42ストライク 歴代最高のバカ
「どこでなの!?ねぇ、どこで!?教え……」
「それじゃあ、こいつが喋れんだろうが!お前は少し黙っていろ。」
「あぁ!何するのぉぉぉ!!」
突然、首根っこを引っ張り上げられて、ジタバタと手足を振り回すが、やっぱりスーザンの力には抗えなかった。
そのまま席に戻された俺がシルビアに視線を戻すと、彼女は何度も頭を振られたせいで意識朦朧としている様子。「はらひれはらぁ〜」と訳の分からない言葉を呟きつつ、目をクルクルと回している。
そんな彼女に対して、スーザンはため息をつく。
「シルビア……と言ったな。今の話、よぉく思い出せよ?さっきも言ったが、お前は全力でこの子をサポートしなければならない。2週間後の勝負に必ず勝つ為には、ソフィアが魔力を使えるようになる。これが必須条件だからな。」
「わ……わかっているわ。と……突然、食い気味に来られたから、ちょ……ちょっと困惑した…だけよ!」
そう言い返すも、まだ目が回っているようだ。頭を抑えつつ、なんとか落ち着きを取り戻そうと数回ほど深呼吸をすると、シルビアは記憶を辿り始めた。
「50年くらい前の話だし…思い出すのに時間がかかるかもしれないわよ。」
「そうは言っても、エルフの秘術があるんだろ?」
「あら……詳しいのね。私たちの秘術ってあまり知られていないはずなのに……」
「なに、私も魔道具の研究でいろんな事を調べているからな。各種族の事にもある程度詳しくはなるさ。」
何気ない会話を続けるスーザンとシルビアだが、一方で俺の頭には疑問が浮かんでいた。
え……?シルビアさんって20代くらいじゃないの?見た目からそうだろうと勝手に思ってた……。50年前って……?この人、いったい年齢いくつなの?!
「シルビアさんって……おばさん?」
混乱から、つい無意識に言葉が出てしまう。
「え……は……はぁ!?誰がおば…おばさ……私が……おばさん?!」
シルビア自身も突然の問いかけに混乱しているようだが、スーザンもウィルさんもその様子を見て少し可笑そうにしている。
「だって……50年前って言うから……少なくとも50歳以上って事でしょ?」
「そ……それは間違いではないわね。ただし、ソフィアちゃんの中には一つ勘違いがあるようね。」
「勘違い……?」
俺が首を傾げると、シルビアはコホンッと咳払いして改めて俺を見る。
「私はこの耳を見てもわかる通りエルフ族よ。エルフは長命で有名な種族。長い者なら1000年近く生きる者もいるわ。私は今で153歳だけど、種族の中では若い方なの。人族の年齢に換算すると……そうね、20代後半くらいかしら?」
シルビアはそう丁寧に教えてくれた。
そうだ……思い出してみると、俺の元女房役の拓実から、エルフ族は長生きする種族だって聞いた事があったな。あいつはラノベが好きだったからなぁ。隙あらば俺に知識を植え付けてきたっけ……特に転生ものが好きだったあいつが、今の俺の状況を聞いたら羨ましがるだろうな。
思い出に耽りながら小さく苦笑いを浮かべ、改めてここは異世界なんだと実感する。ここは地球のように、人間だけが住む世界ではない。シルビアたちエルフ族など、見た目は自分と同じでも違う理に生きている人達がこの世界にはいる。自分の物差しで物事を考えるのは浅はかというものだ。
「おばさんとか言ってごめんなさい。ソフィア、知らなかったから……」
「いいのよ。ソフィアちゃんはまだ小さいし、知らない事だってたくさんあるんだから。これから知っていけばいいのよ。」
自分の行いを恥じて謝る俺に、シルビアは笑顔を向けてくれる。それに付け加えるようにスーザンも笑う。
「そうだな。この世の中は知らない事ばかり溢れてる。謂わば、『未知』と言うやつだ。それを知っておくだけでも、物事の視え方は変わってくる。心に留めておけ。」
こくりと頷く俺を見て、どこか満足げなスーザンが話を戻す。
「で、シルビア。まずはお前の記憶を早く呼び戻せ。私もソフィアには話さなければならない事があるんだ。時間も無限ではない……特にお前と我々を比べるとな。」
「そうね……じゃあ、少し集中させてもらおうかしら。」
シルビアはそう言うと、ヒビの入ったままの眼鏡を右手で軽く上げて目を瞑り、頭の中を辿るように呟き始める。
「……これは……違う。こっちは……あぁ、これは会社の面接に合格した時ね。えっと……じゃあ、これ……じゃないか。ん〜と、これかしら……ドワーフ族との抗争……違うわね。ならこれ……も違う……」
