40ストライク 自責思考


「なんて事なの……」



 白髪のエルフは、そう言いながら絶望を吐き出した。今、スーザンから聞いた俺に関する話を反芻でもしているのだろうか……四つん這いになり、地面を見つめている彼女との間には沈黙が訪れる。


 この白髪のエルフはシルビアさんと言って、帝都でベスボル用品を作っている、謂わばメーカー企業の広報官だ。帝都でもベスボルの用品店を見た時に考えてはいたけど、やっぱり国公認のスポーツという事だけあってそういった組織もちゃんと存在していたという事がわかって何よりだ。


 じゃあ、なぜそんな人があんな蓑虫みたいな格好をしてこんな所に居たのかと言えば、その理由はどうやら俺にあるらしい。

 彼女は周りをあっと言わせるような選手を探し出し、スポンサー契約を結んで来いと社長から命を受け、嫌々ながら帝都を出発したそうだ。だが、いくつかの都市を訪れて色々と探してみたものの、目ぼしい人物には巡り合えなかった。

 そんな中、次はサウスかアネモスかと迷いながら、通称"血のたどり着く場所"と呼ばれているブラッドゼゲアの森を歩いていたところ、突然ベスボル用のボールが目の前に落下してきたらしい。何事かと思い、飛んできた方角を確認してみると、その先にサウスがあると判明してすぐに向かったんだとか……それから、俺を探すための彼女の大捜索が始まったと言う訳だ。

 

 大捜索というと大袈裟かもしれないが、彼女のこれまでの苦労を聞いたら、あながち間違いではないと思うのは俺だけだろうか……

 捜索を始めた直後、魔物に襲われたシルビアさんは、約2年に渡ってその魔物と鬼ごっこをして過ごしたそうだ。かなりしつこい魔物だったそうで、振り切るのに相当苦労したらしい。なんとか逃げ切る事に成功し、やっとの思いでサウスの街に辿り着いた彼女だったが、今度はそこで俺がすでに街にいない事を知った。

 俺ならそこで諦めてしまうかもしれないな。だって、彼女のこれまでの境遇を聞いて、その辛さに共感してしまったくらいだし……だけど、この人はそれだけでは挫けずに、ここアネモスへと向かったそうだ。

 もちろん、同じ森で再び半年ほどの『鬼ごっこリターンズ』を経て……



「あんなに…あんなに苦労して、やっとの思いで辿り着いたのに……本人が……魔力を使えない…?」



 未だに地面を見つめ、小刻みに体を震わすシルビアがあまりにも不憫で、俺は声をかけられずにいた。

 相当ショックだろうな。まぁ、それだけ苦労して辿り着いたのに、当の本人が"偏属"じゃ目も当てられないか。なんか悪い事した気がしてきた。聞けば、ジルベルトのやつも彼女を冷たくあしらった様だし……

 店の前で蓑虫の様な格好をしていたのは、ウィルさんから俺が数日で戻ると聞いて、ここで待つと決めたからだそうだ。何もそこまでしてとは思ったけど、彼女曰く、宿に泊まってしまえば俺が帰ってきた事に気づかないかもしれない。だから、これ以上のすれ違いを起こさないために決心したんだとか。

 それからは、ほぼ不眠不休で食事も最小限に抑え、お風呂にも入らずに店の前を監視していたらしい。

 確かにちょっとやつれた感があるし、近づくと少し臭うかも……

 


「なんで私がこんな目に…ブツブツ…………」



 まるで何かを呪うかの様に、目の前で怨嗟を連ねるシルビア。俺もどう声をかけようかと迷っていたが、彼女のその態度に最初に痺れを切らしたのは、やはりスーザンだった。



「ったく……ぐちぐちとうるさい奴だな。これだからエルフ族ってやつは!シャキッとしろ、シャキッと!現実から目を背けるな!いつまでもそこでウジウジされては、こちらが迷惑だよ!」



 その言葉にシルビアがピクリと反応した。そして、俯いたままゆっくりと立ち上がると、目に涙を浮かべながら叫び出す。



「うるさいのよ!あんたに私の苦労なんてわからないでしょうに!偉そうな事、言わないで!!」


「何が苦労だ。お前が勝手にしていた事だろ?私たちには関係ない事だ。」


「なんですってぇ!?」



 スーザンの容赦ない言葉に、シルビアも怒りを露わにする。だが、そんなことはお構いなく、スーザンはつらつらと無慈悲な言葉を連ねていく。



「そもそも、初対面のお前は現時点で我々の関係者ではないだろう。」


「そ…そうですけど……」


「にも関わらず、突然横から口を挟み、あのクソ野郎に勝手に試合を申し入れ、挙句の果てには相手からの条件をも飲もうとする始末……これはお前に何の権限があっての事だ?」



 言い返そうとするシルビアの言葉を遮り、スーザンは言葉の槍を突き付ける。



「うっ……」



 正論を突きつけられてたじろぐシルビアに、スーザンは呆れた様にため息を交えて首を横に振る。



「帝都の企業だか何だか知らんが、あまりにも傲慢ではないか?帝都に居ればそんなに偉いのか?まぁ、確かに華やかな帝都に住んでいるお前たちからすれば、こんな辺境の街に住む我々庶民は言うことを聞いて当たり前って事か。」


「違っ……そういう訳では……」


「ならなんだ。ちゃんと説明してくれ。」



 そこまで言われ、シルビアは押し黙ってしまった。俯いて肩を震わせる彼女を見て、ある意味でスーザンの怖さを今一度理解する。

 うげぇぇぇ……スーザンも容赦ないよな。確かに勝手に試合を申し入れた事には驚いたけどさ、実は俺自身ちょっと楽しみなんだよな。それに、さっきの話からすれば、この人だって俺が処罰されないための最善の選択をしてくれた訳だし……これ以上はちょっと可哀想だよな。

 そう思い、声をかけようとしたその時、店の中から騒ぎを聞きつけたウィルさんが顔を出した。



「おいおい、こんな時間にいったい何を騒いで……あれ、スーザンさん?ソフィアちゃんも……なんだ、帰ってきてたんなら声をかけてくれても……」



 そこまで告げたウィルさんは、俺たちの目の前で俯き、肩を震わせているシルビアに気づき、言葉を止めた。



「すまんな、ウィル。少し待っててくれ。」



 スーザンがそう言うと、ウィルさんは何かを察した様に頷いて、「ご飯はあるからね。」とだけ告げて店の中へと戻って行った。その様子に俺は感心してしまう。

 なんとまぁ、理解が早い人だこと……ウィルさんのその場の空気を読む能力からは、いろいろと学ぶべき事が多いな。今度、その極意を聞いてみよう。

 それにしても……家庭的過ぎるだろ、あの人。イケメンなのに料理上手だとは、あれで何で独り身なんだ。

 俺がまったく関係のない事を考えていると、どうやら今ので少しだけ落ち着きを取り戻したのか、まるで蚊の鳴くような声でシルビアが話し始めた。



「それについては改めて謝罪するわ。確かに無関係な私が出しゃばり過ぎではあった……けれど、あの時はあれが最善だった事は間違いないと思ってる。もし仮にその子が勝負に負けてしまったなら、この身を以てでも向こうの条件を阻止するつもりよ……」


「ほう……」



 スーザンはシルビアの言葉を聞いて、感心した様に笑った。俺自身も、彼女の言葉に少しの感銘を受けている。


ーーーこの人は自分の過ちを認め、責任を取る事ができる人なんだ。


 これは分かっていてもなかなかできない事だ。どんな人間も建前だろうが何だろうが謝罪までは簡単にできるが、そこに行動を伴わせるのは難しい。主体性と言う言葉はあるが、人の本質は保身だからな。

 よく謝罪会見でお偉いさんが謝る姿を見かけるけど、今後行動するかを説明している人を今までに見た記憶はほとんどないし……

 再び黙ってしまったシルビアを見て、俺は咄嗟に出た言葉を彼女へかける。



「あ…あの……ソフィアは感謝してるよ。エルフのお姉さんは私を助けてくれようとしたんでしょ?」



 その言葉を聞いたシルビアが、物憂げな視線を俺に向ける。その顔を見て、俺は内心でドキッとしてしまった。女性のそんな顔を見たのは久しぶりだし、加えてこんな綺麗で整った顔ならなおさらだ。小さく呼吸をして平静さを装いつつ、話を続ける。



「何にせよ、あのおじさんを黙らせるにはそれしかないもんね……ソフィアもそう思う。確かに魔力は使えないけど……それでもソフィアは負ける気ないよ。」



 そう言ってにっこりと笑って見せると、シルビアは少し驚いた顔を見せた。スーザン自身も彼女の覚悟を知ってか、俺の言葉で怒りが少し落ち着いたのか、その表情を和らげる。



「そうだな……いろいろ厳しい事を言わせてもらったが、私が言いたいのは決心したなら最後まで信念を貫き通せって事さ。お前、この子と契約を結びたいんだろ?」



 その言葉にシルビアは小さく首を縦に振った。それを見たスーザンも小さく頷く。



「なら、まずは全力でこの子をサポートしろ。負けた時の事など考えるな。魔力が使えないこの子を、2週間後の勝負に必ず勝たせるんだ。それが今の我々の役目だと理解しろ。」


「で……でも、私はあなたちの関係者じゃない……」

 


 シルビアはそこまで言って視線を落とす。それを見て、この人は本当に真面目な人なんだなと思った。

 仕事に対する責任感だけじゃない。この人は自分の行動や言動自体に責任を持てる人……自分自身の行いに信念を持って行動できる人なんだ。

 俺の中では、それだけで信頼するに当たると感じている。安易かもしれないが、彼女との利害は今は一致している訳だし、契約の事は終わってから考えればいい訳で……

 


「エルフのお姉さん……」



 俺が声をかけると、再びシルビアが顔を上げた。

 やっぱめちゃくちゃ美人だ……改めて見るとそう感じて目を背けそうになるが、なんとか邪念を取り払ってこう告げる。



「ソフィア、あのおじさんに勝ちたい。でも、ベスボルの事、ちょっとしか知らないから……だから、勝つために協力してください。」



 幼気で健気な俺の振る舞いは、彼女が自身の中で必死で堰き止めていたものを壊すには十分だった。

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