26ストライク 叔母は満足する
ラルは一体何をするつもりなんだ……
ゆっくりと手を振りかぶる彼を、俺は恐怖の色で見つめていた。
まるで、体中を針で突き刺されているような感覚……
それに加えて、得体の知れない何かに背筋をドロドロと撫でられているような感覚に、俺は無意識にも小さく体を震わせた。
彼から目が離せない……
5歳児とは思えないほど、鋭い視線を向けてくるラルから目が離せない。この状況に焦りが募る中、チラリとスーザンに目を向ければ、彼女は特に気にする様子もなく、不敵に笑みを浮かべている。
いったい何が目的なんだ…もしかしてショック療法的な…?俺に魔力を直接ぶつける事で、力を目覚めさせようとしているとか…?
そんなよくある熱血漫画のワンシーン程度しか思い浮かばない思考回路で、スーザンの真意を見抜く事など到底無理だろう。彼女はその表情を変える事はない事からすれば、彼女の思惑は俺の範疇を超えているのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、ラルは次の投球動作に入っていた。ラルは右足だけで立ち、ボールを持った右手に左手を軽く添える。
と、次の瞬間、俺はラルの体の変化に目を疑った。緑のオーラが突然彼の周りに現れたかと思えば、体を包み始めたからだ。
あれは……!治癒士のお姉さんが使っていたのと同じ……!?
俺が驚愕を上乗せしている間に、彼が纏うオーラはゆっくりとその手に集約されていく。それと同時に、そのオーラからは強烈な風が発せられ、ラルの周りに吹き荒れ始める。
な…なんだ……?も…もしかして…風を……創り出した!?
まるで、ラルの周りにだけ嵐が吹き荒れているかのような…そんな信じられない光景に驚きつつ、俺は無意識にも口元で笑みを溢していた。
すげぇ……あれが…本格的なスキルってやつか!!ものすごい気迫を感じる…もはや殺気と言っても良いくらいだ。甲子園でもいろんな投手と勝負してきたけど、あのヒリヒリするような感覚なんて比べ物にならないほど……この勝負は面白半分で受けてたら……死ぬ!
俺はそう感じて、バットのグリップを強く握り締めた。
その瞬間、なぜか両目に熱いものを感じた気がした。ラルを真っ直ぐと見つめるその眼の奥で、まるで何かが燻っているような……
だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
ラルは俺を睨みつけながら、すでに重心を前に移動し始めている。あと数秒もすれば、魔力と彼の気迫が乗ったボールが俺の目の前に飛んでくるだろう。
魔力に対抗するには魔力しかないんだろうけど、それが使えない俺にできることはほとんどない。全神経を集中させてボールの軌道を見極め、確実に打ち返すしか道はない。
バットに当てても折れたらアウト。
予想もつかない動きやスピードで、捉えることができなくてもアウト。
最悪、体に当たる可能性だってあるだろうし、そのまま死ぬ事だってあり得るかもしれない。
だが、それ以上に嫌な事がある。
それはこの勝負に負ける事だ。
確かに俺の人生の半分以上は負け続きだった。球団をクビになり、家族には見放され、トライアウトに落ち続けたんだ。
だけど、どんな時だって俺は前を向いてきた。勝負は勝たなきゃ意味がない……目を逸らさずにそう信じてここまで来たんだ。ソフィアには悪いが、どうせ一度は死んだ身だ。なら、その信念を貫かないでどうするんだ!
そう考えたら、怪我や死に対する恐怖など一気に吹き飛んだ。ただ、ラルの事をじっと観察し、彼の手から放たれんとするボールだけに集中し始める。
と、ラルの左足が地面に着地した。
彼が体を捻り、左肩と右肩を入れ替えると、ボールを持った右腕の肘が姿を現す。
ゆっくりと…ラルの体の動きを見極めていく。
体、肘、膝の角度と位置、目に見えている魔力の動き、そして、ラルの視線。
俺がそこまで確認した瞬間、ラルが咆哮を上げるように大きく叫んだ。
「スパイラルゥゥゥゥゥウィンドォォォォォォォォ!!」
な…何そのかっこいいネーミング!!
