32ストライク 嵐の予感?


「なんだぁ?お前……」



 悪ガキAが、突然の邪魔者の登場に訝しげな視線を向けた。だが、ラルは視線を逸らすことなく、負けじと睨み返している。

 他の二人も同じようにラルを睨んでおり、まさに一触即発の雰囲気……

 だが、俺はというと、なんでここにラルがいるのかという疑問で頭が一杯だった。


 え〜と……何でこのタイミングでラル?一緒に来た訳ではないはずだけど。しかも、こんな絶妙なタイミングでの登場って……なんで?あり得なくないか……

 そんな考えが頭の中を巡っていた。

 本来ならば、この危機的状況に現れたラルはヒーローだと言える。だが、それは時と場合によるんじゃないかとも思う。5歳のラルが俺の危機を察知して、アネモスから馳せ参じる、と言うには少々……いや、絶対に無理がある話だ。

 ならば、必然的に考えつく事は、ラルは肉屋の仕事でこの街に用があって俺たちとは別に訪れていて、たまたまこのシーンに出会した。もしくは……これは考えにくいが、スーザンがこっそり連れて来ていた。

 そして、最後の一つは単独で俺の事を……いや、まさかね。

 だが、俺の疑問をよそに男どもの舌戦は続いていく。



「その子から離れろ!」



 俺の事を指差して、ラルがそう叫ぶ。

 その態度にさらに機嫌を損ねた悪ガキAが、声を荒げて言い返す。



「……また余所者。ちっ、お前に指図される筋合いはねぇ!こいつは俺たちの事を馬鹿にしたんだ。その落とし前をつけてもらうんだよ!」



 落とし前って……どこのチンピラだ。お前ら、自分の歳を考えろよな。それに余所者余所者って、ナワバリ意識強過ぎだろ。

 そんな事を考えながらも、なんだか面白そうなのでとりあえず彼らのやりとりを見守る事にする。



「何が落とし前だ!そんな小さな女の子に寄ってたかって!!あんたたち、恥ずかしくないのか!」



 お……ラル、よく言った。

 


「う……うるせぇ!こっちにだって、プライドってもんがあんだ!!」



 何の役にも立たないプライドだな。早く捨てとけよ。



「とにかく、その子から離れろよ!大人を呼んでくるぞ!」



 え、ラル?そこは自分で戦うんじゃ……まぁ、正攻法ではあるけど。



「あ〜呼んでこいよ!そんなもん、俺らには関係ねぇ!」



 あら、こっちの彼ったらなかなかの強気……もしかして、異世界あるある「俺はお貴族様の息子だぞ」宣言が飛び出すのか?ワクワク……



「強がってんなよな!じゃあ、本当に呼んでくるぞ!」


「あ…!待てっ!!それは……だめだ。」



 あれ?悪ガキAが急に尻すぼんだ?なんだ、貴族じゃないってことか。残念だな……異世界あるあるはお預けか。ていうか、それならなんで強気に出たんだよ。

 拍子抜けして少し肩を落とすが、もはや彼らの頭の中からは俺の事など抜け落ちているようだ。二人の言い合いはさらにヒートアップしていく。



「なんだよ!やっぱり怖いんじゃないか!」


「うるせぇ!大人呼ぶとか卑怯だろ……てか、お前の方こそ自分で戦えないのか?俺らにびびってんじゃね?」


「バ……バカ言え!びびってなんか……俺は単に暴力はいけない事だって、母さんに教えてもらってるから……」


「なんだ!お前、ママっ子かよ!」



 なんだ、ママっ子って……それにラルも真面目過ぎだ。しかし、なんだか話の中身が幼稚になってきたな。

 目の前では、悪ガキAの後ろにいる他の二人が「ママ〜」とラルを馬鹿にするように挑発を繰り返している。完全に子供の喧嘩だ。いや、それは事実で間違いないのだが……



「ち…違う!俺はただ……」


「へへ〜ん!ママっ子なんて怖くねぇぞ!さっさと帰ってママのおっぱいでもしゃぶっとけ!」


「い……言わせておけば!お前だって、自分じゃ声かけられないから、別の奴を使ってソフィアに声かけたんだろ!ソフィアが可愛いからって、後ろで隠れて臆病な奴だな!気になるなら、自分で声をかければいいだろ!!」


「な……!お…俺は臆病なんかじゃねぇ!俺はこの中で一番歳が上だから偉いんだ。だから、弟たちに声かけさせたんだ!兄貴には威厳が必要なんだよ!それに、こんなガキに興味なんかねぇし!!」



 お前だってガキじゃねぇか……こちとら中身はおっさんだぞ!……とまぁ、小学生程度の言い合いだし、張り合っても仕方ないか。はぁ……こいつら、いったい何がしたいんだか……。しかし、このままだと本当にラルがボコボコにされかねないかもしれないし……

