27ストライク 眠れる力
スーザンの家に帰り着いたのは、陽もすっかり落ち、いつもなら夕食を終えたくらいの時間だった。
あれからすぐ帰る事にしたのだが、勝負の後、ラルは俺にこう告げた。
「今回の勝負は引き分けにしよう。ソフィアが魔力を使えないんじゃ、これ以上やっても不公平だし……」
少し残念そうにも、どこかホッとしたようにそう呟いたラルの言葉に、俺は静かに頷いた。その後はラルを家まで送り、途中でスーザンの買い物に付き合って今に至るわけだが……
「ソフィア、夕飯の支度をするから少し休んでいろ。」
スーザンにそう言われ、自室に戻った俺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。視界に映る天井のシミを数えながら、さっきまでの事をゆっくりと思い出す。
ものすごい経験だった。あんな感覚は日本では……野球では絶対に味わえない。互いの力を本気でぶつけ合う…まるで、命のやり取りをしているような……そんなヒリヒリとした空気。それに魔力とスキル、そして、ベスボルの本質を体感できた。
未だに思い出すと手が震える…あの強烈なボールとせめぎ合った感覚は、手の、腕の、体の隅々まで染み渡っているかのように今でも思い出せる……
「あれが魔力……そして、スキルか。」
今なら、国が魔力の使用を一般的に制限する理由が理解できる。あれは簡単に人を殺せる。悪意さえあれば、簡単に…だ。
そう考えると、別の震えが襲ってきた。
俺はさっきまで、そんな恐ろしいものと対峙していたのか。ラルに悪意はないとは言え、一つ間違えれば死んでいたかもしれないというその状況を思い出し、今になって死への恐怖が襲いかかってきた。そして、自分の甘い考えに対する後悔も。
何が一度死んでいる身だ…
何が信念を貫くだ…
完全に調子に乗り過ぎた。この体はソフィアのものでもあるのに……返す約束をしているのに。ダメだ!今後は死んでもいいとか、怪我してもいいとか…そんな事、絶対に考えたらダメだ!
そう、自分の浅慮さを悔いて恥じる。
ここは日本とは違う……今後は、何にするにしても絶対に命を一番に考えなくてはならない。ソフィアの体はもちろん大切に扱う。それがこの世界で生き残るため……強いては成功する為の絶対条件だ。
それを心に深く止めた。
「ソフィア、できたぞ!降りてこい!」
考えを巡らせていると、一階からスーザンがそう叫ぶ。その声を聞いた俺は、ゆっくりとベッドから起き上がり自分の部屋を後にした。
「今日はどうだった?」
食事を始めて少しした頃、スーザンが突然そう尋ねてきた。俺は口へ運ぼうとしていた鶏肉の香味焼きを寸前で止める。改めてそう聞かれると、どう答えようかと迷ってしまったからだ。
そもそも、今回のスーザンの真意がわからない。なぜ、ラルに魔力を使わせて俺と勝負させたのか。何か意図があるんだろうけど、その答えには未だに辿り着けずにいる。
テーブルをジッと見つめたまま動かない俺を見て、スーザンはスープを啜りながら小さく笑った。
「本物を体感できてよかったろ?あれが魔力だよ。」
その言葉に、視線だけ彼女へと向けて小さく頷く。
それは間違いない。実際に体験するという事は、どんな学びにも勝るものだ。"百聞は一見にしかず"という言葉は、どんな時も裏切らない。
だが、結局のところ、俺は自分の魔力を捉えてスキルを発動することはできなかった。ただバットを折ることくらいしか……
俺が小さくため息をつき、フォークを皿の上に置くと、スーザンも持っていたスープのカップをテーブルへと置いた。
「まぁ……結果は何にせよだ。なんの理由もなくお前を魔力と対峙させたわけではないぞ。ちゃんと理由があるから、それを説明してやる。」
スーザンはそう告げると、俯く俺に今回の狙いについて説明し始めた。
「まず、一つ目。ソフィア、お前には魔力によるスキルというものがどんなものなのか、早い段階で体感させたかったんだよ。」
「うん…それは何となく理解してるよ。」
その言葉にスーザンは頷く。
「だがな、お前にそれをどうやって伝えるか……正直悩んでいたんだ。目の前で単に見せるだけでは意味がないと思ったしな……だが、そんな時、お前と歳が近いラルがここに現れた。そして、お前とベスボルで勝負したいというじゃないか。それを聞いた時、ピンと来たんだ。これだってな。」
「だから、あんなに楽しそうに笑ってたんだね。」
俺が口にした皮肉に対して、彼女は肩をすくめる。
「彼の魔力をこっそり見てみたんだ。実に綺麗で、素直なほどに透き通っていたから驚いたよ。そして、同時に私は確信した…彼は必ずいい働きをしてくれるとね。」
スーザンは腕を組み、満足げに頷いて話を続けていく。
「結果、ラルはお前の為にかなりの働きをしてくれたという訳だ。しかし、ラルはあの歳でなかなか精度の高い魔力操作をするな。将来が実に楽しみだよ。」
「ラルって……そんなにすごいの…?」
「あぁ。そこらの大人なんかより、ラルの方がよっぽど有能だろう。あいつを肉屋で終わらせてしまうのはもったいない。あぁ〜うちで雇いたいなぁ。」
どこまで本気で言っているのかはわからないが、スーザンはそう楽しげに笑っている。
ラルにそこまでの才能があったとは…ただの幼馴染みだと思っていたけど、凄いやつだったんだな。
そう彼の事を見直していると、スーザンが小さくため息をついた事に気づく。
「で、二つ目の理由だ。こっちが今回の本命だな。」
スーザンはそう告げると、突然真面目な表情を浮かべた。さっきまでのふざけた表情はどこにもなく、真剣な眼差しを向けられて、俺はたじろいでしまう。
「ソフィア…お前、2年前に自分がしでかした事を覚えているか?」
「に…2年前……?え…と…ベスボル大会の…事…?」
彼女の問いかけに戸惑いが隠せない。
2年前と言えば、俺がこの世界に転生したちょうどその時だ。初めて目にしたベスボルに興味が湧いて、ジルベルトたちに無理言って打席に立たせてもらったんだ。
スーザンが言う"しでかした事"と言うのは、おそらく俺が打ったあのホームランの事だろう。いや……普通に考えたら、それしかない。
「そうだ…お前はあの時、ものすごいホームランを打ったと聞いているが、それで間違いないな?」
やっぱり……
こくりと首を縦に振る俺を見て、スーザンは一度静かに目を閉じる。
「……あのホームランだが、普通に考えればあり得ない事はお前にでもわかるな?魔力もスキルも使わずに、そんな打球を打つなんて芸当、あのバース=ローズでさえ無理だろう。」
スーザンは目を開き、真面目な顔でそう告げる。
確かにあれはまずかったなと思う反面、自分にも理由はわからないのだから、そんなこと言われても困ってしまう。それに、そんなことよりも俺の意識の半分は、今しがた聞こえた人物の名前に向いていた。
バース=ローズ……?誰だそれ。話の流れからすれば、ベスボル選手って事かな。
「そのバース=ローズて言う人は誰なの…?」
しかし、そう聞いてみたものの、スーザンの表情はそれに応えてくれる雰囲気ではなさそうだ。
「あのホームランについては、ダンカンがサウスの街に箝口令をしいてくれたから、大きな問題にならなかったのは幸いだったな。」
ジト目でこちらを見てくる彼女に、俺は気まずくなって話を続けるよう促すと、スーザンは咳払いを一つして話を再開する。
「今回、ラルを利用したのはあのホームランとお前の魔力、そして、その眼の関連性を調べる為だ。実際、ラルがボールを投げてお前がそれをバットで捉えるまでの間、お前の中の魔力は急激に上昇した。もちろん、スキルは発動できてはいないし、今回は瞳に変化も見られなかったが、明らかにあの魔力値の上がり方はおかしい。これらから推測するに、お前の中には得体の知れない力が眠っている可能性があるって事だ。」
「え…得体の知れない……力……」
それを聞いて、俺は内心で頭を抱えた。
おいおい、なんだよそれ。得体の知れない力とか、不安しかないじゃないか。絶対これ、クッソ女神の仕業な気がしてならない。あいつ、絶対に俺になんかしやがっただろ。
そう考えていたら、俺の中で女神への殺意が芽生え始める。魔力が使えないと思ったら、今度は得体の知れない力だとか。決めた……絶対にあいつの事をぶん殴る。これは決定事項にする。
そうやって内なる怒りをなんとか抑えていると、スーザンが小さく呟いた。
「ソフィア、私が前に話した物語を覚えているか?」
物語…?女神と魔眼の話かな…?
その言葉に視線を上げ、頭を縦に振る俺を見てスーザンはこう告げる。
「実はあれには、モデルとなった話があるんだよ。あの話は、実際にこの世界で起こった実話なんだ。」
スーザンはそう言うと、徐に自分が調べた内容を話し始めたのだった。
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