59ストライク 頭痛の種と武者震い
「あれは……!」
皇帝の横に座って孫を見守っていたヨハンは、ユリアが発現したスキルを見て小さくも驚きの声を漏らした。
皇帝トウサもユリアの様子を感心した様に見つめているが、その隣のマルクスだけは自慢げな笑みを浮かべている。
「さすがはヨハン殿、我が娘の才能にお気づきになられましたか。」
わざとらしくそう告げるマルクスに対して、ヨハンは内心を悟られまいと表情を崩さずに視線を向ける。
「まさか"黒雷"を体得していようとは……さすがはプリベイル家の血筋ですな。」
貴族らしく建前で応戦するヨハンの言葉に、トウサが付け加える様に頷く。
「この世に存在する多くの属性の中で、雷は特に扱いが難しいとされているな。そんな雷属性を主軸に発動させるスキルの中で、黒雷はもっとも難易度が高いと言われているスキルだ。雷と多種類の属性を緻密に掛け合わせるだけでなく、"その場に留めて置く"為の高度な魔力操作が要求される。まさに雷馬の如く暴れ回る魔力の手綱を握り続けるのは大人でも困難であると言うのに……お前の娘は大したものよ。」
トウサは満足げに笑いながら、手のひらにパチパチと黒い電撃を再現して見せた。
ーーーどんなに高度なスキルも、皇帝トウサは簡単に発現し使いこなす事ができる……
ヨハンはその様子に喉を鳴らした。
彼……いや、クレス帝国の皇帝という存在たる所以を目の当たりにして、畏怖している自分を感じていたからだ。
一方、マルクスはそんな皇帝の様子にかなりご満悦だ。娘を褒められた事に対して皇帝に御礼を述べると、再びヨハンへと目を向ける。
「愚娘は初めから本気でやる気の様ですな。"あれ"は今のユリアの最強のスキル。ヨハン殿には……いや、お孫様には申し訳ない事を……ですが、何事も勝負事には全力で行けと、ユリアには日頃から教育しているものでね。怪我などさせてしまわないか……些か心配ではありますなぁ!」
試合は始まったばかりだと言うのに、すでに勝ち誇った様なマルクスの顔を見て、ヨハンは内心でため息をついた。
気分を台無しにされた事もそうだが、元より今回の事について彼は多大なる不満があったからだ。
この試合は元々、『インフィニティーズ』と我が孫ソフィアのいざこざ……その程度の案件であるはずだった。
だが、ムースの奴がユリアに余計な提案ーーー半ば強制だったのだろうがーーーをしたせいでこんな面倒臭い事になってしまったのだ。
確かに、皇帝陛下に我が愛孫の才能を見せるチャンスを作ってくれた事には、感謝していないと言えば嘘になる。ニーナやスーザン、そしてジルベルトたちから聞いた話によれば、ソフィアはかなりの才を持っている様だったからだ。
しかし、今回はその相手自体に問題がある。
マルクス=プリベイル。
ジャスティス家と同じく、公爵の爵位を賜った貴族プリベイル家の現当主であり、彼はヨハン同様に皇帝の子孫にあたる男。
ジャスティス家は第5代目皇帝の次男の子孫にあたるが、プリベイル家は第7代目皇帝の三男の子孫である。
どちらも皇族の血筋であるが故に、皇帝より今の地位を与えられている訳だが、第5代目からの子孫であるジャスティス家の方が貴族としての歴史が長い事もあり、その分、周りの貴族や庶民からの人望は厚かった。
ここからはよくある話だが、プリベイル家はそれを良く思わず、ジャスティス家に対していつしか敵対心を持つようになっていったのである。
マルクスの父であるベルザスはすでに他界しているが、生前の彼もまた、ヨハンに対してライバル心を燃やし、それを見て育った今のプリベイル家の当主マルクスもまた、ジャスティス家に同じ想いを抱いているという訳だ。
そして、その因縁がきっかけとなり、ジルベルトとマルクスの間にある事件が起きてしまった訳だが……
(相変わらずいやらしい男だ……)
あの事を思い出すと、頭が痛くなる。
結果的に、ジルベルトはニーナと幸せな生活を営んでくれている様なので、それに関しては安心している。
しかし、今のこの状況を知ったジルベルトの心境を考えると、本当に申し訳ないと感じざるを得ない。彼自身も、自分の娘に自身の因縁を背負わせる事になるとは思ってもみなかっただろう。
対象年齢に満たないユリアをベスボル協会に登録させたいなら、他にいくらでもやり方はあったはずだ。インフィニティーズに加入させずとも、皇帝の前で実力を見せる為の場を設ける事など、公爵家の力をもってすれば簡単な事。
だが、奴がわざわざこの状況を作り上げた理由は一つしかない。
(そうまでして、我がジャスティスとイクシードの邪魔をしたいのか。)
ユリアはマルクスの娘だ。
父の背を見て育った彼女が、一族同士の因縁の目を向ける相手は我が孫達になるとは予想していたが、その対象がまさか末っ子のソフィアになるとは……
ヨハンはそう考えて再びため息をつくが、すぐに前を向いて自分の孫娘へと強い眼差しを送る。
(だがな……私のソフィアちゃんの覇道は、絶対に誰にも邪魔はさせん!!)
