29ストライク 踏んだり蹴ったり


 辺境都市サウスから北西へ約100kmほど進んだ所に位置する死の森"ブラッドゼゲア"。

 "血のたどり着く場所"と呼ばれ、凶悪な魔物の巣窟として恐れられている深い森。

 人が一度足を踏み入れれば、生きて帰ることすら難しい……

 そう周辺の都市から恐れられているこの森を、軽快に駆け抜けていくエルフの女性が一人。真っ白な長い髪を揺らして走るその姿は、まるで天使の如く美しい……


 とは、残念ながら言えなかった。






「なんで私ばっかりこんな目にぃぃぃぃぃぃ!!」



 私はそう叫びながら、必死の形相で森の中を駆け抜けていた。

 後ろにチラリと目を向ければ、剥き出しの牙と滴る涎、そして、真っ赤に光る双眸と共に敵意を向けてくる真っ黒な巨躯の魔物が、木々を薙ぎ倒しながら追いかけてきている。その頭にはたんこぶが二つ、鏡餅のように置かれている。



「こいつ!!しつこ過ぎるのよぉぉぉぉぉ!!」



 なぜ、またこの魔物に追われているのか。

 それを説明するには、少し時間を巻き戻す必要がある。



〜数刻前



「はぁ…勘弁してよね。せっかく辺境の街まで足を運んだっていうのに…」



 私は果実を絞って作ったパックジュースを飲みながら、大きくため息をついて肩を落とした。今はサウスでの選手捜索を終えた後……終わったというよりは、あれ以上探しても無意味になってしまったと言う方が正しいわね。

 と言うのも、私が目的としている人物は、すでに四季の都市アネモスに移り住んでいたことがわかったから。今はサウスで入手した情報をもとに、アネモスへ向けて歩いている途中で、時間短縮のために再びこのブラッドゼゲアの森の中を歩いている訳なんだけど…


 やっぱり納得がいかないわ!魔物に追われながらも、やっとの思いでサウスに辿り着いたのに!街の入り口では領主に不敬を働いてしまい、肝を冷やすなどのハプニングもあったけど、それでもなんとか辿り着いたのに!やっと金の卵に会えると思ってたのに!!



「すでにアネモスに移り住んでいるだなんて、そんなの早く言いなさいよね!!」



 私はそう吐き捨てると、理不尽にも込み上げてきた怒りから、ジュースパックを持っていた手に魔力を込めて、それを地面へと投げつけた。その拍子に小さな衝撃が生まれ、側にあった石がどこかへと弾き飛ばされていったが、私はそんな事は気にしない。



「2年も…!2年もかかってこの森を抜けて!やっとの事で辿り着いたっていうのにぃ!なんなのよぉもう!!!」



 悔しさから地面をゲシゲシと蹴りつけ、そのまま数分ほどそれを繰り返していたが、ようやく気持ちも落ち着いてきた。大きく息を吐き、気を取り直して地図を見直して進むべき方向を確認すると、私はアネモスへと再びその歩を進めることにする。

 

 しかし、ソフィア=イクシードか。

 辺境都市サウスで、唯一の狩人であるジルベルト=イクシードとその妻ニーナの娘。上には兄と姉が一人ずついるようだけれど……本人は確かまだ5歳だったかしら。本当に信じられないわ。そんなに小さな子供に、あんな特大のホームランが打てるものかしら…

 聞き込みの結果、街の連中の反応に嘘はないと思うのよね。みんな口を揃えて、ソフィアの事を讃えていた訳だし……ボールを見せたら、確かにサウスで使われたボールだとも言っていた。このサウス領の刻印がその印らしいし、それなら、疑う余地は無いはずなんだけど……



「ううん!だめよね、自分の感を信じなきゃ。」



 そう切り替えてみたものの、他にもいくつか気になる事もあった。

 特に、聞き込みをしていた時の街の連中の雰囲気だ。今思い返せば、どこか…誰かに気を遣っているような雰囲気。まるで、その話は本当はしてはいけないような……聞かれたから教えるけど、俺から聞いたとは絶対に言うなよと、念を押してくる者もいたし……

 だけど、理由を聞いても誰も教えてはくれなかった。皆、口を揃えてソフィアの親に会って直接聞けと言う始末。

 なので、教えてもらったイクシード家を訪ねてみたのよね。

 私は、街の外れの小高い丘の上にある、少し古びたその家での出来事を思い返してみた。

 



