60ストライク 俺の番だ


『シードさん、今のはものすごいボールでしたね!』



 実況の男は目を輝かせ、体を乗り出してグラウンドに視線を向けると、食い気味にそう問いかけてくる。それに対して、解説のシード=ユリウスは冷静さを保ったまま口を開いた。



『いや……今のはすごいなんて言葉では片付けられないですよ。』



 実況の男には振り向きもせず、シードはユリアを見据えてそう告げる。



『そもそも、雷属性のスキルは扱いがけっこう難しいんです。自然系スキルの中でも難易度はダントツに高いですし、体得には大人でも苦労しますからね……』


『確かにそうですよね!プロのベスボル選手でも雷系のスキルを扱う選手は多くはありませんし……それをあの歳で平然と使いこなすユリア様の才能は、まさに本物という事でしょう!しかし、ユリア様が発動したものは"黒い雷"でしたね。これについてはいかがでしょう。』



 その問いかけに、今まで冷静だったシードの顔に悩ましさが浮かぶ。



『確かにあれは雷のようにも見えますが、その性質は全く別の物ですよ。確かにベースは雷属性ですが、そこに複数の魔力を高密度で練り込んでいるんです。』


『複数…ですか……?』



 実況の男が信じられないといった表情を向ける。



『えぇ……火、風、水、土など、いくつかの魔力を適切に配分して練り込むんです。だから、かなり緻密な魔力操作が要求されます。』


『でもですよ?本来、スキルというものは一つの属性……多くても二つを掛け合わせて発動させるのが主流ですよね。複数を掛け合わせるなんて聞いた事がないのですが……』



 その言葉に、シードは感嘆を混じえたため息をつき、改めてユリアへ視線を送る。



『だから、"すごい"なんて言葉じゃ足りないんですよ。』





「フフフ……どうかしら?私の必殺の一球は。」



 Sゾーンから自動的に手元に戻ってきたボールをグローブで受け取り、ユリアは楽しげにそう告げた。

 場内は彼女への歓声で溢れている。今の一球に対する感嘆や驚きが響めき、彼女への称賛へと生まれ変わっていく。

 だが、対する俺はというと、ユリアの言葉よりもSゾーンの万能さに感嘆を漏らしていた。

 

 おぉ……さすが本場のSゾーンはかなり万能だな。単なるバッティングネットの役割だけじゃなくて、キャッチャーと審判の役割も担ってる訳か。ラルが持ってる簡易的なあれとはえらい違いだな。あれはボールを自分で取りに行かなきゃならないし……


 ラルが持ってる簡易的なSゾーンは、ボールを受け止める機能はあるもののその強度は低い。なぜなら、俺が投げてもそれを受け止められず、突き抜けてしまうからだ。

 市販されてるものだから簡易的に造られているのはわかるけど、その辺の性能はちゃんと設計してほしいとラルに愚痴った事があるけど、その時は俺のボールの威力の方がおかしいと言われてしまった。

 でも、仕方ないから使い続けているうちに、何個ボールを無くした事か……その度にラルが肩を落として落ち込んでいた事を思い出すとマジウケる。


 ふと、ラルとの勝負や特訓での一幕を思い出して、笑みが溢れてしまう。

 すると、ユリアはそれを自分がバカにされたと捉えたようだ。こめかみに浮かぶ青筋がそれを物語っている。



「ちょっとあんた!何笑ってんのよ!私の話、聞いてるわけ!?」


「え……?あぁ……聞いてるよ。すごいボールだったねぇ。」


「……っ!」



 ヘラヘラする俺の態度を見て、彼女の顔にさらなる怒りが浮かぶ。だが、即座にゲイリーに諭されたユリアは、ぶつけようのない怒りを晴らすようにゲシゲシとマウンドを踵で何度か蹴りつける。

 そして……



「はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!もういい!!我慢するのはやめるわ!!」



 地面を蹴る足を止め、空を仰いでユリアはそうこぼすと、俺に鋭い視線を向ける。



「この回はもう終わり。あと2球でね。みんなを驚かす事もできたし、あとは完膚なきまでにあんたを叩きのめして私はプロへの道を開くわ。」


「えぇ〜そうなの?もっとユリアちゃんの投球見ていたいんだけど……」


「舐めるんじゃないわよ。私が終わらせるって言ったらそうなるのは決まってるのよ。あんたのそのヘラヘラ顔も見飽きたのよ!」



 そう言うと、ユリアはマウンドのプレートに足をかけた。早く終わらせると言うのは本当なのだろう。さっさと構えろというように、俺に顎で指示を出してくる。

 俺は笑顔のままその指示に従い、再びバッターボックスへと足を踏み入れた。



「庶民のクズが……私をバカにするんじゃないわよ。」



 ユリアが何か言ったように聞こえたが、声が小さ過ぎてわからない。それに、確認する間もなくユリアが投球モーションを始めたので、俺は仕方なく左眼に小さく青い炎を宿した。

