53ストライク 俺を超えてゆけ
森の中でぽっかりと不自然に開けた空間。
俺はそこでジルベルトと向き合って立っている。
「ソフィア……お前には一つ教えておく事がある。」
腕を組んでそう告げるジルベルトを、俺はジッと見据えていた。
スーザンから公式戦の話を聞いたジルベルトは、ニーナに「出かけてくる」と一言だけ伝えて俺だけを連れ出すと、そのまま小一時間ほどかけて森を抜けてこの場所に来た。長年狩りを続けてきたジルベルトにとってこの森は庭のようなものなんだろうけど、俺からすれば魔物が住む森の中でぽっかりと開けたその空間は、何となく異様で不気味な気がした。
「ここはな……本来、イクシード家の当主を継ぐ者が技術を磨く為に作られた、謂わば訓練場なんだ。」
ジルベルトの言葉を聞いて、俺はゆっくりとある山の頂に視線を向けた。
サウスの街外れに住まいを構えるイクシード家の裏には、"朱き血脈"と呼ばれるヴァーミリオン・ヴェイン山脈が雄大に腰を据えている。この山脈から降りてくる魔物を狩り、街を守る事こそがイクシード家の当主の使命であって、この空間は次期当主になる者が現当主から技術や知識を学び、最後の試験を受ける場所でもあるのだと言う。
直径100メートルほどの円形の広場をゆっくりと眺めてみると、確かにところどころ切り株なんかが残っていて、人工的に作られた場所だという事がわかる。それに不自然に地面が抉れていたり、切り株や周りの木々には大小様々な傷跡が見られるが、それらがどうやって付けられたのかは想像がつかないほど、激しいものだった。
「父さん、ここが何なのかはわかったけど、お話ってなぁに?」
ここに連れて来られた理由が、いまだにわからない。ジルベルトは何を教えてくれるというのだろう。もしかして家訓とか……?それとも、ニーナの見てないところで怒られるとか……!?それはあり得るかもしれない。
そんな事を考えていると、ジルベルトがゆっくり腕を解き始め、そのまま俺との距離を少し取って向き直る。その様子を静かに眺めていた俺だったが、次の瞬間、父の周りに現れた真っ赤なオーラに目を丸くした。
本物の炎のような力強さに加えて、流水のように静かに体の周りを流れるその様子からは、練度の高さが感じられる。一度見た事があるラルのそれを思い出し、一瞬で格の違いを思い知らされた。
ーーーこれは人に向けていいものではない。
魔力とスキルの本質を目の当たりにして無意識に後退る俺に、ジルベルトはあるものを取り出すと、そのうちの一つをこちらに放り投げた。
「ソフィア!今から俺が投げるボールを見切って打ち返せ!それができれば合格だ!」
「え……バット……?父さん……何を……」
俺の足元には、ベスボル用のバットが音を立てて転がってきた。
ジルベルトのやつ、一体何を言って……
だが、戸惑っている俺の事など気にする事もなく、彼は発現させたオーラを手に持つボールへと収束させていき、同時に投球モーションをし始める。持っているボールがまるで燃えているかのように真っ赤に染まる。
(おいおい……まさか本当にスキルを使って……)
そんな事を考えているうちに、すでにジルベルトは振りかぶっており、流れるように動作を進めていく。左足を上げながら胸元に手を添える父の様子を見た俺は、本能的に転がっていたバットを拾い上げ、魔力を込めつつ迎え撃つ構えを取る。
すると、それを見たジルベルトが口元で笑みを浮かべて大きく叫んだ。
「5球だ!5球投げる間に打ち返せよ!」
ご……5球!?投げる寸前に言うなんてずるい!
「ソフィア、心しろ!これがイクシード家のみが使えるスキル『空挺炎撃』のベスボルバージョンだ!!」
その瞬間、ジルベルトのしなる右腕からいくつもの火球が放たれて俺に襲いかかってきた。
「なっ……!?」
すぐさま発動させていた左眼の神眼で、飛んでくる無数のボールを視認する。ものすごい勢いでこちらに飛んでくる火球は全部で10個だ。そのうち、中にボールが含まれているのはもちろん一つしかない。この勝負が一応ベスボル対決である事を考えれば、その一つを打ち返せば俺の勝ちのはず。
しかし……
(球筋が……数が多過ぎる!こんなの打てるわけ……!!)
飛んでくる火球はあらゆる方向へと駆け抜けていくが、それらは単に撹乱するためのものではなく、その一つ一つがストライクゾーンへと向かってくる事が神眼により確認できた。例えるなら、10本の腕から投げられた10個の変化球を打席で待ち構えている感じだった。
突然の事に冷静さを欠いてしまった俺は、その球筋を全て読み切れる事ができず、つい神眼を解いてしまう。縦横斜めと様々な方向から飛んでくる火球に完全に翻弄されてしまい、その中にある本物のボールの位置を把握できずにいる。
(このまでは埒が明かない!一つに……絞るんだ!)
