30ストライク 帝都観光


 この世界で最大の国力を有しているクレス帝国。

 第13代皇帝であるインペリ=ウル=クレスが君臨・統治する君主制国家であり、四季都市アネモスや、ジルベルトたちがいる辺境都市サウスなど、多くの都市を束ね、隣国に多大なる影響を与える国でもある。


 そんなクレス帝国に存在する多くの都市の中で、特別な都市が一つだけあった。

 それがここ帝都ヘラクであるのだが、その理由を説明するにはまず帝国の統治制度について話をしよう。

 本来、帝国に存在する都市には必ず領主が存在し、その統治を行っている。例えば、サウスで言えばダンカンがこれに当たり、彼らは税を徴収する代わりに、領民の生活を保護する責務を負う。

 クレス帝国において、各都市に配置される領主は世襲制ではなく、領主制と言う制度の中で運用されており、皆、皇帝からの命を受けてその都市に身を置き、統治を行う訳だ。

 要は、皇帝が信を置く貴族が領主に任命され、その土地を治める事になるのだ。

 話を戻すが、さっきも言った通り、この帝都ヘラクは他の都市とは違うのは、この都市は皇帝が直々に統治しているという点だ。帝国で唯一、人口10万を超える中心都市。国内外からヒト・モノ・カネが集まってくる巨大都市。それを自ら統治する手腕からも、皇帝の優秀さが窺える。

 さらに言えば、帝国は世界の商業、産業、工業など、全ての技術の最先端を突き進んでいると言われており、その礎を築いたのも皇帝一族なのである。

 


「……ここまでは宜しいですかな?ソフィアさん。」



 数歩先を歩く初老の男性が、軽く振り返ってニッコリと笑った。そして、俺が小さく頷いたのを確認すると、満足げに頷き返してくる。

 彼の名はスロウ=バトーラン。

 スーザンの知り合いであり、ヘラクにいる間だけの俺の保護者兼世話係だ。俺が今、偉そうに説明していた帝国の話は、全部この人の言葉を代弁していた……と言う事は内緒にしていて欲しい。



「次はあちらへ行きましょう。」

 


 スロウはそう告げて、俺を丁寧にエスコートしてくれる。

 今、俺たちはこの帝都ヘラクの街を散策中であり、彼にこの街を案内してもらっている訳だが、ここにスーザンの姿はない。

 その理由というと……話は昨日の夜に遡る。

 俺とスーザンは昨晩、この街に到着した。突然、帝都へ向かうと言われた時は驚いたが、スーザンの勢いに流されるまま、今この街にいる。

 店の事はウィルさんに任せてきた。俺が来る前はよくお願いしていたらしいので、すんなりと受け入れてくれた。そのまま、いくつかの馬車を乗り継いで、時にはある都市で宿泊し、こうして数日かけて帝都ヘラクに到着した訳だが、街に着くなりスーザンは俺にこう告げた。



「ソフィア、ここからは別行動だ。知っての通り、私は今からちょっくら仕事に行ってくるからな。」


「え……!?ついたばかりだよ?お宿とかごはんとか…準備してからでも遅くないんじゃ……」


「甘い!時間は待ってはくれないぞ!ちなみに、今から当分の間、お前の世話はあいつがする。」



 スーザンの指の先に目を向けると、そこにはスマートにスーツの様な服を着こなした初老の男性が立っており、俺と視線が合うと同時に、彼はニコリと笑みを浮かべて頭を下げた。



「あいつはこの街にいる数少ない私の友、スロウだ。わからない事は奴に聞くといい!では!」


「あっ……ちょ…ちょっと……」



 スロウの事を簡単に紹介し終えたスーザンは、やれ急げと言わんばかりに軽快な足取りで走り去っていった。その去り際、「くくく、あいつの気配をひしひしと感じる。」と、何やら不気味な笑みを浮かべていた事には気づかないふりをしておいた。

 だって、それが何の事なのかは俺にはわからないし、知りたくもなかったので。

 そうして、帝都ヘラクに着くや否や、全く初対面のおじ様の世話になる事となり、今に至る訳だ。


 スロウは、俺の事を少しばかり頭の良い子供と認識しているようで、それならばと簡単にではあるがクレスの歴史について講義をしてくれた。しかも、街の名所を巡りながらだ。最初はどうなるのかと不安に思っていたが、結局のところ、旅行感覚で楽しませてもらっているので特に不満はない。

