41ストライク ねぇってば!!
「さてと……どうだい?話はまとまったかな?」
しばらく、泣いているシルビアを見つめていると再び店のドアが開き、中から出てきたウィルさんがそう笑う。その言葉にスーザンはため息をつくと笑い返して歩き出し、シルビアも鼻を啜りながら立ち上がる中、俺だけは彼の姿に目を見開いていた。
オタマを手に持ち、水色のチェック柄のエプロンを身に纏ったまま、扉の前に立ってこちらを見ている彼の姿に……
ウィルさんの……エプロン姿…だと?何という家庭的スキルの高さ……イケメンがあんな姿しちゃダメだろ!年頃の女性が見たら絶対にイチコロじゃないか!
俺が驚愕する側では、スーザンがシルビアに店に入る様に伝え、そのまま何食わぬ顔で店へと入っていった。シルビアもまだ意気消沈気味ではあったが、真っ赤にした目と鼻を擦りながらトボトボとそれに続いていく。
その様子を眺めながら、言葉が出てこずに口をあんぐりと開けている俺にウィルさんが笑いながら声をかける。
「ソフィアちゃんも、ほら!ご飯できてるからさ。」
その笑顔を見て、なんだか胸の奥が熱くなる。得体の知れない……いや、これは若い頃に感じた記憶がある感情だ。そう……こ……恋………
って、いやいやいやいや!!俺、男だからな!確かに体はソフィアの……女の子の体だけどさ!心は男なんだぞ!いくらウィルさんが格好良くたって、絶対にあり得ないわ!!
一瞬感じてしまった恐ろしい感情を、頭から追い出すように頭を何度も振る俺を見て、ウィルさんは不思議そうに首を傾げている。
だめだ……この人は危険だ。単なる卸業者さんだと油断していたが、これからは気をつけないと……俺の本能が危険信号を発してる!本当にこの人、魅了(チャーム)のスキルでも発動しているんじゃないのか?
そう思えて仕方がない彼の視線からなんとか目を背けつつ、俺は頷くと店の中へと入っていった。
◆
シルビアの店は魔道具販売を生業としており、店の間取りは魔道具を販売する店舗スペースと、寝食を行う生活スペースに分かれている。
だが、実のところ、その間取りの多くは店舗側に取られている為、生活スペースは俺とスーザンの二人が暮らすだけでもけっこう狭い。しかも、それに加えて生活スペースには、スーザンの研究道具や書物などが場所を選ぶ事なくいろんな所に乱雑に置かれているため、余計に狭く感じられる。この店に初めて来た時は、足の踏み場もないとはまさにこの事を指すのだと理解したものだ。
以前、ジルベルトとこの店を訪れた時もそうだし、スーザンと暮らすようになってからもずっと思っていた事だが本当に……本当に狭いのである。
例えば、普段の食事はスーザンと二人でしているが、その際、リビングーーーと呼べるかはわからないほど狭いがーーーにあるテーブルで顔を向け合って食べている。そのテーブルは一応四人掛けではあるが、机の上にはスーザンが集めた資料や素材が所狭しと置かれているため、食事を置くスペースを作り出すのに毎回苦労するのだ。
なので、ウィルさんから今日は四人で食事すると聞かされた時は、確実に外食するのだと思っていた。あんな狭い場所で四人で食事なんかできないからな。
だが……
「今日はあまり大したものは用意できなかったんですよ。」
そう笑いながら、ウィルさんは俺とスーザン、そして、未だに俯いているシルビアの三人が座るテーブルに料理を並べ始めた。
今日のメニューは、海鮮系のパスタと旬な野菜を使ったサラダだとウィルさんが爽やかに告げる。何事もなかったかのように、テーブルにシンプルな器に入った料理が並べられていく。だが、それより何よりも、俺は目の前の光景に驚きの目を向けていた。
机の上に……何もないだと?いや、その表現は正しくないな。綺麗に整理されたテーブルには一人一人にランチョンマットが敷かれ、綺麗に磨かれたナイフとフォークが準備されているし、もっと言えば、シンプルな花瓶に一輪の花が挿され、テーブルの真ん中に置かれている。それに周りを見渡せば、物に溢れていたあの汚かったリビングも、綺麗に整頓されて足の踏み場すら存在しているのだ。
いったい何が起きたのかと驚きと疑問を顔に浮かべていると、それに気づいたウィルさんが笑い出した。
「ソフィアちゃん、まだここに来て半年だもんね。驚いた?」
「う……うん、ここって本当にスーザンお姉ちゃんのお店だよね?」
俺の問いかけにウィルさんが「そうだよ。」と言って笑うと、家主であるスーザンも口を開く。
「ウィルにはな、たまに店の掃除をしてもらっているんだ。私はこの通り、基本的に研究にしか興味がないからな。部屋の掃除などしている暇があるなら、それよりは魔道具の研究に時間を費やす。それが研究者と言うものだ。」
訳の分からない自説を偉そうに豪語するスーザンの横で、ウィルさんが苦笑いしている。そんな二人の様子は、側から見れば仕事はできるが家事ができない女と、仕事はできるのに才能は隠しつつ、彼女をサポートする旦那みたいに見えてくる。
そう考えると、二人の関係にも俄然興味が湧いてくると言うものだ。スーザンの性格からして、男を好きになる事などなさそうだが、大抵こういう女性が恋に落ちるのは、優しさと気遣いを兼ね備えた歳下のイケメンボーイだと、少女漫画では相場が決まっているからな。(注意:二郎の偏見です。)
俺がそんなことを考えながらニマニマと笑っていると、視線を落としたまま沈黙を守っていたシルビアが突然、口を開いた。
「あなたたち……夫婦なの?」
ナイスだ!シルビアさん!