「こんにちは!イクシードさん、いますか?」



 玄関のドアをノックしてそう告げると、一人の男が返事と共に顔を出した。金髪で人族にしてはなかなかのイケメンだが、私は妻帯者には興味はないのでスルーする。



「突然のご訪問で失礼する。ここにソフィアさんと言う女の子がいると聞いて伺ったんだが…」


「ソフィア…?えぇ、それはうちの娘ですが…何か御用で?」



 男は少し驚いたように尋ねてきた。

 まぁ、私のような美人が自分の娘を尋ねてくれば、驚くのも無理はないわね。

 だが、ここは丁寧にいかなくちゃ。社会人たるもの、第一印象が大切なの。見た目は良くても、話し方、振る舞い、礼節が備わっていなければ、印象は最悪。相手にもされなくなってしまうわ。



「突然の訪問、誠に恐縮です。お忙しいところ、貴重なお時間まで頂いてしまって…私はシルビア=アンダリエラ=ララノア。誇り高きエルフ族ララノアの子であり、王都ヘラクに拠点を置く『ベスボル・フィロソフィア』と言う会社で、広報を担当しておりますの。娘さんには、このボールの件で少しお話を聞きたくて伺った次第です。今、いらっしゃいます?」



 そう言いながら、笑顔で腰を折り、名刺とボールを差し出た。

 完璧ね!まずは謙ってお詫びから。これで相手も仕方ないなと思うはず。そして、自己紹介と要件は端的にわかりやすく。そうすれば、相手も次の対応をどうするかすぐに判断できるでしょう。さぁて、ついにご対面できるわね!私の金の卵に……ぬふ…ぬふふふふ……


 私はそう勝利を確信していたが、彼からはなかなか返事が返ってこない。それを疑問に思い、頭を上げて驚いた。



「ベスボル……フィロソフィア……?」



 そう呟く彼の顔には、私の予想に反して疑いと軽蔑の色が浮かんでいたからだ。

 何か対応を間違えたのかと少し焦っている私に、彼は冷たい声色でこう言い放った。



「お帰り願おう。」



 それと同時に、扉が大きな音を立てて閉まった。

 私は何が起きたのか理解できず、ただ苦笑いを浮かべて、閉められたドアを眺めていた。

 が、すぐに我に返る。

 はぁぁぁぁ!?何よその態度!!こっちが下手に出てりゃ…調子に乗るんじゃないわよね!

 込み上げてくる怒りを必死に抑えつつ、気を取り直して笑顔を浮かべ、ドア越しに問いかけてみる。



「あ……あの、イクシードさん?私、何か失礼でも働きましたでしょうか?できれば、この状況の理由をお聞かせ願いたいのですが……」



 社会人らしく、冷静に丁寧に相手を逆撫でしないように言葉を並べていく。

 しかし……



「帰ってくれ!何も言うことはない!」



 彼は再び顔を出すこともなく、家の中からただ一言そう告げただけ。その後も少し粘ってみたが、彼からは一切返事はなかった。

 仕方なく、一度諦めて宿へ帰る途中である男と出会い、ソフィアは今、サウスにいないと聞かされて絶望して今に至る訳だけど…


 て言うか…なんなのよ、あのイクシードとか言う人族!少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃない!!最初っからシャットアウトとか、何で私が人族に完封されなくちゃいけない訳!※注:シャットアウト及び完封とは、野球において相手を無失点に抑えることを意味します。

 考えれば考えるほど、怒りが込み上げてくる。

 無下に扱われた事と肝心のソフィアが居なかった事への不満が、心の中でさらに怒りを醸造していく。



「あぁ!!もう!ほんと踏んだり蹴ったりとはこの事ね!!」



 溜まりに溜まった不満と怒り。

 それを発散させる為、私は目の前に落ちていた小石を蹴り上げた。その石は大きな放物線を描いて森の奥深くへと大きく飛んでいく。

 大した発散にはならないが、冷静にはなれたわね。

 そう気を取り直して、改めてアネモスへと向かおうと歩き始めたその時だった。



「グルルルルルル…」



 どこかで聞いたことのある唸り声と、身に覚えのある殺気……

 恐る恐る振り返れば、そこには鏡餅のように2つのたんこぶを頭に乗せ、怒りの形相でこちらを睨むブラックグリズリーの姿があった。

 


「げぇ……!?」



 その瞬間、シルビアとブラックグリズリーの鬼ごっこが再び始まった。


 →冒頭に戻る笑

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