と、一瞬切れかけた集中力を急いで取り戻し、ラルの指先からリリースされたボールを再び注視した。
ボールの周りでは、手に集めていた緑のオーラが激しく回転し始め、小さな竜巻の鎧を纏ったボールが俺に向けて一直線に飛んでくる。
常人ならば、捉えようもないスピードだ。
だが、俺の目は冷静にそのボールを捉えていた。
なぜだか心は落ち着いている。理由はわからない……だが、ボールの動きが良く見える。
進行方向に対して、ボールの回転軸は並行。なら、野球で言うところの"ジャイロスピン"だけど、あの回転数は尋常じゃない。すでに物理法則なんか関係ない領域だろう。
ボールの威力もわからないし、あれが伸びるのか、落ちるのか、曲がるのか……はたまた、消えるのかもわからないが、最後まで絶対に目は離さない。そう考えながら、ボールの行方だけを一心不乱に追いかけた。
音を切り裂き、激しく巻き起こる風に、俺の金色の髪が大きく躍る。これだけ激しい風…普通なら目を開けられないはずなのに、俺の両眼は確実に向かい来るボールを捉えている。
あと5m…………4…………3…………2…………
1m!!
目の前にボールが来たと感じた瞬間、俺は反射的にバットを振っていた。タイミングはジャスト……それにこの感触は確実に芯で捉えている。
だが、普通ならインパクトの瞬間に自然と返るはずの"リスト"が全く返らない。その理由はボールの威力にあるのだと、俺はすぐに理解した。
注)リストとは手首の事。野球ではインパクト(バットにボールが当たるタイミング)の瞬間に手首を返すことで、バットのヘッドスピードを上げて力を生み出します。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ボールの勢いに負けぬよう、渾身の力をバットに込める。グリップを握る手は小刻みに震え、気づけば血が滲んでいるが、今は痛みにかまけている暇などない。ボールに集中しなければ、一気に押し返されるだろう。
な…なんて威力だ…!このままじゃ…押し…負ける!これが…ベスボルの本質!本物のベスボルか!だが……俺は……絶対に負け……ない!!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
声を上げ、バットを握る手にさらに力を込めた瞬間だった。
鈍い音が響き渡り、バットの先に亀裂が走り抜ける。今まで、腕とバットで感じていた圧倒的な力は突如として消え失せ、気づけば破壊されたバットを握り締めたまま、フォロースルーを行なっていた。
注)フォロースルーとは、打つ、投げる、蹴るなどの動作の後に腕や脚を振り抜く動作
何が起きたのか分からない。
ただ、目の前でコロコロと力無く転がるボールと、その周りに飛び散ったバットの破片を見て、自分は勝負に負けたのだと悟った。
「そこまで!!」
スーザンの声で我に返り、ハッとして周りを見回せば、相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている叔母と、血相を変えてこちらに駆けてくるラルの姿が見えた。
「ソ…ソフィア……だ…大丈夫か!!」
ラルはかなり驚いた様子で焦っているが、その理由はすぐに理解できた。
それは単純な事だ…俺が魔力を使わずに打ち返そうなどという無茶をしたからだ。
だが、負けたという事実が、俺の気持ちを静かに沈めていく。
「うん……何ともないから大丈夫……」
つい素気なく返し、下を向いてしまった。
だが、自分がした事の愚かさに気づいて、心底自分が恥ずかしくなる。
なんて大人気ないんだ…負けたからと言って、相手にあたるなんて…と言っても、今は俺だって子供なんだけど…
ラルに視線を向ければ、俺が無事だとわかって安堵しているようだった。
謝ろう…そう思ってラルへと向き直った。
「ごめんね。ラル……心配かけちゃって……」
「いや……ソフィアが何ともないならいい。」
その言葉に俺は小さく頷いた。
ラルは本当にいい奴だ。ソフィアはこんな友達がいて本当に幸せだな。
そう感慨深くなっていると、スーザンに水を差された。
「二人とも、上出来だな!ラルの魔力操作の精度にも驚いたが…何よりソフィア!お前、あれと対峙して何ともないんだな?」
「え……?あ…うん、何ともない……ね。」
その答えに、スーザンは笑みを深める。
そして、「実に良いものが見れた。」と満足げに笑うと、ブツブツと呟きながら自漕車の方へと歩き出したのだ。
あのぉ……スーザン叔母さん?ちゃんと説明してもらえます?
そう声をかけても「後にしろ!」と一喝されてしまい、彼女の事を訝しみながら、俺はラルの手を引いてその後に続いたのだった。
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