それは何気ない一言だったが、俺の中でシルビアの評価が上がる。そもそも、シルビアがその疑問を浮かべるのも無理はない。さっきも言った通り、俺だって二人の関係を疑ったくらいなんだから。俺自身は、二人が結婚していない事を知っているが、ほぼ初対面のシルビアの目にそう映る事は自然な事なのである。
「な……何を馬鹿な事を!!」
突然、スーザンが焦ったように立ち上がった。
いや、と言うよりこれは確実に焦っている。こんなに取り乱しているところなど、今まで見た事ないほどに顔を赤らめて前のめりになっている。これはもしかして……もしかすると……スーザンの弱点を見つけたかもしれないな。
そうニヤニヤと笑みを溢す俺をよそに、スーザンの勢いに押される事なくシルビアは話し続ける。
「違うの?別に何もおかしくないと思うんだけれど……まぁ、あなたが違うと言うならそうなのでしょうね。余計な事を言って悪かったわ。」
シルビアは落ち着いた感じでそう呟くと、目の前のパスタを食べ始めた。
彼女のフォークが器を静かに鳴らす中、その様子を見ていたスーザンは不服そうに腕を組み、今の気分を表すように椅子に腰を下ろしてシルビアと同じようにパスタに手をつけ始める。そんな二人の様子を見ていたウィルさんは、こうなってはどうする事も出来ないと苦笑いを浮かべており、もう一つ加わった器を鳴らす音を聞きながら、四人の間にしばしの沈黙が訪れた。
やべ……笑っている場合ではなかったな。せっかく楽しい食事の時間なのに、これは良くない。
このまま他人事にしていては不味いと考えた俺は、スーザンの機嫌を直す為に話題をすり替える事にした。
「と……ところでさ、スーザンお姉ちゃん。ソフィア、早く手記の内容を聞きたいな。」
「……ん?あぁ、そうだったな。」
茹でた海老を口に運んで咀嚼している顔には未だに笑みは戻らないが、それでも少し何かを考える様に目を閉じてフォークを置くと、口元をナプキンで拭いて口を開く。
「なら、まずはお前自身の事について、このエルフに詳細を話しておかねばなるまい。」
「……魔力が使えないって話の事ね。確かこの子、偏属で無属性なのよね?」
シルビアもスーザンの言葉を聞いてフォークを置き、話を聞く体勢になる。それを見たスーザンは小さく頷くと、俺について把握している事を説明し始めた。
まず、偏属者で魔力の属性は「無」であること。それに、その影響で魔力を感じる事ができないこと。父と母はどちらも血継属性を受け継ぐ一族であり、俺自身は父親側……つまり、赤雷色の瞳を受け継いでいること。
そして、ここからはスーザンの推測であるため、確証はないらしいのだが……
「おそらくは…この子は未知なる力を宿していると、そう推測している。」
「なるほど……確かに魔力が暴走した時の話を聞く限り、"今の時代"にはそんな力を持った事例なんて、他に聞いたことはないわね。」
スーザンから俺が暴走しかけた時の話を聞いたシルビアは、何やら考え込むように顎に手を置き、何気なくこう呟く。
「う〜ん、それにしても瞳に宿る魔力……大昔にそんな話を聞いた記憶があるのよねぇ。どこだったかなぁ……」
その言葉にいち早く反応したのはもちろん俺だ。スーザンが言葉に出そうとするよりも早く、シルビアに詰め寄った。
「聞いたことあるの!?どこで!?ねぇ……早く思い出してよ!」
「え…え……え!?」
食い気味に顔を寄せてくる俺に、シルビアも少し引いているようだ。
しかし、そんな重要な情報を聞かされて黙っている俺ではない。彼女の襟を掴み、前後に何度も何度も揺さぶればシルビアは為されるがままに……
「ねぇってばぁぁぁぁ!!」
「はひぃぃぃ〜!やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇ!!」
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