28ストライク スーザンの属性

 

 食事を終え、自室に戻った俺は再びベッドに横になった。天井に目を向けて、いくつかあるシミをジッと見つめていると、自然とスーザンの言葉が頭の中に蘇ってくる。



『お前のその力は、この国の初代皇帝と同じかもしれないと言う事だ。』



 皇帝と同じ能力とか…漫画とかアニメでよくありそうな設定だよな。

 今でさえ冷静に考える事ができているが、話を聞いた時はその突拍子もない話に理解が追いつかず、ただただ唖然としてしまい、言葉が出てこなかった。

 俺はボーッと天井を見つめながら、スーザンの言葉と、これから自分がするべき事について反芻していた。




 

 この世界では、古来よりエルフやドワーフ、獣人、竜人、巨人など、多くの種族が存在してきた。彼らは自分達の国を成し、その文化を営んできた訳だが、中でも、常に世界の人口の多くを占めてきた種族、それが俺たち"人族"らしい。それに加え、人族は数が多い分、なにかと部族同士の争いも絶えなかったそうだ。

 文化、地域性、思想、信仰……

 これらが違うだけで、人は争い、憎しみ合う。人の本質は、どこの世界でも一緒なんだなと感じた。

 だが、その争いは長くは続かなかった。


 クレス帝国初代皇帝インペリ=アル=クレス。

 かの英雄の出現で人同士の争いは終わりを告げ、人族は彼の下に集まり始める。

 もちろん、一部には例外もいた。この世界に帝国以外の人族の国が存在しているのはそれが理由である。

 例えば、精霊神への信仰心を教えとする独自の宗教概念を持ち、最高法神官が指導者として国を治めているファイス宗国や、世界の東、雄大な森林に囲われた未知の東国ジャーパル、鍛冶などの産業が発達した産業国ガブスなどなど。

 彼らの祖先は文化、信仰、地域性など、様々な要因によって帝国とは相容れなかった者たちだが、当時初代皇帝はそれを否定しなかったそうだ。

 来るものは拒まず、去る者は追わず……

 そんな彼の寛容さと寛大さに人は惹かれ、集い、帝国という国を成していった。


 帝国の礎を築き上げた英傑の事を知らない者など、このクレス帝国にはいない。それほどまでに、今でも帝国民から愛され尊敬される歴史的要人。

 そんな彼のルーツは、意外にも農夫から始まったらしい。まさに成り上がりの人生、俺たち凡人からすれば物語の主人公のようなものだが、事実、彼はそれを成し遂げ、今に至る訳だ。

 それを可能にしたのは、彼が持っていたある"力"。

 彼はその力によって人々をまとめ上げ、国を創り、治めてきたのだ。

 この事は、帝国の歴史が書かれた書物にならどこにでも記されている内容であるが、実はその力の詳しい内容は公にされていない。皇帝が持つ力は帝国内では崇高なるものとして崇められ、その詳細を一般人が知る事を良しとはしていない……にも関わらず、スーザンは、初代皇帝の力は女神から授かったものであると断言する。そして、それがあの物語として永きに渡って語り継がれてきたのだと確信すらしているのだ。

 だが、国が秘匿にする情報…故になんの証拠もないならば、やはり推測の域は脱しないだろう。

 俺がそう告げると、スーザンは肩をすくめて笑った。



「単なる推測でこんな話はせん。みくびるなよ。」



 笑顔の中にどこか凄みを感じさせる表情を見て、俺は唾を飲み込んだ。スーザンが自信をそう告げるのには、実は裏付けされた理由があったのだ。

 以前、彼女は帝国立図書館で調べ物をしたと言っていたが、その帝国立図書館とは、クレス帝国の歴史と知識の全てが詰まった叡智の結晶。クレス帝国最大の都市であり、現皇帝が直々に治める帝都ヘラクに存在している"クレス帝国立図書館"の事である。

 とは言っても、基本的には誰にでも利用できる公共の施設なので、地球にある図書館と同様のイメージを持ってくれて構わないが、スーザン曰く、その中に一部の者にしか入ることが許されていない部屋があると言う。

 館内の地下…複雑なスキルによって、セキュリティを何重にも掛けられた通路のその先に存在する禁書庫。帝国の歴史の裏が語られる希少な書物のみが封印されているその場所で、スーザンはその証拠となる書物を読んだと言うのだ。

 

 ……て言うか、そんなトップシークレット中のトップシークレットな場所に入れるとか……スーザンってマジ何者なんだ?

