61ストライク スキルと変化球


ーーースキル……


 それは人々の生活を支え、産業の発展に寄与しているこの世界においてはなくてはならない重要な技能。

 そして、俺が生きていた世界にはなかった人智を超えた力だ。


 これらのスキルは魔力核で生み出される"魔力"を体内で外部エネルギーへ変換し、体外へ放出する事で発動できる訳だが、その種類は魔力の"属性"に関係しており、多岐に渡って存在する。

 現在、この世界で確認されている属性は、火、水、土、風、雷、氷、闇、光、聖、魔の10種類で、生き物は必ずこの中から二つ以上の属性を持って生まれてくる。それを掛け合わせ、魔力を"適切に"操作する事で多種多様なスキルの使用が可能となるのだ。

 逆に言えば、魔力操作が下手くそだとスキルは発動できない。そして、スキルが使えないと働き口が見つからない事もこの世界では少なくない為、人々は幼少期の子供たちに魔力操作をしっかりと学ばせるのである。

 だが、時折、魔力属性を一つしか持たずに生まれてくる者がいて、この世界では彼らの事を『偏属者』と呼ぶらしい。

 要は、蔑称に近いものなんだろう。

 ちなみに、俺ことソフィアがそれに当たる訳だが、加えて残念な事に、持っている属性も"無属性"という処遇としては一番最低な位置に置かれている。しかも、この世界で無属性は魔力の属性とすら認識されていないのである。

 まぁ、属性が"無い"んだから仕方ないし、これに関しては、いつかアストラの奴をぶん殴ると決めている訳だが……


 話が逸れてしまったが、なぜスキルの話をしたかと言えば、俺はユリアが使っていた"黒雷"というスキルが気になってしかたなかったからだ。

 あんな童心をくすぐられるようなカッコいいスキルを見せられたら、気にするなっている方が難しい。どの属性をどうやって掛け合わせたら、あんなカッコいいスキルが使えるんだろう。

 マウンドでプレートに足をかけたまま、俺は空を仰いで身震いしてしまう。



「ちょっと!何やってんのよ!さっさと準備しなさいよね!」



 バッターボックスで構えていたユリアが、痺れを切らしてそう叫ぶ。見れば、持っているバットとともに、鋭い睨みを俺に向けている。

 そりゃあ、相手が勝負の真っ最中に呆けた顔で空を見上げていたらそうも感じるよな。でも、それだけユリアの黒雷がカッコよかったんだよ。それを君に伝えたいなぁ。



「あははは……ごめんごめん。」



 俺がニコニコと笑顔を向けると、ユリアはゲンナリとした表情で舌打ちをするが、すぐに気を取り直して再び打撃の構えを取った。

 そんな彼女の事を左眼の神眼で観察してみる。もちろん、バレないようにしてだけど。

 彼女の構えはスタンダードなもので、足の開き方も肩幅程度と腰を回しやすくバットをスムーズに振り出しやすい基本的なフォームだ。それに加えて、グリップの位置も肩の高さ、かつバットの角度も地面から45度程度で落ち着いている。


ーーー打撃の基本は"力まない事"だけど、それを一番実践できる基本の構え。


 それを確認した俺は、思わず感心してしまった。

 あの歳で、このフォームを体得しているのは本当にすごい事だ。きっと血の滲むような練習と苦悩を経験してきたに違いない。大人でも悲鳴を上げるような訓練をしてきたであろう目の前の小さな少女の姿に、ついつい感嘆が漏れてしまう。

 しかし、だからと言って俺が手を抜くかと言うと、そんな事は絶対にあり得ないし、ユリアもそれは望んじゃいないだろう。

 俺自身の全てをぶつけて、ユリアに勝つ……その為にここに立っているのだから。



(とりあえずは、様子を見てみようかな。)



 この世界の連中が"変化球"を知らないという事は、帝都で出会ったあの三馬鹿で実証済みだ。

 ユリアもそれは同じはず……

 スキルみたいに激しい変化はしないけど、意表を突く事はできるだろう。



(これにどう対応するかで、彼女の打撃のポテンシャルがだいたいわかるだろう。)



 そこまで考えて、俺は投球モーションを開始した。

 足を上げてグローブを胸の位置へ引き寄せる。すでに投げる球種は決めている。現役時にもよく投げていた得意な球種……こういう場面で投げるとめちゃくちゃ面白いんだよ、これは。


