうこう言える立場ではないのである。

 カッコつけている話すシルビアの顔が浮かんで、再びイラッとしてしまう。知っている事を教えてくれるのはいいけど、現状をちゃんと分析した上で話してほしい。じゃないと、単なる自慢話にしか聞こえないから。

 俺の中で、段々とシルビアのカーストが下がりつつある。


 と、そんな事を考えているうちに、マウンドで左足を上げたまま止まっていたユリアが体重移動を始めた。そのまま、ゆっくりと重力に逆らう事なく腰を落とし込み、自然と前に出た左足を地面に着地させる。それと同時に左肩を思い切り後ろへ捻り込めば、その反動で赤黒の魔力を纏った右腕が後方から姿を現した。

 バチバチと激しく弾ける漆黒の魔力は、ところどころに真っ赤な炎をちらつかせている。



(アドバンテージとか相性とか、今はどうでもいい!ありったけの魔力をバットに込めるんだ。集中しろ……集中……今回はバットに当てなきゃ意味はないんだから!!)



 青い炎を揺らしながら、左眼が再び解析を始める。

 腕の角度、視線、足の位置など、ユリアの体の動きを見極め、予測されたボールの軌道が視界の中に描かれていく。その軌道上には、初速から割り出された加速開始地点と、インパクトのポイントまでの予測時間が記されている。

 "イモータル・バレット"の大きな特徴は、黒雷の影響により発生する爆発的な加速度だ。その加速によってボールは目では捉える事ができないほどの速さに到達する。そんなスピードで目の前を通過していくボールに対して、振り遅れることなく打ち返す為には、神眼が予測した軌道とタイミングに完璧に合わせるしかない。

 今の俺にできる事……それは"神眼"を信じて正確に、そして思い切りバットを振り抜くしかないのだ。



「イモォォォォォタル・バレットォォォォ!!!!」



 ユリアが大きくそう叫ぶ。

 完璧な体重移動と地面から得た大きな力をバネに、今まで以上にしならせた腕で本気のスキルを投じるユリア。

 それを確認した俺は、魔力を注ぎ込み続けているバットのグリップを思い切り握り締めた。

 だが、神眼に映し出された視界の中で、突然ボールの予測線が大きく変化した。視界に記されていた初速も加速が始まる位置もそれによって変化する。



(な……なんだ!?今までとは違うスキルって事か?!)



 突然の事に一瞬焦りを感じたが、俺はその理由をすぐに理解した。

 マウンドにいるユリアの体が、大きくバランスを崩して歪んでいる様子が見える。その原因は、着地させた足元に露出した石だ。それによってバランスを崩した事で、リリースポイントが変わってしまい、解析結果に大きく変更が出たのだ。

 驚きに歪んだユリアの視線と同じく、その軌道が指し示すボールの到達地点は……



(よりにもよって、ここかよ!!)



 俺はその予測結果に悪態をついた。

 なぜなら、ボールの到達点は俺の頭を指していたからだ。

 確かにベスボルでは、プレー中の相手への妨害行為が認められていて、それはこのスポーツの醍醐味の一つでもある為、ルール上は何の問題もない。

 だが、これはユリアの望む結果ではないはずだ。あれだけの研鑽を積み重ねて到達した技術を、こんな事に使う彼女ではない。その事は、今の彼女の表情からも見て取れる。


 刻々と俺の頭に迫るボールと、その後ろに見えるユリアの表情……


 それを見た瞬間、俺はボールを避けるという選択肢を自分の中から排除した。


ーーーあくまでも打ち返す。


 このボールを完璧に打ち返す事で、ユリアの心に生まれた不安の種を吹き飛ばし、ベスボルの楽しさを植え付け直してやる。

 ただし、単に体をのけ反らせてバットを振っても、ファールにしかならない事は自明の理だ。ならば、この世界だからこそできる打ち方をやってやろう。


 そう決心した瞬間から、俺の体は無意識に動き始める。小刻みにタイミングを見計らっていた左足を地面に着地させ、右手と左手の握りを素早く反転。そのまま右足に置いていた軸と重心を左足に載せ替え、体の向きをSゾーン側へ変える事で、バッターボックス内で後ろ向きに構える形になる。

 もちろん、視線はボールから離してはいない。離してしまえば、神眼が機能しなくなる可能性が高いと思ったからだ。そうして見つめていたボールが、加速を始める位置にまもなく到達する事を確認する。

 そこからは、もはや反射の境地だった。

 一気に加速して姿を消したボールに対し、神眼が導き出したタイミングに合わせるように体を始動させる。重心をSゾーン側にある右足に移動させ、ステップを踏むように左足を右足のすぐ後ろへ移動。今度は左足に重心を移動させ、そのまま右足をユリア側に時計回りに動かしながら体を反転させると、その捻りの反動を利用して上半身を正面に向けながら、握っていたバットをボールの軌道の予測線上にめがけて振り始める。

 バッターボックス内で後ろ向きに構えた状態から、マウンド側に振り返って打とうという普通では考えられない行動にユリアも驚いているようだが、今の俺はそれよりも目の前に迫ってくるボールに集中していた。

 ここまでの経過時間は体感で1秒も経っていない……と思う。原理はよくわからないが、神眼が映し出す景色は全ての速度が遅く感じられるから。神眼が導き出した予測線に沿って飛んでくる漆黒の雷を纏ったボールに、俺が振り始めたバットもそれに合わせるようにゆっくりと迎え撃つ。


 だが、バットとボールの軌道が交差した瞬間に、俺は考えが甘かった事を理解した。

 ボールに触れたバットが漆黒の雷に一気に飲み込まれ、同時に電撃が走り抜けてグリップを握る両手に鈍い痛みを与える。



(これ……!や……やばいかも……!)



 ボールとのせめぎ合い……だが、ラルの時とは比べ物にならない。ボールの威力に押されるというよりも、スキルに全身を攻撃されている感覚。黒い雷がバットを幾重にも走り抜け、その度に両手の皮膚を焼かれて骨が軋む。

 これまで感じた事のない鋭い痛み……

 

 だが、俺の心はまだ折れていなかった。



(だけど、何があってもこのボールは打ち返すと決めたんだ……ここで諦めるわけにはいかん!ユリア自身のためにも、俺が負けちゃダメなんだ!!)



 その時、それは突然発現した。

 再び、右眼に暖かな感覚を感じかと思えば、突然視界が紫に染まる。



(な……なんだ……!?)



 視界の全てが紫に染まるというこれまでにない事態に驚きを隠せずにいたが、ふと両手の痛みが治まっている事に気づく。バットに視線を向ければ、漆黒の雷撃の威力が収まったように見え、ボール自体の威力も弱まったようにも感じられた。


ーーーい……今だ……!全身全霊で打ち抜け!!


 よくわからないまま瞬時にそう判断した俺は、握っていたバットをとにかくがむしゃらに振り抜いた。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 バッターボックスで轟音が鳴り響いた後、場内には沈黙が訪れていた。

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