 そう考えるのは普通の思考だと思う。普通の人が入れないなら、入れたスーザンは普通じゃないという事なのだから。

 だが、スーザンはニヤリと笑うのみ。

 もしかして、どっかの大怪盗の様に忍び込んだりしたとか……まさかね。

 そんな想像を膨らませながら、俺はスーザンが読んだその記録について耳を傾けた。



「私が読んだのは、初代皇帝の手記だ。」


「しゅ…手記…?」



 俺はついつい首を傾げてしまった。

 手記って事は、日記だろ?皇帝が日記をつけるとか…皇帝ってそんな事するんだっけ?俺のイメージだと、威厳があって基本的には命令しか出さないし、そんな庶民的な事はしないと思ってたんだが……

 だが、そんな俺を見て、心内を読んだかのようにスーザンは真面目な顔でこう告げる。



「それはな、彼が皇帝になった当初から少しの間だけ書かれていた手記だ。まぁ、皇帝とは言っても人だ。そんな一面があってもおかしくはないさ。それに…その手記が残っていたからお前の力も調べられるんだ。感謝しとけよ。」



 少し偉そうに言われてムッとした。

 俺が感謝する話でもないのに…

 だが、ぐっと堪えて再び話に耳を傾ける。



「それで、その手記のページの一つにはこう書かれていた。『その日、村が魔物の群れに襲われた。妹を抱えて逃げるにも限界があり、俺は妹と共に近くの納屋へと逃げ込んだ。奴らは匂いを嗅ぎ分けて俺たちの居場所を見つけ、納屋のドアを食い破ろうとした。だが、もう無理だと思ったその時、彼女は現れた。』とな。」


「あの物語と同じだね。……てことは、やっぱり初代皇帝は女神さまから力を受け取ったってことなんだ。」



 だが、俺の問いかけに対して、スーザンは悔しげに頭を横に振った。



「いや……あの時はそこまでしか読めなかったんだよ。」


「……そっか。時間が足りなかったんなら、仕方ないよね。」



 禁書庫と言うだけあって、閲覧の制限時間などを設けられたりしてるんだろうな。まぁ、仕方ないか…

 そんなことを推測しつつ、残念な表情を浮かべている俺の目の前で、スーザンは肩を落としてこう小さく呟いた。



「そうなんだよなぁ…あの時、衛兵が来なけりゃ続きを読めたのに……」



 は…?この人今、衛兵が来なけりゃって言った?え……て事は、マジで忍び込んだ系なの?聞き間違いじゃないよな……?



「ちょっと待って……ス…スーザンお姉ちゃん、もしかして……」



 驚く俺にスーザンはニヤリと笑う。

 その笑みに俺は顔を引き攣らせつつ、一度ごくりと唾を飲み込むと、意を決して彼女に尋ねてみた。



「もしかして…忍び込んだって事?」


「あぁ、そのもしかしてだ。」



 俺の叔母は、尖りまくっているようですね。

 自慢げにそう返す彼女を見て、言葉を失ってしまう。

 まともな神経なら、帝国の裏側を盗み見るとかしないだろ!何考えてんの、この人!

 しかし、呆れる俺に向かって、スーザンはさらに驚くべき事を告げた。



「という事で、明後日、早朝より帝国へ出発します。」


「はひっ……?!どどど……どういう事…?」


「どうもこうもないだろう。今言った通りだ。明後日、帝国へ向かう朝一番の便に乗る。」



 あぁ……この人、また忍び込むつもりだ……絶対。目を輝かせているあたり、それは間違いないだろう。



「だ…ダメだよ!スーザンお姉ちゃん、また忍び込むつもりでしょ!」


「あー?当たり前だろ。じゃなきゃ、お前の魔力問題を解決できんからな。」


「そ…そうだけど……」



 それを言われると、俺としてもぐうの音は出ない。俺だって早く魔力を捉えてスキルを使えるようにならなければならないんだから。

 結局、彼女を止める術は俺にはなく、仕方なく了承して話は終わった訳だが……


 俺は頭をくしゃくしゃに掻きむしる。

 ここに来て、叔母にまさかの怪盗属性発覚とか…しかも、この流れは俺も連れていかれる可能性が高いのではなかろうか…

 あぁ…ソフィアごめん。君を前科者にしてしまうかもしれん。

 通じる事はない謝罪を終え、ふと窓の外を見れば、空には無数の星が瞬いており、まるで俺の行く末を嘲笑っているように思えて仕方なかった。

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