31ストライク ヒーローとは紙一重…
スロウがソフィアのことを探し始めた頃。
当の本人はと言うと、未だにベスボル用品店のショーウィンドウの前にいた。
座り込んだまま、ジッと見据えるその先には数多のベスボル道具が並んでいる。そして、それらに対してまるで何かを語りかけるように小さく呟いている少女。時折、彼女が一人で笑うその様子に、横を通る人々は引き気味だったが……
「どの道具も……やっぱり野球とはどこか違うんだなぁ。」
感嘆と好奇心が混じり合ったものが、ため息として吐き出される。どれを見ても新鮮だし、どうやって使うのかと興味が湧いて仕方がない。本来なら、すぐに店に入って全部試したいところではあるが、店が閉まっていてはどうにもならないので、ここで眺めるに留まっている訳だが……
グローブの構造は野球ほど複雑ではなさそうだ。あれなら俺でも作れそう。縫い目も少なめだし、型紙と皮があれば問題ないかな。バットは……木製のようだけど、よく見ると長さも太さもバラバラだ。子供用と大人用という訳でもないだろうな。スパイクもあるようだが、サンダルのような形状からロングブーツみたいなものまで多種多様だ。軽量タイプとか防御タイプみたいな感じかな?あんなんで走れるんだろうか。
だけど、一番気になるのは、どの商品にも"魔石"らしきものが付いている事だ。グローブなら手の甲の辺り、バットならグリップの先端、スパイクなら踵に色鮮やかな宝石のようなものが一つ付いている。
ーーーベスボルは本来、スキルを使って競い合う競技なんだ。
アルの言葉がふと脳裏に蘇った。
そうだ、ベスボルは魔力を使って行うスポーツ。なら、あれは魔石で間違いない。そして、魔力が使えない今の俺には、これらの道具は使えないって事だ。
ついつい大きなため息が出てしまう。もちろん落胆の純度100%のため息だ。
「早く魔力を使えるようにならないとな。」
そう呟いて、落ち込んだ気持ちを切り替えようと思い、再びショーウィンドウを覗き込もうとしたその時だった。
「あ〜れ〜?こんな所に余所者がいるぞぉ〜?」
挑発と嘲笑が混じり合った少し甲高い子供の声が、後ろから聞こえてきた。それに気づいて振り返ると、三人組の子供たちがこちらを向いて立っている様子が窺える。
一番前に立つ一人が、嘲笑を浮かべてこちらを見ている。おそらく、こいつが今の声の主だろう。その後ろにはポケットに手を入れたまま、くちゃくちゃと何かを噛んでニヤついている細目で背の高い奴と、腕を組んで仁王立ちのまま、こちらをジッと睨んでいるいかつい奴。なんとなく、この仁王立ち君がリーダーなんだろうと思った。体格も雰囲気も他の二人とはちょっと違うし。
三人とも茶色の短髪に印象的なそばかす男子。顔は似てるから、もしかすると兄弟だろうか。とりあえず、リーダーっぽい奴から順番にA、B、Cとでも名付けておこう。
しかし、なんだかよくわからないが、至福の時を邪魔されて少しムカついた。なので、声をかけられたのは自分じゃないかも知れないと都合よく考え、無視して再びショーウィンドウを覗き込む。
「なっ…!お前だお前!そこのちんちくりん!」
同じ声が、再び俺の背中へと投げつけられた。
無視されたせいか、その声色には少し怒気も混じっているようだ。
だが、俺はそれすらも無視してやった。
今の俺は、ベスボル用品鑑賞会を楽しんでいる最中なんだ。それを邪魔する権利はこいつらにはない。チラリと見てみたが、完全にモブガキじゃん。こんな幼気な少女に喧嘩を売るなんて、たちの悪いガキもいたもんだよ、まったく……
そう肩をすくめると、再びベスボル道具たちへと目を向けた。その様子を見ていた一番前の悪ガキCが、怒りを露わにして吠える。
「て……てめぇ!なんだその態度は!お前に言ってんだよ!お前に!」
だが、俺はそれにも応えない。ずっとショーウィンドウを眺めてうっとりとしている。
「こ……こぉんのぉっ!!!」
彼はどうやら短気だったようだ。
俺の態度が気に食わず、短い堪忍袋の緒が切れた悪ガキCは、手に隠し持っていた"何か"を思いっきりこちらへ向かって投げつけた。
ん?なんで見てないのにわかるのかって?そりゃ、ショーウィンドウのガラスにその姿がくっきり映ってますんでね。
投げられたのはおそらくボールか何かだろう。けっこう至近距離ではあるけど、ガラス越しに見ていたから避けるのは朝飯前だ。まぁ、奴もガラスを割ることを恐れたのか、狙ってきたのは足元だった。