・
「な……なんだこの悪寒は……」
目の前では、ユリアがものすごいスキルを放とうとしているのにも関わらず、俺はなぜか背筋に寒気を感じて身震いしていた。
理由はわからない。だが、明らかにわかっている事は、これはユリアのスキルに対して感じているものではない。絶対に……
殺気とかそういう類のものではなく、何かこう気持ちが悪いというかなんというか……
「イモォォォォタル・バレットォォォォ!!」
そうしているうちに、ユリアの手元からは紅炎と黒雷を纏うボールが放たれた。それは豪炎と雷鳴を轟かせ、地面にその余韻を残しながら一直線にこちらへと向かってくる。
その様子は、まるで小さな隕石にも見えた。
ボールの回転に合わせて、渦を巻く炎と黒い雷が絡み合う様子はまさに未知なる力の象徴。野球では絶対に体験できないヒリヒリとした高揚感に胸が躍ってしまう。
(想像どおり、初球はストレート……それも特大のスキルを載せて!)
だが、俺自身はそれでいて冷静だった。
周囲に悟られない様に左眼に青い炎を宿すと、飛んでくるスキルの解析を始める。
それでわかった事は、まずあの炎自体には大した威力はないという事だった。炎だけで比べるなら、ジルベルトの『空挺炎撃』の方が格段に強いだろう。
だが、問題は黒い雷の方だ。
あれはかなりヤバい代物だとすぐにわかった。雷に触れた事はないけれど、仮に"あれ"に触れたならば思っている以上のダメージを体に受ける事になる……そう容易に想像できるほどに。
(本当は試してみたいけどな……)
打ち返したいという想いに体が疼く。
だが、この回の打席は全てユリアの球筋を見切る事に費やすと決めているから、ここでバットを振るわけにはいかない。
バットのグリップを強く握り締め、飛んでくるボールを見極めようとしていたその時だった。
「え……?」
視認していたボールが、突然視界から消え失せた……いや、消えたというのは正確ではない。正しくは、爆発的な加速力から生み出されたそのスピードにより、ボールを視認できなくなったのだ。
ズドンッと重たい音が後方から鳴り響く。
かと思えば、焦げた臭いとパチパチと小さく弾ける黒い残撃が、ボールが目の前を通り過ぎた事を証明しているかの様にそれぞれの器官に語りかけてくる。
(こ……こんなこともできるのか!!魔力ってどんだけ万能なんだよッ!)
ユリアのパフォーマンスは、予想どおり観客の心を鷲掴みにした様だ。
彼らの盛大な歓声……そこから湧き起こる激しい喧騒が、ビリビリと肌に突き刺さる。
だが、今の俺にとってはそんな事はどうでもよかった。Sゾーンに突き刺さったボールには、黒い雷の余韻が残っていて、あたかも俺を嘲笑っているかの様にも思える。
震える手に視線を落とす。
この震えは恐怖からきているものだ。神眼でも視認すらできないほどのスピードと、当たれば致命傷を免れないだろう激しいスキルに、俺の体は無意識のうちに恐怖しているのだ。
だが、それ以上に……
俺はユリアに視線を向ける。
どうだと言わんばかりの表情を浮かべる彼女を見て、今まで以上に体が震え始める。
これは武者震いだ……今まで体験してきたどんな場面でも感じ得なかったほど激しい武者震い。
その根底にあるものは、ベスボルに対する渇望……勝利への渇望だろう。
ーーーあれを打ち返したい……そして、ユリアに絶対に勝ちたい!
口元に笑みを浮かべてそう考える。
そんな俺の右眼に赤い炎が燻っていた事には、場内にいる誰も気づいてはいなかった。
もちろん、俺も含めて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます