44ストライク 皇帝×女神=患い


「まずは1ページ目だ。」



 そう告げて"魔写機"と呼んだ魔道具を操作し始めるスーザンを、俺は期待を寄せて見守った。

 彼女が扱う魔写機自体は、俺が元いた世界で言う『デジタルカメラ』ほどの大きさで、その外見もガラスで作られたレンズが一つ付いているというシンプルなものだ。

 まさにデジカメその物と言っても過言ではないが、もちろん使うには魔力が要る。それに保存されている記録の投影方法は少し斬新というか……想像していたものとは違い、それには俺も興味が湧いた。

 スーザンはまず、本体上部に収納されていた小さな反射鏡ーーー光を収束させ、別の場所に反射させる鏡ーーーを上に向けて伸ばした。そして、側面に付いていた蓋の様なものを取り外すと、小さな穴が姿を現す。



「ここにこれを取り付けると……」



 スーザンはポケットから小さなペンライトの様なものを取り出すと、その穴に取り付け始める。そのタイミングでウィルさんが部屋の明かりを消し、スーザンの手元でカチッと音がしたかと思えば、俺たちの目の前の壁に文字がぎっしりと並んだ手記の内容が煌々と映し出されたのだ。

 それはまるでプロジェクターの様な……いや、どちらかと言えば小型のOHP( オーバーヘッドプロジェクター )と呼んだ方がしっくりくるかもしれないな。

 高校の授業で、教師が使っていた機材の事を思い出しながら過去の記憶に耽っていると、スーザンが楽しげに笑い出した。



「それでは、初代皇帝の手記とやらを紐解いていこうじゃないか。」



 一同がその言葉に頷くと、スーザンは映し出されたページに視線を向ける。



「僕こと、ウル=フェンディスは数奇な出逢いに感謝し、この手記にその想いを記す……」



 冒頭、そう記された初代皇帝の手記。

 いったい当時の彼は女神からどんな力を授かり、どんな未来を想い描き、何を成し遂げてきたのか……それが今から紐解かれていく。

 俺の偏属体質を解消する為の一手が、この手記に記されていると願いたい。そんな想いを胸に秘め、スーザンの言葉に耳を傾けたのだが……



「親愛なる……そして、最愛の貴女にこの命を捧ぎたい。この想いはまるで止まることを知らず、日に日に大きくなるばかりだ。目を閉じれば貴女の尊顔が瞼の裏に浮かび、僕はその度に心を雷で打たれた様な衝撃に襲われる……」



 ん……?

 初っ端から表現し難い疑問が頭に浮かぶが、まだ始まったばかりだからと気を取り直して耳を傾ける。



「例えこの身が焼かれようとも……いや、運命に引き裂かれようとも……僕の想いだけは何者にも決して屈しない。僕の命は救ってくださった貴女だけのものだ……」



 あ…………あれ……?

 やっぱり何かおかしい気がする。そう感じるのは俺だけだろうか。

 さらにスーザンは読み進めていく。



「貴女の為なら僕は死んだっていい……もう一度会えるならば、悪魔にだってこの魂を売ろう……この情熱は崇拝に……崇拝は愛に変わる……」



 あ……悪魔に……魂……!?いや……やっぱりおかしいだろ、これ!絶対におかしい!これが初代皇帝の手記なのか?いや、想いを燻らせながらも、勇気を出せずにいる厨二病の恋文の間違いだろ!?

 疑問が確信に変わっていく。

 周りの反応が気になり、シルビアへ視線を向ければ、彼女もまたキョトンとした顔でスーザンを見ている。



「授かったこの瞳は、僕と貴女を繋ぐ愛の証……僕の存在意義は貴女だけの為に……会えない事など苦ではない……情熱は孤独とともに……」



 1ページ目はそれで終わりだった。

 沈黙がその場に訪れるが、スーザンは何も言わずに魔写機を操作して次のページを映し出す。

 そうだ……スーザンが何も言わないという事は、この先にちゃんとした情報源があるって事じゃないのか?彼女は前回もこの手記を読んでいる訳だし、今回もそれを踏まえて重要だと思われるページを抜粋したと言っていた。今のはあくまでも冒頭の書き出しであって、それを俺たちに認識させる事でこの手記がどんな想いで書かれたのか……スーザンはそれを伝えようとしたんじゃないか?

 そんな都合のいい考えが頭をよぎる。不安は拭えないが、次に期待しようと……俺はそう自分に言い聞かせたのだ。

 だが、そんな俺の想いとは裏腹に話は進んでいく。手記の内容は、その後も女神に対する初代皇帝のーーいや、もうこの際ウルでいいーーーそのウルの抑えきれない女神への想いが、延々と書き綴られていたのである。



「……という訳……だな。」



 最後のページを読み終えたスーザンがそう呟くが、どことなく棒読みな気がする。部屋が暗くて、彼女がどんな顔をしているかはわからないが……



「…これが……手記の中身?これで終わりなの……?」



 スーザンは俺の言葉に小さく頷くが何も答えない。訪れる沈黙の中で、ウィルさんが部屋の明かりを灯すと皆の顔が明かりに照らされるが、誰一人として喋る者はいなかった。



「……これだと、ソフィアの眼については何もわからないね。」



 がっかりとした声色でそう呟くが、皆どう答えていいかわからないのだろう。ウィルもシルビアもそれには答えないし、スーザンに至ってはこちらを見ようともしていない。

 はぁ……せっかく帝都まで行ったってのに、結果的になんの成果もないなんて……衛兵に追われてまで勝ち取った情報がまさかの恋文で、しかもかなり患ってる系だとか笑い話にもなりゃしないぞ。