俺は小さくため息をつき、タイミングを見計らって左足をひょいと上にあげた。すると、鈍い音がして店の壁に当たった白い球体が跳ね返っていく。
「なっ!?」
何事もなく、ただ自分の足元に転がってきたボールを見て、悪ガキCは驚愕していた。他の二人も、その様子に少し驚いた表情を浮かべている。
そりゃまぁ、振り返らずに避けたからそうもなるか。こいつら、10歳手前くらいかな……見た感じだと小学生くらい?そんなガキが投げたボールなんて、大人の俺にとってはスローボールも同然だ。
※注意:今は二郎も子供です
ガラス越しに彼らの様子を確認し、俺は再びショーウィンドウの中を眺め始めた。プライドを傷つけられ、顔を真っ赤にしている悪ガキC。その後ろでは、悪ガキAとBが何やらコソコソと話を始める。
「てめぇ!馬鹿にしやがってぇぇー!」
突然の咆哮。
どうやらC君は我慢できなかったらしい。彼はそう叫んで、俺に飛びかかろうとしたのだ。
やれやれ……こんな年端もいかない少女に暴力とか有り得なくない?俺が何したって言うんだ。まぁいいや。タイミング良く避ければ、勝手に突っ込んで……
そう考えたところで、突然大きな声がこだました。
「カンツ!!やめろ!!」
声を上げたのは悪ガキAだ。その言葉を聞いて、悪ガキC改め、カンツ君は俺の目の前で急ブレーキをかけると、すぐに振り返る。
「に……兄ちゃん?なんで止めんだよ!」
「気づいてなかったのか?そいつ、ガラス越しに俺らの動きを見てるぞ。そのまま突っ込んでたら、今頃お前はそのショーウィンドウの中に顔を並べてただろうな。」
「な……!?」
驚いているカンツの横で、俺は少し感心していた。
兄ちゃんって事は、やっぱりこいつら兄弟なんだ。それに悪いガキAは……いや、あの顔からするとB君も俺の様子に気づいていたんだな。なかなかやるじゃん。
だが、ふと自分の考えに疑問が浮かび、すぐに冷静に考え直してみた。
いや……そうじゃない。そんな事はどうでも良くて………この展開はいったい何なんだ?何で俺はこいつらに絡まれてんだろう。この辺はこいつらの縄張りって事か?余所者の俺が、何食わぬ顔をして歩いていたのが鼻についたとか……確かに異世界イベントって感じだけど、そういうのは荒くれ者とかスラム街とかさ、もっと場所や人を選ぶんじゃないの?
呆れて小さくため息をつくと、俺の態度に気づいた悪ガキAがゆっくりと近づいてきた。
「とは言え、お前も俺たちをバカにし過ぎたな。余所者の癖に少々生意気が過ぎる。」
悪ガキBも、Aの後に続いて近づいて来る。
そうして、気色の悪い笑みを浮かべているABCの三人が俺を取り囲む形となった。
うわぁ〜こいつら、プライドとかないんかな。こっちは5歳の少女なんですけど……まじ、あり得ねぇ。まぁ、おそらくは暇を持て余してるんだろうなぁ。誰でもいいから絡みたいお年頃なんだろうなぁ。
だが、三人は俺が黙っているのはビビっているからだと勘違いしたようだ。ニヤニヤと笑みを浮かべているのが気色悪い。
呆れてものも言えなかっただけだが……
だが、こんな状況でも俺自身は冷静だった。この三人が怖いとも思わないし、もし殴りかかってきたら返り討ちにできる自信もあったからだ。
これまでの2年間で、アルからはベスボル以外にも色んなことを学んできた訳で、その中でも特に興味深かったのは魔物の狩り方だった。街中でよく姿を現す害虫、害獣系の魔物はそこまで強くはなく、一般人でも簡単に対処できる。それらと遭遇した場合、どう対処すれば良いのか…その方法をいくつも教えてもらっているのだ。
ミニボアに囲まれた時の対処方法は、確か……
※ミニボア:森や農地によく現れる猪型の魔物。三匹一組で行動する習性を持つ。
だが、アルの言葉を思い出しながら、どう対応しようかと策を練っていたその時だった。
「お前ら!何やってんだ!」
聞き覚えのある声が大きく響き渡る。
ん……?この声どこかで……
疑問を浮かべた俺が、声の発信源へ目を向けると、なんとそこには自称ソフィアの幼馴染みであるラルの姿があり、こちらをジッと睨みつけているではないか。悪ガキABCも突然の事に驚いている。
ヒーローか、はたまた白馬の王子様か……
素晴らしいタイミングに現れた幼馴染み。誰がどう見ても、超カッコいい登場シーンに違いはないのだが、俺だけは一人こう考えていた。
ーーーラルって……ソフィアのストーカーなんじゃね?
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