63ストライク プリベイルの誤算


「くっそぉぉぉ!!」



 ベンチに戻ってきたユリアは、怒りの咆哮とともにバットを地面に叩きつけた。その拍子でベンチにはヒビが入る。


すでに試合は2回を終え、残すは最後のイニングのみ。しかし、その結果はいまだに0−0と動きはない。

 それもそのはずだ。

 自分は相手の少女の投げるボールに翻弄され、バットを掠らせる事すらできずにいるのだから。

 一対一の勝負であるがゆえに、それぞれが1イニングにつき3打席打つ事ができるにも関わらず、ここまでの結果は6打席とも互いに三球三振……。場内からは「いい加減に打ってくれよ。」と言わんばかりのため息まで聞こえてくる始末に、ユリアは怒りが収まらなかった。

 

 側から見れば、勝負は拮抗しているかのようにも感じられるが、自分はそうは思っていない。確かに相手も打ててはいないが、それが"自分のスキルに手も足も出ないから"なのかは今となっては疑わしく感じている。

 なぜなら、自分とソフィアの打席には大きな違いがあると理解しているからだ。



(あいつ……これまで一度もバットを振ってないじゃない。)


 

 自分はバットを振っても当てることができない。それに比べて、ソフィアは自分が投げるボールを観察するようにジッと見ているだけで、これまでの打席で一度も微動だにすらしていないのだ。

 その事実が、さらに怒りを湧き上がらせる。



(なんなのよ、あいつは!!バットを振らないとか、勝負する気あるわけ!?それにあんなボール、見た事も聞いた事もないわ!スキルも使わずに、なんであんな風にボールを変化させられるのよ!?)



 チラリと相手側のベンチへ目を向けるが、当の本人はヘラヘラしながら仲間と話をしている。こちらには視線もくれずにただただ笑っている態度がさらに怒りを呼ぶ。



(ヘラヘラしやがって……!この状況は予想の範囲内って事!?くそっ!私の方が完全に舐められてるじゃない!!)



 想像していた未来とはかけ離れている現状に、ユリアは気が気でなかった。本来であれば、初回から完膚なきまでに叩きのめして、1イニングで終わらせてやるつもりだったのに、結果は互角……いや、どちらかと言えば自分の方が不利な状態と言ってもいい。


 今頃、試合を終えて父様と皇帝陛下に謁見し、ベスボル協会への登録を認めさせているはずだったのに。観戦用のテラスにいる父がどんな顔をしているのか……そう考えると、どうしようもない焦りが心を埋め尽くしていくのがわかる。

 ベスボルで成り上がる為に……この日の為に多くの投資をしてもらってきたというのに、このまま無様な姿を晒し続ければ勘当されるどころの話ではない。ベスボル教育は打ち切られ、信用を失った自分は貴族間のパイプを支える為の礎にされるだろう。要は政略結婚、好きでもない男と結婚させられる訳だ。



(そんなの絶対に嫌……私はベスボルに生きてベスボルに死にたいのよ!!)



 そんな想いに歯を食いしばり、拳を力強く握り締める。その拍子に口の中には鉄の味が広がって、手のひらには小さな痛みが訪れた。



「ユリア……冷静にだ。」


「わかっているわ!!わかっている……けど……!!」



 ゲイリーの言葉に反発してしまうのは筋が違う。

 そう分かってはいても、ぶつけようのない怒りは常に向ける矛先を探しているから仕方がない。

 仕方がないのだが、ゲイリーもこちらの心情など気にはしない。淡々と自身が分析した内容を冷静に告げていく。彼はいつだってそういう男だ。



「焦るなと言っている。確かに俺も最初は驚いた。感知スキルに引っかからないほど巧妙に魔力を隠蔽したスキルなど、今まで見た事がないからな。唯一、可能性を推察するならば、それは"無属性"によるものだろうが……しかし、何度も見ていてわかった。あれは単純に投げただけの普通のボールだ。」


 

 ゲイリーの発言には思いやりの欠片などは一切ない。それを打てないから落ち込んでいるのだが、そんな事は彼には関係ない。


 しかし、その言葉はある意味でユリアの感情を少しだけ落ち着かせた。



「……そうね。でも、もし魔力を使わない単なるボールだったとして、あの変化はいったいなに?スキルでもないのにボールが大きく落ちたり曲がったりする。一番最初なんて、ボールが分身したように視えたわ。」


「確かにな。もし本当に魔力を使わず、ボールをあれほどまでに変化させる事ができるなら……それは俺も知らない技術だ。」


「ゲイリーが知らないような技術に……私は"あれ"に対応できる自身はない……」



 そう肩を落としたユリアを見て、ゲイリーは内心で驚いていた。

 どんな状況であっても、常に持ち前の負けん気で乗り越えてきたユリアが、ここまで心を折られている事に。誇りと自尊心の塊のような彼女が、庶民の少女が投げるボールを前にして自信をなくしている事に。

