43ストライク 女神の秘密


「お兄ちゃん……大丈夫かなぁ。」



 ソフィアの呟きにアストラは観ていたBLアニメを一度停止すると、座っているゲーミングチェアをくるりと回して彼女へ視線を向ける。



「心配か……?」



 牛乳瓶の底の様な眼鏡を光らせて問いかけるアストラの言葉に、幼いソフィアはこくりと頷いた。



「まぁ、この前の暴走はお前のおかげで事なきを得たから、大丈夫だとは思うが……」



 アストラは諭す様にそう告げるが、ソフィアはまだどこか心配が拭えない様だ。座ったまま、ジッと一点を見つめている彼女の様子を見て、スーザンはため息をつく。



「……わかったわかった。覗き見るのは彼がもう少し成長してからと思っていたが……ちょっと見てみるか。」


「え……?いいの?」



 アストラの言葉に、ソフィアは喜びと驚きの表情を同時に浮かべる。それを見たアストラはクスリと笑うと、慣れた手つきで目の前にあるキーボードをカチャカチャと打ちながらマウスを操り始めた。



「あ〜世界名は『オリピア』……国は『クレス』……だったな。えっと、街は…………あれ?今はサウスにいないのか?」



 いると思っていた街に、二郎の姿はないらしい。予想外のハプニングが発生し、アストラは焦りながらキーボードを鳴らす。



「ここも違う……ここもか。じゃあ、どこに……あぁ、くそ!ちゃんと魂に発信機つけときゃよかった!」



 ボサボサの髪を掻きむしりながら苛立つアストラをソフィアは心配そうに眺めていたが、ふと何かに気づいて声をかける。



「あっ!アストラさま、もしかしたらあの街……二郎お兄ちゃんが暴走した時に居た街は……」


「……あそこか、なるほど!ソフィア、お前は賢いな!よし、ちょっと待て……」



 再び指でキーボードを叩き始めるアストラだったが、1分ほどで歓喜の声が上がる。



「おぉ!本当にいたぞ!さすがソフィア、やるじゃないか!ハハハ」



 アストラはそう笑いながら、自分の横に歩み寄ってきたソフィアの小さな頭を撫でると、キーボードを操作して映画鑑賞用の大きなスクリーンにその映像を映し出した。

 画面にはソフィアに転生した二郎に加え、女性が二人、男性が一人映っている。テーブルに料理が並べられている事から考えれば、どうやら彼らは今、夕飯を食べているのだと理解できた。



「あ……スーザン叔母さん……」


「なんだ、知り合いか?」


「うん。この人、ソフィアの父さんのお姉さんなんだ。」



 ソフィアは少し嬉しそうに、金髪の女性を指差してそう告げだ。確かに髪の色やその顔立ちから、ソフィアにどことなく似ている気がする。だが、彼女の雰囲気から感じ取れるのは抜け目のなさと言うか……この純粋無垢なソフィアには似て非なるものをアストラは感じ取っていた。

 なんとなく、そんな事を考えながら少し様子を伺っていると、エルフが何かを喋り、二郎と金髪の女性がどこか驚いた様な表情を浮かべた。そんな彼らの視線の先では、白髪のエルフが笑っている様子が窺える。



「何か面白そうな話をしている様だな。どれ、音も拾ってみるか……」



 思いついた様に笑い、アストラがキーボードに指を走らせると、まず聞こえてきたのはソフィア…の体の中にいる二郎の言葉だ。



『シルビアさんって王女さまなんだね。』


『だから"元"よ。今はベスボルメーカーの広報官……そこは間違えないでほしいわ。』



 シルビアと呼ばれたエルフは、鼻を鳴らしてそう告げた。それを聞いたアストラは、他愛もない話と知ってつまらなさそうに口を曲げたが、ソフィア自身は嬉しそうに二郎が話す様子を眺めている。アストラもそれには小さく笑みを溢す。



「元気そうで何より……だな。」


「うん……」



ーーーよほど二郎の事が気に入ったのだな。


 振り向く事なく、楽しげに画面を観ているソフィアを見て、アストラはまぁいいかと言う様に頭の後ろに両手を回し、ゲーミングチェアの背もたれに体を預けると大きな欠伸をする。

 だが……



『女神の……神眼……?』



 画面の中から聞こえてきたその言葉を聞いた瞬間、アストラは椅子ごと後ろに大きくズッコケる。その大きな音にソフィアが驚き、慌てて駆け寄ってきた。



「アストラさま、大丈夫……?」


「イテテテ……あ……あぁ……大丈夫……大丈夫だ。」



 アストラは呻き声を上げながら起き上がり、ソフィアにそう応える。そして、頭を押さえながら画面に目を向けると、驚く二郎やスーザンの前で白髪のエルフが何やら自慢げに話す声が再び聞こえてくる。