 俺は大きなため息をついて肩を落とす。



「……ソフィア、すまん。まさか手記の後半がこの様になっていたとは……私の確認不足だ。本当に申し訳ない……」



 珍しく謝罪を口にしたスーザンに少し驚き、俺は視線を向けた。

 スーザン曰く、前回忍び込んだ際に読んだのは手記の前半部分だったそうだ。そこには瞳を授かった後、他人の魔力が視えるようになったりと、日々の暮らしの中で初代皇帝が体験した内容が綴られていたらしい。その時は邪魔が入った為、そこまでしか読めなかったが、それでも彼女は今なお語り継がれる物語の内容が事実なのだと確信した。

 すると、その矢先に今度は同じ様な体質を姪っ子が持っている事実が判明した。スーザンはすぐに皇帝の瞳の力と俺の瞳を関連づけて、帝都でのさらなる調査に踏み切ったという訳だ。



「今回は警備が厳重になっていてな。まぁ、それを見越してこの魔写機を持参したんだが……思ったよりも時間がなくて、とりあえず前回からの続きを一気に撮っていったんだよ。」



 さすがのスーザンも、俺に対して悪いと感じているのだろう。かなり低いトーンで話す彼女を見ると気まずくなる。

 あぁ、ダメだな……こういう雰囲気が悪くなるのは苦手なんだよ。スーザンだって俺のために無茶してくれたんだし……確かに結果については残念だけど、だからと言って道が全部閉ざされた訳じゃないんだ。ここは俺が切り替えないと……

 俺はもう一度だけ大きなため息をつくと、自分の両頬を思いきりパンッと叩いた。響き渡る音に皆の視線が寄せられる。



「よし!ソフィア、切り替えるね!手記がダメでもシルビアさんが歌ってくれた詩があるし……落ち込むのはなす術が全部無くなってからだもんね!」



 スーザンは、その言葉に救われたと言わんばかりの表情を俺に向け、「すまん。」と小さく告げた。

 それに笑顔で応えた俺は、今度はシルビアに向き直る。



「シルビアさん、さっきの詩の事なんだけど……」


「え……あ、そ……そうよね。でも、正直なところ、私が知っているのはあの詩のみなのよね。意味やルーツは知らないから、それについて調べるなら帝都に戻って、例の宮廷魔導師を訪ねるのが一番早いと思うけど……」



 シルビアの歯切れが悪い理由はすぐにわかった。

 それは単純な問題で、要は帝都を往復するだけの時間が絶対的に足りないのだろう。

 試合は今日から2週間後。

 ムースは今頃帝都に向かっているだろうが、奴の場合、帝都でチームメンバーを掻き集め、すぐにアネモスに引き返せば良いだけだ。

 だが、俺たちは違う。

 帝都に戻って宮廷魔導師を訪ねても、すぐに問題が解決するとは到底思えないし、仮に解決したとしても、戻ってきたらすぐ試合当日を迎える可能性は否めない。さすがの俺でも、何の練習もなしにスキルが使える自信はない。

 なら、やる事を分担する手もあるが、それにも些か不安が残る。

 スーザンはお尋ね者になっている可能性が高いので、帝都に行かせるのは危険だし、それならば俺とシルビアが帝都へ行くかと言うと……何となくだが、ちょっと躊躇いがあるのが本音だ。



「結局、何をしようにも問題が山積みだよね……」



 その言葉に、今度はシルビアが表情を暗くする。

 おそらく、自分で決めてしまった試合の期日に責任を感じているんだろう。


ーーーさて、どうしたものかなぁ……


 再び訪れた沈黙……

 


 と、その時だった。

 今まで終始無言だったウィルさんが、少し遠慮する様にこう告げる。



「あのさ……その手記の最後のページのそこ……そこに何か書いてあるね。」



 俺はウィルさんが指し示す部分に視線を向ける。



「本当だ。小さくだけど、何か書いてあるわね……」

 


 シルビアが、映し出されている手記を覗き込んで首を傾げている。俺もその横に顔を並べてみると、確かに小さく何かが書き記されているのがわかる。



「ちょっと待て……」



 スーザンが魔写機を操作して、その部分をクローズアップしてくれた。ぼやけてはいるが、なんとか読めそうだったのでゆっくりと口にしてみる。



「えっと……神……眼の使……い方…………っえ?!」


「なっ……嘘でしょ……!」

「何ということだ……!!」



 俺たち三人は、まるで思考が停止したかの様に動きを止めてしまう。それを見兼ねたウィルさんが、メモ書きの全容を読み進めてくれたのだが、そこにはこう書かれていた。



【神眼の使い方】

①まず魔力を使いたいという情熱を心に持つ

②その情熱を瞳に注ぐイメージで集中する

③瞳の奥が熱くなったら、その熱を外側に押し出すイメージ

④その状態を保ち、視たいものを思い浮かべながら、対象を視る



「「「思ってたより簡単だな!!!!!!!!」」」



 思わず三人でハモってしまった。

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