52ストライク 久々の帰還


 帝国からの使者を見送ったその日、俺はスーザンとともに辺境都市サウスへ向かう事になった。

 その理由は、今回の騒動についてソフィアの両親であるジルベルトとニーナにちゃんと説明をしに行く為である。


 正直、少し困惑していた俺の心を見透かしたように、スーザンが真面目な顔をして告げる。



「もう一度言うが、今回の事はちゃんとジルとニーナに説明しないとな。単なる非公式の試合であれば大した問題はなかったのだが、皇帝陛下をお迎えした公式戦となると話は別だ。」


「どうして?」



 馬車に揺られながら、首を傾げる俺にスーザンは淡々と説明していく。



「イクシード家は元を辿れば貴族だった訳だし、そもそもお前の母ニーナは元公爵令嬢だ。聞いてるだろ?」



 スーザンに尋ねられたが、正直言うとよく覚えていない。ソフィアの家系……つまりイクシード家は魔物を狩る一族だと聞いたことは覚えているが、両親の生い立ちについては、俺自身が特に気にしていなかったためだ。

 

ーーー父は父だし、母は母……


 俺にはそれで十分だった為、微妙な表情を浮かべる俺を見て、スーザンは小さくため息をつくとさらに説明を続けた。



「まぁいいが……皇帝陛下が観戦するとなれば、自ずと貴族たちも集まる。爵位の高い貴族や、皇帝陛下に近しい者たちも招かれる。なら、必然的にお前の母の実家であるジャスティス家も来るだろう。それに、お前の相手はプリベイル家のご令嬢だ。ニーナがこれを知らないのはまずいんだよ。わかるか?」



 わからない……よくわからないが、貴族というものは打算的で面倒くさい事がよくわかった。

 要するに、スポンサーやオーナーなどのお偉いさんたちが集まるんだから、周りの関係者もそれをちゃんと把握して、それ相応の対応をしなければならないという事なのだろう。だからこそ、ソフィアの両親には話を通しておかないといけないし、特にニーナにはちゃんと詳細を伝え、彼女の両親とも話が食い違わないようにしておかねばならないのだ。

 しかし、それよりも……



「ソフィアは父さんがなんて言うか心配だなぁ。」


「確かにな。あいつは頑固なところがあるからな。特にベスボルについては……」



 俺はスーザンの言葉に小さく呟いた。

 とは言っても、ジルベルトに怒られる事を心配している訳ではない。怒られたところで俺はベスボル選手を目指す事は絶対に辞めないし、その信念が変わることはない。ただ、ベスボルに対して多大な嫌悪感を示す彼が、この話を聞いた時に"ソフィア自身"に対してどう思うかが心配になのだ。

 ややこしい事に、この体の人格は鈴木二郎だが体自体はソフィアのものだ。なので、たとえ俺が考えた行動でも、周りにはソフィアが考えて行動した結果として映ってしまう。まさか30近いおっさんと5歳の少女の人格が入れ替わっているなんて、ジルベルト……いや、ここにいるスーザンも含め、みんな露にも思っていないだろう。

 今の俺は、自分がしでかした事でソフィアの信用が無くなってしまうのではないか不安なのだ。ソフィアの事を考えると、どうしても心が揺れる。俺にも息子が居たから、子を持つ親の気持ちもある程度なら理解しているつもりだ。だから、子供のために何が一番良い事なのか、どうするべきなのか悩み考えてしまう。



(やっぱり、ソフィアの体の事を第一に考えた方がいいのかな……)



 自分の好きなものの事となると、周りが見えなくなるのは自分の悪い癖だと認識はしている。だが、野球に似たスポーツであり、初めて経験するベスボルは魅力的な要素が多過ぎて、それしか考えられなくなる事が度々ある。そして、そんな自分をあとで客観的に見て後悔し、こうやって心が萎んでしまう訳で……


 馬車の窓から空を見上げた。

 青い空には白い雲が浮かんでいて、風に吹かれるがままに、ゆっくりと地上を見下ろしている。


ーーー雲って何考えてんだろうなぁ


 自分の行く末もわからぬまま、気ままに流れていく事の意味を考えてみても、答えなど出るはずもない。



「まぁ、心配なのもわかる。」



 俺の様子を心配してか、スーザンがそう切り出した。そして、ちらりと視線を向けた俺に、彼女は笑顔を見せてこう告げる。



「だが、それはお前らしくない気もするな。お前はどちらかと言えば、何があっても我が道を行くタイプだと思っていたんだが……違ったか?」



 確かにそれは否定しない。

 俺自身、人から何を言われようが自分で決めた事はやり遂げてきたし、だからこそ甲子園優勝とプロ入りを叶える事ができたのだ。だけど、それは俺の良さでもあり、欠点でもある。さっきも言ったとおり、周りが見えなくなるからだ。



「父さんとは偏属を解消する約束でアネモスに来たんだもん。なのに、こんな大変な問題を起こしちゃって……」



 俺はそれらしい理由で本音を隠した。

 魔力を使えるようになるためにスーザンの下へ来たのは嘘ではない。ただ、それ故にジルベルトは紛糾するのではないかと想像しているのも事実であって……

 心配が心配を呼び、頭がごちゃごちゃになっていく。ついつい大きなため息をついてしまったが、そんな俺の肩に手を置いてスーザンは告げる。

 