 睨み合う四人を見た俺は大きくため息をつくと、ある提案を投げかける事にした。



「あの……お楽しみのところ悪いんだけど……」



 俺の言葉に四人が振り返る。

 悪ガキ共は気に食わないという様子で俺を睨みつけてくるが、全然怖くもない。ラルはというと、なんだか微妙な顔で俺を見つめている。

 それはいったいどんな表情なんだ?めんどくせぇ奴だな……

 小さくため息が漏れる。



「時間がもったいないから、ひとつ勝負してみない?おま……あっいや、もしお兄ちゃんたちが勝ったら、ソフィアたち何でもいう事聞くから。」



 その言葉にラルは驚き、悪ガキ共は三人ともニヤリと笑みを浮かべた。

 どうせ、どんな勝負でも勝てる自信があるのだろう。歳の差や体格を考えれば、こいつらがそう思うのも無理はない。



「へへへ……勝負か。いいだろう。なら、何で勝負するかくらいはお前たちに決めさせてやるよ。」



 なんとなく、そう言うだろうなと踏んでいたので、予想通りで笑みが溢れてしまった。しかし、悪ガキ共は俺の様子なんて特に気にしていないようだ。

 ただ、ラルは違う。未だに微妙な表情を浮かべて俺をジッと見ている。

 おそらく、あれは俺の提案を訝しんでる顔だな。うん……無視しよう!



「いいの!?ありがとう!なら、ベスボル!ベスボルがいいなぁ!だって、このお兄ちゃんが持ってたのってベスボルのボールだったよね!?」



 カンツと呼ばれた悪ガキCを指差すと、彼は少し焦ったように身を捩った。俺に投げつけたボールの事を言われたからだろうけど……

 だが、他の二人はしたり顔を浮かべている。どうやらベスボルという選択は、彼らにとっても願ったり叶ったりという事なんだろう。

 まぁ、俺としても素人とやるよりは、そっちの方が勝負しがいがあるってもんだから、こいつらの思惑に乗ってやることにする。

 悪ガキAは「なら、ついて来い。」とだけ告げて歩き出し、俺とラルはその後に続いた。





 ベスボルは、周知のとおり野球によく似たスポーツだ。投手がボールを投げ、打者がそれを打ち、野手が守る。3アウトで攻守を交代し、基本的には9イニング制を戦い抜くスポーツであり、基本的なルールは野球とあまり変わらない。

 捕手がいなくてもいい事を除けば、投手はSゾーンという予め決められた枠内に目掛けてボールを投げ、3つのストライクを目指す。このSゾーンはラルと初めて勝負した時に見た魔力で構築された四角い枠の事。あの時は簡易的な構築具を使用していたけど、公式戦なんかではもっと高度なものが使用されるらしい。

 話が逸れてしまったが、要はボールがその内側を通ればストライク、外側だとボールとカウントされ、ストライクを3つ取れば1アウト、ボール4つでフォアボールとなり、打者の行く末を決める事になる訳だ。

 

 だが、ベスボルには野球とは異なる点が多く存在する。

 例えば、それを代表するものがプレイするフィールドだろう。野球と同じように扇の形を象っているグランドにおいて、ホームベースから外野スタンドまでにはシングルエリア、ダブルエリア、トリプルエリアの3つの区画が順番に設けられていて、打者が打ったボールが、落ちて"止まった"エリアによって進塁先が決まるのである。

 ちなみに、ホームランは野球と同じくスタンドに打ち込めばいいのでシンプルだ。

 また、アウトの取り方も一部特徴的なものがある。

 三振やフライ(地面につく前にボールをキャッチする事)の他に、アウトを取るもう一つの方法。

 それは、野手はフィールド上を転がり抜けるボールが、その動きを"止める"前に捕球する事……これもアウトの条件になるのだそうだ。

 ちなみにこれを知った時、俺の頭にあるスポーツの名前が浮かんだ。


 『ウィッフルボール』


 野球を原型に1953年アメリカ・コネチカット州で考案されたスポーツと、ルールが酷似しているなと感じたのだ。


 野球に加えてウィッフルボールにも似ているなんて……ベスボルって、本当にこの世界で独自に生まれたスポーツなんだろうか?

 広いグランドを見ながらそんな事が頭をよぎったが、それもすぐに記憶の底に沈んでいく。

 だって、俺が今立っているのはマウンドの上。そして、目の前の打席にはカンツと呼ばれた悪ガキCが、いやらしい笑みを浮かべて立っているからだ。


ーーーよっしゃ!いっちょ暴れてみますかねぇ!


 俺の後ろで心配げな顔をするラルを尻目に、心の中でそう笑った俺は、手に持つボールに力を込めたのだった。

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