 これから起きるであろう未来の出来事に笑みをこぼしつつ、俺は異世界で初めて本気で対戦する相手への記念すべき一球目を放った。





「一球よ……一球であんたの自信をぶち砕いてあげるわ。」



 投球モーションを行う生意気な少女を目の前にしてユリアはそう呟くと、握るバットに魔力を込めていく。

 相手がどんなボールを投げて来ようとも打ち返す自信ならある……むしろ、打ち返せる自信しかないと言ってもいい。これまでたくさんの相手とベスボルで勝負を行ってきたが、一度たりとも打てなかったボールはなかったし、全てのボールを場外へと叩き込んできた自負が自分にはあるからだ。中にはゲイリーが手配して連れてきたプロのベスボル選手もいて、かなり苦戦を強いられた事もあった。だけど、最後にはさっきのスキル”黒雷”できっちり抑えてやったし、相手のボールだって完膚なきまでに打ち返してやった。

 本物の才能に触れて自信を喪失したその選手は、どうやらその後に引退してしまったと聞いているが、そんな事は自分には関係のない事だ。

 スポーツの世界は弱肉強食……弱い者は淘汰され、強い者だけが生き残るのは自然の摂理。自分はそれを体現しているだけなのだから。


 

(この勝負だって、私の覇道の一部……踏み台の一つなのよ。それをあんたにわからせてやるんだから。)



 そう考えながらソフィアを睨みつけてみたものの、ふと違和感に襲われた。彼女の動作に目を奪われている自分に気づいたのだ。

 なんて流麗な動作なのだろうか。

 力の伝達がスムーズに行われる無駄のない動き。打撃の時と同じく、投球フォームもとても綺麗な動きをしている。ここまで無駄のないフォームを身につけるために、彼女はいったいどれだけたくさん努力を積み重ねてきたのか。今まで出会ってきたどの選手よりも、研鑽が重ねられた技術。自分も同じような環境に身を置いてきたからのわかる。

 生半可な、決して軽い気持ちでは絶対に辿り着けない境地に身震いしてしまうが……



(だからこそ、あんたに打ち勝って私はその先へ行くのよ!)


 

 意外にも自分が冷静な事に驚きつつ、気を取り直してソフィアの動きに集中する。

 次の瞬間、ソフィアの右手からボールが放たれた事を確認するが、そのボールの様子を見てすぐに疑問が浮かんだ。



(何よあれ……!魔力の反応が……スキルを発動させていないわけ?!!)



 飛んでくるボールは、単純にSゾーン目掛けて投げられただけのように感じられた。魔力の欠片さえ感じられない。



(いったい何のつもりなの?……まさか魔力が使えないとか?いや、それはあり得ないでしょ。私と勝負する以前に、魔力なしじゃベスボルはできないんだし。)


 

 思いがけない相手の行動に、頭が半分混乱している。

 だが、この歳でいくつもの勝負をくぐり抜けてきた経験は伊達ではない。冷静に判断を下すもう一人の自分がちゃんといる。



(スキルのないボールなんて、止まっている小石と同じよ。よぉく動きを見て、芯で捉えればすでに勝負はついたようなものじゃない!所詮は田舎の庶民……見栄だけは張れても、実力は伴わないのよ!)



 視界には、ゆっくりとこちらに飛んでくるボールが映し出されている。その軌道はSゾーンのど真ん中に一直線。球筋は素直だが、パッと見た感じはノビもありそうだ。

 だが、スキルは発動されない。それはベスボルにおいて致命的な欠点だ。もし仮に魔力を行使できない魔物が存在したとして、スキルを使える幼い子供と戦わせたら、軍配は子供に上がる。それほどまでにスキルは重要な技術であるからだ。

 ベスボルは予測と駆け引きのスポーツだ。なのに、今日の相手はそんな事お構いなしに、ただボールを投げてくるだけ。打撃だって、バットを振る事すらしなかった。



(この世界、あんたが考えているほどそんなに甘くはないのよ!!)



 心の中でそう吐き捨てる。そして、ボールの軌道に確信を持ち、タイミングを合わせて"無回転"で飛んでくるボール目掛けてバットを振る。





 だが……

 皮肉にもユリアのバットは空を切り、場内が響めきに包まれた。

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