「確かに大問題だな。だが、ジルは協力してくれると思うぞ。」


「え……?」



 意味がわからずに聞き返す俺に、スーザンは笑みをさらに深める。



「まぁ、その理由はサウスについてからのお楽しみだ。とりあえず、私を信じて任せておけ。」



 いや、今教えてよ……

 そう思ったが、こう言う時のスーザンは絶対に教えてくれない事を知っていた俺は、聞くのを諦めて再び大きくため息をついた。



「ところで、シルビアさんは?」



 気分を変えるために話題を変更してみると、スーザンの笑みが今度は悪戯なものに変わる。



「あの寝坊助には店番を任せてきた。今頃、ウィルが来てるだろうから、しっかりと働いてもらってるだろ。」



ーーー働かざる者食うべからず。


 出会ってから今日までぐうたら過ごしている彼女には、ウィルさんの指導はいい薬になるだろうな。

 そんな事をふと感じた。





 サウスにある馬車の停車場に着くと、そこから実家を目指す。途中で何人かの顔馴染みに声をかけられて、簡単な挨拶を済ませつつ、俺とスーザンはジルベルトとニーナが待つ家へとその歩みを進めた。

 久しぶりの我が家……一応だが、良い報告もできる事は間違いない。魔力を使えるようになった事を伝えれば、両親も兄姉も喜んでくれるはずだ。だが、それを帳消しにするほどの大問題を伝えなくてはならない事を考えると、やっぱり気が引ける。

 あれやこれやと考えてみても、時間と我が家までの距離が減っていくだけで、現状を打破できるわけではない。そうして気づけば、我が家の目の前に辿り着いていた。



「久々だな。」



 俺に同意を求めるように呟いたスーザンは、玄関のドアをノックする。すると、返事に加えて、パタパタと足音が近づいてくる。刻々と迫る家族との対面……ただ家族に会うだけなのに、ここまで緊張したのは初めてかもしれない。

 ドアの前で足音が消える。そして、ゆっくりと開かれたその先には、優しい笑顔を浮かべた母ニーナの姿があった。



「ソフィア、おかえりなさい。」


「た……ただいま……」



 モジモジと視線を落とす俺に小さく微笑み、スーザンにも御礼を伝えると、ニーナは再び俺に告げる。



「父さんやみんなが待っているわよ。」



 その言葉にこくりと頷いて、俺はニーナのあとに続いた。


 リビングに着くと、ジルベルトが腕を組んでテーブルの前に座っていた。ニーナはスーザンにジルベルトの対面に座るように促し、俺はスーザンの横に腰を下ろす。ニーナがジルベルトの横に座ったところで、スーザンが話を切り出した。



「さて、どこから話そうか。」


「姉さん、前置きはいいから……今日は何のようなんだ?」


「我が弟ながら、相変わらずお固いやつだな。娘が実の家に帰るのに理由がいるのか?」


「い……いや、そういうわけでは……」



 相変わらず、姉には弱い。

 強気に出たものの、正論で突き返されてたじろいでいる様子は特に変わりなく、俺は内心でホッとした。



「まぁいいが……今日来たのは伝えなければならん事があったからだ。一つ目は……ソフィアから話させる。」



 スーザンはそう言うと、俺に視線を向けた。



「は……はい。え……っと、ソフィア何とか魔力を使えるようになったよ。」


「なにっ!?」

「まぁ!」



 ジルベルトは驚き、ニーナはとても嬉しそうに目を輝かせた。



「まだ問題はあるけれど、自分の魔力は感じられるようになったから、今後はスキルも使えるように頑張ろうと思う……」



 おそらく、また突拍子もない話を聞かされると思っていたんだろう。それを聞いて安堵したようにジルベルトは大きく息を吐く。

 だが、その予想は間違っていないんだと俺は内心で謝罪する。



「で、スーザン義姉さん。一つ目という事は他にもあるんでしょう?」



 ニーナがタイミング良くそう投げかけると、スーザンは深く頷いた。



「実はな……約1週間後に帝都である公式戦が開かれる事になった。」



 そう切り出したスーザンは、帝都での一幕、俺の偏属解消の経緯、そして、ムースとの事について、わかりやすく丁寧に二人に説明をしていった。



「……という訳だな。」


「……」



 ジルベルトの顔色を伺うように、ちらりと視線を向ける。彼の顔は完全に不満一色で、明らかに今回の事について怒っている事がわかる。

 だが……



「ちなみにジル。ソフィアの相手が誰だか知りたくはないか?」


「相手……?別に相手なんて気になら……」


「ほう……マルクスんところのご令嬢様でもか?」



 その瞬間、ジルベルトの瞳の色が変わった気がした。俺がしでかした事に対して、どこに向けていいかわからなかった怒りの炎が、まるでその対象を見つけたかのような……それはまさに、明確な敵を捉えた狩人の眼だ。

 父の雰囲気が変わった事に驚いてスーザンを見ると、彼女は俺を見てウインクするのであった。

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