『帝国って初代皇帝が女神からある力を授かって、その力を使って一から創り上げたんでしょ?』


『確かにそう伝わっているが……しかし、その力の詳細は基本的に公にはされていないぞ?』


『まぁ、そうでしょうね。でも、その力っていうのは"神眼"で間違いないわよ。昔、父から聞いた事があるの。初代皇帝は女神に魔力を操作できる力として"神眼"を貰い、その力で多種多様なスキルを使って帝国を築き上げたってね。』



 シルビアの言葉に、二郎もスーザンも半信半疑といったところだが、アストラ自身は過去の自分の失敗について反省していた。



(しまったなぁ……ウルの奴、エルフ王の奴なんかになんで話したんだよ。あれほど他言するなと言っておいたのに……契約書でも書かせておけばよかったか。)



 額に手を置いて大きくため息を吐くが、そんなアストラの想いとは裏腹に、画面の中では話が続けられていく。



『なるほど……"神眼"か。国を成すほどの力ならば、その線もあり得るな。なら、今回得た手記の内容にも、その類の事が書いてあるかもしれないな。』


『神眼……!なにそれすごいねワクワクするね!!』



 二郎が驚きと好奇心を口にしているが、それ以前にアストラはある言葉に耳を疑っていた。



(……ん?手記……?!今こいつら、"手記"って言ったか?!)



 驚く視線の先ではスーザンがあごに手を置き、何やら考えながら答えている。



『私が以前読んだ手記には、"神眼"という言葉は直接使われてはいなかったな。だが、瞳に関する事についてはいくつか記されていたと記憶している。例えば、自分や相手の魔力の量や動きが視えるとか……他人が使うスキルの魔力構成が解るとか……』


『自分や他人の魔力が視えるなんて……それだけで神眼以外の何ものでもないわ。神の眼とはよく言ったものよね。ところで、その手記って何の事?』



 まるで自分の言葉を代弁するかの様に、シルビアがスーザンと二郎にそう尋ねる。すると、二郎の口からは、アストラにとって俄には信じ難い言葉が飛び出してきた。



『ん?手記って初代皇帝の手記の事だよ。帝国立図書館に保管されてるんだよ。』


『初代皇帝皇帝の……ふ〜ん、興味深いわね。どんな事が書いてあるの?』


『聞きたいか?くくく……良いだろう。さっきの伝承の詩の件も気になるが、まずは今回手に入れた手記の内容から擦り合わせていくとしよう。』



 スーザンは楽し気にそう笑い、鞄の中から魔道具を一つ取り出した。

 小さな映写機の様なそれをテーブルに置き、黙々と準備を進めていく様子を見ながら、アストラは肩を震わせている。



(ウルの……手記……?!何でこの時代に残って!?)



 冷や汗が止まらない。必死にその脳みそをフル回転させて、今何が起きているのか考える。



(ウルが書いたものなら、何百年と昔のもののはずじゃないか!……そう言えば、二郎のやつが帝国立図書館に保管が何とかって……まさか!?ウルのやつ、あれからずっと保管してやがったのか!まずいまずいまずいまずい!!あれを人に見られたのは……まずいぞ!!)



「アストラさま……大丈夫……?」


「ひゃっ!ひゃひぃぃぃ!!」



 突然、ソフィアに声をかけられて変な声が出た。よほど焦っていたらしい。心配そうに見るソフィアを見て少し冷静さを取り戻し、アストラは身振り手振りで言い訳する。



「す……すまん!なんでもない!大丈夫だ。」

(なんでもなくねぇ〜!!やばいよやばいよ!!ウルの手記……あれには奴が綴ったあんな事やこんな事が書かれているのに!!このままだと公開処刑だぁぁぁ!)



 心の中では本音が溢れている。

 だが、そんな想いとは裏腹に、スーザンの準備は着々と進んでいく。



『これは何?』


『これか?これは我が発明の代表作の一つ、"魔写機"だ!用途を簡単に説明すると、魔力を使って風景などの場面を切り取り、保存する道具だな!ちなみに、記録したものはこうやって光にを通すと投影もできる!』



 スーザンの説明を聞き、驚きつつも楽しそうに笑っている二郎を見て、アストラは内心で腹立たしく感じていた。

 お前の住んでいた世界なら、もっと便利なものがたくさん溢れているだろうが……と、今はそんな事を考えている場合ではない。



『よし!準備完了だ!今回は手記の内容の中でも、特に重要と思われる部分を撮ってきた。一枚ずつ確認していくぞ!』


(ひっ!やばい!!あれはどのページだろうが、ソフィアには絶対に見せられない!!)



『では、いくぞ!まずは一枚目だ!』


「あぁぁぁぁぁぁっとぉぉぉぉぉ!!手が滑ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 スーザンが手記を投影した瞬間、アストラはそう叫んでスクリーンの画面を叩き割った。

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