 本来なら、コーチとして彼女を優しく激励するべき場面。自信を取り戻させ、心を鼓舞し、この試合に勝つためのモチベーションを取り戻させなければならない。

 だが、それは自分がもっとも苦手とするものだ。



(ここまでユリアが追い込まれる想定は、今の段階ではしていなかったからな。)



 どうしたものかと少しだけ悩んだ末に、意を決して柄にもない言葉をかけようと口を開いたその時だった。



「ユリア!!なんだこのザマは!!」


「お…お父様……!!」



 怒りに満ちた声がベンチ内に響き渡り、振り向いたその先にはユリアの父マルクスが怒りの形相を携えて立っている。しかも、いつも綺麗に整えられた髪や服は乱れており、冷静さを欠いていることが窺えた。



「あんなボールも打てんとは!このバカ娘が!!私に恥をかかせる気か!!」


「ご……ごめんなさい!」


「謝罪など要らんのだ!!あんな庶民の小娘など、さっさと叩きのめしてこい!!お前はこんなところで足踏みしている暇などないのだぞ!!」



 おそらくはヨハン=ジャスティスに何か言われて、皇帝陛下の前で赤っ恥でもかかされたのだろう。彼の言動と態度からそう推測できる。彼は体裁をとても気にする男だ。皇帝陛下の前とあっては気が気であるまい。

 そして、その怒りの矛先が自分にも向く事はわかっていた。



「ゲイリー!貴様も貴様だ!こういう時になんとかするのがお前の役割だろう!!何をしているのだ!!」



 ゲイリーはその言葉に無言で頭を下げた。

 報酬をもらっている以上、依頼主の言葉は絶対だし、そもそもマルクスの言葉にも一理ある。この状況を打破する為の策は、コーチである自分が考えなければならないが、未知の技術を前にそれができずにいる自分はマルクスに責められても仕方がない。

 しかし、ここで黙り続ける事は試合に負けると認める事と同義だ。時間は短いが、打開策をユリアを話し合わなければならない。

 そう思って口を開こうとしたが、突然ユリアがそれを遮るように笑う。



「お父様……申し訳ございません。次の回、必ずあいつを叩き潰して参りますので、この場はどうかお収めを。」


「当たり前だ!!さっさと行ってこい!!」



 マウンドを指差して吐き捨てるマルクスに、ユリアは頭を下げてグローブを拾い上げる。そんな彼女と視線が一瞬だけ合う。

 その顔には今まで見せた事がない悲壮感が浮かんでいたが、ゲイリーはただそれを見ている事しかできなかった。




 一方で、ソフィアはそんなユリアの様子をベンチから眺めていた。怒り狂う父親に何かを告げられて、ベンチから姿を現した彼女は気丈に振る舞っているが、雰囲気はどこか寂しげだ。

 貴族というものは相変わらずしがらみが多いらしい。そう感じながら、ソフィアはシルビアにある事を確認する。



「シルビアさん、試合中のタイムってどうやって取るの?」





『さぁ、試合も終盤!このイニングが最終回ですが、試合はいまだに0-0!!両者の快音は聞こえる事なく、試合は拮抗している状態です!!シードさん、ここまでの試合の流れをどう見られますか?』



 実況の男の言葉に、解説のシードは難しい顔をする。



『まさか、このような試合展開になるとは思ってもいませんでしたね。イクシード選手はユリア様のスキルに全く反応できていないように見えますが……対するユリア様も、イクシード選手が投げる手品のようなボールに四苦八苦している。正直、次の回に試合が動くかどうか……難しいところです。』


『なるほど。そうなると、今回はエキシビジョンマッチですから延長戦はありません。このまま勝敗がつかない場合は引き分けとなりますが……その場合は観客にとっても非常に残念な結果となりますね。』



 シードは実況の言葉に頷いた。



『ここは我らがアイドルでもあるユリア様に頑張って欲しいところ!!さぁ、最終イニングが始まります!!』



 実況がそう告げると同時に、グラウンド上にユリアの姿を視認した場内の観客たちが湧く。

 それらはユリアに向けられた声援がほとんどだが、シードは気づいていた。少なくもソフィア=イクシードに影響を受け、彼女を応援する声が混じっている事に……そして、最後の回に起こるであろうドラマを想像して、彼は人知れずニヤリと笑う。



(ソフィア=イクシード……最終回はもちろん打ってくれるんだろう?)

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