 



 

「ユリア……冷静にと言っているだろう。」



 マウンドから戻ったユリアにゲイリーがそう告げるが、当の本人は彼の言葉には返さず、ピンク色のタオルを手に取って汗を拭いている。



「おそらくだが、奴は何かを隠しているぞ。あの余裕がそれを物語っている。それを冷静に見極めねば足元を掬わ……」


「わかっているわ。」



 ゲイリーの言葉を遮ってユリアはそう告げると、タオルを置いてスポーツ飲料を口にする。



「ぷはぁ……だってあいつ、私の『イモータル・バレット』にもあんまり驚いていなかったもの。むしろ、逆に楽しんでいる感じ……だからムカつくのよ。」


「そうか……なら、次の攻めでその正体を見極めよう。」


「そうね……」



 小さく呟き、ソフィア側のベンチをじっと見据えるユリアを見て、ゲイリーは内心で少し驚いていた。

 意外にも冷静……いつもなら高飛車に、高慢かつ傲慢な態度で相手を見下しているのに、今日はどこか様子が違う。



(同年代……それに加えて、自分に臆す事のない相手の態度に、ユリアの中で何かが変わったのか。)



 ゲイリーもソフィア側のベンチへ視線を向ける。

 楽しげに笑う小さな金髪の少女の姿に、小さな期待を寄せてながら。





「どうだった?」



 スーザンの言葉に俺は笑う。



「やっぱり試合は楽しいね。」



 シルビアが持ってきてくれたタオルを手に取り、汗を拭って水分補給を行う。



「さっきのスキル、すごかったわね。」


「そうだね。黒い雷とか初めて見たよ。」



 シルビアの言葉に頷きながら、タオルとボトルを彼女へ返す。



「あれは"黒雷"と言ってね、見た目は雷のように見えるけど、全く別のものよ。」


「"黒雷"……!?なにそれ!かっくいい!!」



 なにそれ!くすぐるよ俺の心を!!男の子の心をかなりくすぐってくるネーミングだな!

 目を輝かせる俺の態度に少し引きつつ、シルビアは話を続ける。



「こ……黒雷は雷属性の魔力をベースに複数の魔力を掛け合わせて発動させるスキルなの。その分、魔力操作も難しくて大人でもなかなか扱えきれない代物よ。」


「そんな高度なスキルを6歳で……実力は嘘ではないという事か。」



 スーザンの言葉にシルビアはこくりと頷く。



「なら、打撃の方も凄いんだろうな。」


「プロを負かしたくらいだしね。そっちの方も注意してね。」


「うん!大丈夫だよ!」



 楽しげに笑う俺に対して、スーザンもシルビアも笑顔でため息をついた。

 すると、今まで静観していたニーナが口を開く。



「ソフィアが楽しければそれでいいのよ。ケガだけには気をつけて、しっかりやってきなさい。」


「うん!母さん、行ってくるね!」



 母の笑顔に癒され、そして見送られながら、俺は次に目指すべき場所に向けて足を踏み出した。





『さぁ!今度は攻守を変えてユリア様の攻撃です!しかし、さっきのイニングはものすごかったですね!シードさん!』



 実況の男は興奮冷めやらぬ様子で、シードへ話しかける。



『そうですね。まさに電光石火の如く……たった3球で終わらせてしまうとは。』


『えぇ、イクシード選手も驚いた様子でした。そして、ここからはユリア様の打撃が見られるわけですね!さらに期待が寄せられます!!』



 彼の言葉に場内が反応する。

 バッタボックス前に立つユリアに向けられた声援は、相変わらず大きな喧騒となり響いているが、彼女は全く気にする事なく素振りを行なっている。



「さてと……やっぱりここは落ち着くなぁ。」



 プレートの位置を確認して、自分の足に馴染むように手を加えていく。いや、ここは足を加えると言った方が正しいか。

 そんな事を考えながらユリアに目を向けると、相変わらず鋭い視線。

 めちゃくちゃ怒ってるな。でもまぁ、それが目的で飄々とした態度を取っている訳だし……作戦は順調だな。


 再び、Sゾーンからブザーが鳴り響き、イニング開始が告げられると、それを聞いたユリアがバッターボックスに入って打撃の構えを見せた。

 それを見た俺はプレートに足をかける。

 この感覚……甲子園の決勝戦の初球よりヒリヒリする。胸の鼓動が、耳に届くぐらい音を立てて鳴っているのがわかる。

 俺の魔力には属性がないから、ユリアみたいにあんな凄いスキルは使えない。できる事はボールに魔力を込めて投げるだけ。

 だけど、負ける気は一切なかった。


ーーーどんな時でも、野球は楽しむ事が大切だ。


 そんな恩師の声が聞こえた気がして、小さく微笑むと、再びユリアに視線を向ける。



(さぁユリア……今度は俺の番だ!)

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