 強いて言うなら、スーザンの事が心配ではある。約半日経ったが、彼女からは何の音沙汰もないし、スロウにも聞いてみても、スーザンの動向は分からないようだった。

 ただ、彼は一言だけ「心配はないですよ。」と呟いてニコリと笑った。


ーーー彼とスーザンはいったいどんな関係なのか。


 気になりもしたが、それを詮索するのはやめておく。知らぬが仏という言葉もあるし、余計な事は知らないのが一番だ。


 そんな事を考えながら、スロウの後に続いて街を眺め歩いていく。

 まるで東京だな……

 たくさんの人や馬車が行き交う様子を見て、俺は心の中でぽつりと呟いた。

 とは言っても、元の世界で東京に住んでいたわけではなく、遠征などで何度か見た景色をこの街に重ねているだけ。建物の高さだって、軒を並べる店の感じだって、記憶の中の東京にはほど遠い。

 だが、それでもそう感じさせるだけの都会の雰囲気には、さすが中心都市だと感心させられる。その反面で、東京に感じた忌避感と同じものを感じてしまうのは、俺自身が人混みは好きではない事に起因しているのか……

 などと、昔の記憶に耽っていた俺は、旅路の途中に考えていた事をふと思い出した。

 そういえば、ベスボルは帝国発祥のスポーツだったはず。だったら、その中心であるこの街には"あれ"があるんじゃないだろうか?サウスにもアネモスにもなかったけど、ここなら絶対にあると思うんだが……

 そう考えてみると、少し憂鬱になっていた気分も晴れ、ワクワクしてくる。ニマニマと笑いながら、俺はアルの話を思い出してみた。

 ベスボルのプロリーグは、帝都ヘラクを中心に行われている。なので、ベスボルのトッププレイヤーたちの多くが、この街を拠点にしているらしい。

 とは言っても、彼らは特別に用意された専用地区に住んでいる為、一般人が会う事は難しい。街でばったりなんて事は、おそらく皆無だろう。

 しかし、そんな事は俺にとってどうでもいい事だ。俺が今知りたいのは、この街に"ベスボルの用品店"があるかどうか……それだけだからな。

 ベスボル選手たちがこの街に住んでいるならば、彼らに道具を提供する組織があるはず……元の世界で言えば"メーカー企業"の事である。そして、そういった組織があるならば、ウィルさんのように卸す者もいるし、販売する者だっているはずである。

 トッププレイヤー御用達の店は無理だとしても、ベスボルの人気さを考えれば、市民向けのベスボル用品店が絶対にあるはず……俺はそう踏んだのだ。



「さぁて、着きましたよ。こちらが、かの有名な初代皇帝の生家と言われていて……」



 スロウは満足げに名所案内を続けているが、すでに俺の耳に彼の話は聞こえていない。右へ左へと好奇の目を辺りへと向ける。すると、見回していた視界の先にそれらしき……いや、まさにそうであろう店を一つ見つけた。

 大きな看板にはバットとグローブの絵…そして、遠くからでもわかるほど、ショーウィンドウにずらりと並んでいる商品たちにすぐに心を奪われる。

 気がつけば、俺は無意識にその店へ向けて足を踏み出していた。皇帝の生家だかなんだか知らないが、未だに説明を続けているスロウはそれに気づいていない様子。

 だが、今の俺にはどうでもいい事だ。そのまま駆け出して大通りを渡り、人の壁の間を身軽にすり抜け、目的の店の前に辿り着いた。残念ながら店自体は閉まっているようだが、入り口の上に取り付けられた看板には、店名らしき文字が書かれている。



「フィロ……ソ……フィア……はは、ソフィアだって。すごい偶然だな。」



 面白いこともあるものだ。

 そう呟いてショーウィンドウの前に立って見ると、そこには色鮮やかなベスボルの道具たちが静かに腰を据え、街の様子を眺めるように佇んでいる。

 俺はショーウィンドウに顔を寄せ、彼らを一つ一つゆっくりと……まるでおもちゃに魅せられた子供のように眺め始めた。







「という訳で、帝国の礎を築く英雄がこの家で産声を上げたのですな。」



 スロウはそう言って、満足げに頷いた。

 気づけば、いつの間にか周りには数組の観光客が集まっており、自分の話に賞賛を送るように拍手を送ってくれている。スロウは少し驚きつつ、拍手に応えながらソフィアの姿を探した。

 だが、そこにソフィアの姿はない。


ーーーあれ?いない……?


 彼はそれに気づき、しかし、焦る事なく小さく呟いた。



「ちょっと夢中になり過ぎましたか…。しかし、スーザンが言っていたのは……こういう事ですか。はぁ……」



 彼はそう肩をすくめたのだった。

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