なんか一瞬、不穏な言葉が聞こえたんだけど……ドワーフとの抗争?エルフとドワーフって仲悪いのか?この人、この50年間でいったいどんな事してきたんだろうか。
シルビアの呟きに内心で疑問を浮かべていると、歓喜の声が小さく湧く。
「あっ!これよこれ!あったわ。」
喜ぶシルビアを見て、安堵の表情を浮かべたスーザンはすぐさま彼女へ催促する。
「で、その内容は?」
「えっと……ちょっと待ってね。これは確か……30年前で……」
シルビアは再び目を瞑り、眉間に指を当てて記憶を辿り始める。
「あ〜皇帝への謁見の時か……。父と二人で……そうだ、私が帝国でお世話になるから、その挨拶でヘラクに来た時だったわ。」
「……?お…お前、皇帝へ謁見した事があるのか?」
「えぇ……昔一度だけね。」
スーザンが少し驚く横で、ウィルさんも無言のままびっくりした顔を浮かべているが……皇帝への謁見ってやっぱり敷居が高いもんなのかな。
だご、周りの疑問の目を気にする事なく、シルビアは記憶を辿り続ける。
「あの時は、挨拶だけのつもりだったんだけど……当時の皇帝が、せっかくだから晩餐をと誘ってくださったのよね。その時、そこでたまたま出会った宮廷魔導師にある"詩"を聞いたのよ。」
ーーーいったい彼女は何者なのか……
そんな視線がスーザンたちから向けられているが、シルビアはまったく気になどせず、腕を組んで自慢げにそう告げると、その宮廷魔導師から聞いたと言う詩を綴り始めた。
「確かこうだったわ。」
……蒼き瞳は聖者の印……神眼を賜りし者……
……紅き真紅は猛者の力……魔眼を賜りし者……
シルビアの綺麗で透き通った歌声が部屋の中に響き、俺はついその声に聞き入ってしまう。
彼女はなおも歌い続けた。
……両眼を持つは統べる者也……
……正しくは栄え……悪しきは滅びを進む……
……神より与えられしは挑戦の証……
短い詩ではあったが、どこか引き込まれる様な……
そんな事を考えていると、歌い終えたシルビアが目を開けて俺やスーザンたちに視線を向ける。
「これは晩餐会でその魔導師が私に歌ってくれたんだけどね……彼も何かの文献で読んだって言ってたわ。その時はお酒の席での戯れかとも思ったけど、なんだか印象深くて"残して"おいたのよ。」
"残しておいた"……?
詩も気になるところだが、俺はその言葉に疑問を持った。記憶を探る様な仕草も含めて考えてみれば、もしやシルビアは自分で指定した記憶を頭の中に保存しておけるのではないだろうか。先ほどスーザンが言っていた『エルフ族の秘術』がそれに当たる……?
「シルビアさん、記憶を残しておけるの?」
「へぇ〜今のだけでそこまでわかったのね。その通り……私たちエルフ族は、自分が残しておきたい記憶を頭の中に保管しておけるのよ。」
秘術と言う割に、あっけらかんと答えるシルビアを見て少し拍子抜けだなと思う。
しかし、そんな秘術があるとは、なんと便利な……それが使えたら、学校の試験とかテストとか余裕で100点取れちゃいそう。
そんなしょうもない事を考えていると、スーザンが確認を取る様にシルビアへ問いかける。
「皇帝への謁見や晩餐会への誘い……そして、宮廷魔導師との関わり……シルビア、まさかと思うがお前もしかして……」
スーザンが恐る恐ると言った感じで問いかけるが、当の本人は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、思い出した様に笑い出した。
「そうだったわ!まだ言ってなかったけ。まぁ別に言うつもりもなかったんだけど、私……エルフの国の王女なのよね。元だけど……」
さすがのスーザンも、そのカミングアウトには驚きを隠せない様だ。ウィルさんも言葉を失ったまま、唖然としている。
だが、シルビア本人はまったく気にしてはいない。
「まぁ、"元"だから気にしないで。それよりもさっきの歌、ソフィアちゃんの目に絶対関係あるわよね!」
嬉しそうに笑うシルビアを見て、俺もつい笑顔が溢れる。
なんと言っても、瞳に関する情報が手に入ったのだから当たり前か。それに、スーザンが手に入れた皇帝の手記の事もあるし、この詩についても調べればもっと……
だが、俺がこれからの事に胸を躍らせていると、スーザンが突然こう言い放った。
「元……という事は、お前があのエルフ国の第三王女か?あの歴代最高のバカ王女と噂の……!」
「だ……誰がバカ王女よ!誰が……!!」
その会話を聞いた俺の心には、一気に不安が広がった。
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