そう考えて、もう一度集中して神眼を発動させるが、すでに火球は目前に迫っている。散らばっていた火球たちは、一つの場所へ収束するように集まり始めており、ストライクゾーンへ向かっているはずなのになぜか自分に襲いかかってくるように感じた。
(くっ……!感覚を研ぎ澄ませ……この眼の持てる力を出し切るんだ。)
そう考えて、必死に左眼に魔力を集中させる。
ーーー縦に落ちる…3つ……横…スライダーとシュート系が5つ……カーブ…シンカー……
変化の名称を野球から引用したのは癖だろう。神眼に映る視界には、まるでシミュレーションされたようにそれぞれの火球の行く末が予測されていく。今まで行った事がないレベルで集中したためか、気付かないうちに鼻の辺りに生暖かい感触が通り過ぎるが、そんな事に構っている余裕はない。野球で培った経験則と神眼による解析により、頭をフル回転させて全ての火球の球筋を見極めていく。
そして……
ーーーこれだ!!!
一瞬だけ……一瞬だけだが、どれが本物のボールなのか垣間見えた気がした。
しかし、それ以上解析するにはあまりにも時間が足りない為、ここからはあくまでも自分の経験則に委ねるしかない。信じるのは長年培った野球に対する勘だけだ。それに解析に多くの時間を取られてしまった為、もはやタイミングが合っているかなんてわからない。ただ、これだと思った火球に対して、自分を信じてバットを振り抜くのみ……
「それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
気合いを入れるように声を上げる。振ったバットが狙っていた火球目掛けて弧を描く。
ーーーこれは……打てる!
そう感じて口元に小さく笑みを浮かべたその瞬間、無数の衝撃が突然バットと俺の両手に襲いかかった。今まで感じた事もないほど強烈な衝撃に負けまいとバットを握り直すが、その衝撃は俺に意思に反していとも簡単にバットをへし折った。いや砕けると言った方が正確かもしれないが、それと同時に炎の熱気が全身を襲い、何かが焦げる臭いが鼻をつく。
「あ……れ……?」
「……」
なにが起きたのかわからず、呆然としたまま立ち尽くす俺に、ジルベルトが偉そうな笑みを浮かべて大きく叫ぶ。
「なんだソフィア……お前ベスボルをやりたいとか言う割には、この程度も打ち返せないのか?」
一瞬、ジルベルトが驚いたような顔をしていたようにも感じたが、それよりも彼の言葉に俺はイラッとしていた。もちろんジルベルトの態度に対してもそうだが、それだけではない。自分の不甲斐なさにも悔しさを感じていた為である。
どんな球でも、この神眼があれば打ち返せる。この力があれば、簡単にベスボルプレイヤーになれるとさえ思っていたそんな根拠のない俺の自信は、ジルベルトにいとも簡単に打ち砕かれてしまった訳だ。
「お前はベスボルの事をなにも知らないんだよ。それじゃあ、プリベイルのお嬢様には絶対に勝てないな。」
その言葉が悔しくて歯を食いしばる。
「そんなこと言ったって、父さんなにも教えてくれなかったじゃない!」
「う……それはそうだが……」
完全に言い訳だ……格好が悪い。
ジルベルトは愛娘の言葉に言い返されてたじろいでいるが、彼の言葉は正しかった。
偏属は解消して新しい力を手に入れたけど、それを十分に使えている訳ではないし、ベスボルに関する知識も不十分。他にもいろんな理由はあるけれど、今のこの現状は自分の努力が足りなかったからであり、それを人のせいにしてはいけない。なのに、ジルベルトのせいにするなんて。そんな自分が情けなくて悔しくて、目の奥が熱くなる。
このままじゃ、ソフィアとの約束を叶えられない。アストラにもガッカリされるだろうな。それは俺が望む結末じゃない。ここでジルベルトに俺を認めさせて、絶対にベスボルプレイヤーになるんだ。その為には、あの『空挺炎撃』なるスキルを見極めてやるんだ。
自然と溢れ出た涙が足元を濡らしていく中で、俺は決意を新たにして涙を拭った。
「父さん、あと4球だよね。」
バットは砕けてもうないが、俺は近くにある太めの枝を拾い上げて、再び打撃の構えを取る。
その様子を見たジルベルトは、仕切り直したように笑みを浮かべると小さくこう呟いた。
「それでこそ俺の娘だ。ベスボルの本質を見抜いて、俺を超えていけ。ソフィア……」
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